第6話【judgment】
〜〜〜〜〜
銃声ののち、鍵を壊されたドアから3人の男たちが研究所内に入ってきた。軍服を纏った彼らは真っ直ぐプロフェサの部屋へと向かい、そのドアを蹴りあけた。
ガンッ!
高々と足を上げた男が、棒付き飴を舐めながらイヒ、と笑った。かつん、と下される軍靴の音が、静かな研究室を冒していく。
「プロフェッサー・ジオ・カタギリ。約束通りの審判の日ですよ」
「……インターホンがあったはずだが」
プロフェサはゆっくりと立ち上がり、不躾な来訪者を睨みつけた。
「銃で鍵を壊すなんてやり方は、あんまりじゃあないかね。少佐」
少佐と呼ばれた男はまたイヒヒと笑った。気持ちの悪い笑い声を、プロフェサは好まなかった。
検体「リオ」の処分をめぐって、プロフェサは国と話し合いを何度も設けた。その窓口がこの「少佐」と呼ばれる下品な男だったのだ。
「必要な書類も、検体の遺体も送ったろう。審判などされる謂れはないと思うが」
「偽物の屍体を送りつけてくるような研究所に礼儀を払うもクソもないんですよぉ、こっちは」
プロフェサは無表情に、モニタを見つめた。
「アレは本物の検体だ。間違いなく、
少佐は唾を吐いた。
「ハン、嘘だね。あんたがあんな中途半端な仕事するはずない。あの脳はシナプスが発達してなかった。未成熟だ。記録によるとr10はもう1才だろう?……ああ、14歳か、失礼」
「……」
少佐はつかつかとプロフェサに歩み寄った。高い背をかがめ、腰の曲がりかけた老人の顔をじっと覗き込む。
「何にしたって、不自然でしたよ。シナプスの発達具合、未熟な消化器官、何より肺だ、みっちり培養液が詰まってた」
「……」
「でも、女のナカまで作り込んで、さっすが研究者魂?ですねえ。試してみたけどいい具合でしたよ、ま、死体だから?冷たい以外は気持ちよぉく……」
「貴様ッ!!」
プロフェサは激昂し机を殴りつけた。怒りが彼の体の隅々まで巡っていた。殺していいと言われたら、目の前のふざけた男を殺していたかも知れなかった。
「私たちの娘に、なんてことをっ!」
「あはは。……でもそうですねぇ。あそこまで繊細に綿密に変態的にデザインできるんであればですよ、生きてる検体はよほど……」
プロフェサのこめかみに青筋が浮いたその時。
「父さん!!」
駆けつけたカタギリが顔を出した。すぐさま他の2人が、カタギリに銃を向けた。
「ああ、ドクター・カタギリ・ジュニア。どうもお邪魔しています。……r10はどこですか?」
「カタギリ!」
プロフェサは目配せした。カタギリはそれで全て諒解した。少佐の目線に晒されたカタギリは、両手を上に上げた。
「……案内します。銃を下ろしてください」
「いいでしょう。従順な人間は嫌いではありません。……ですが、安全のため銃はこのままで」
カタギリは緊張の面持ちで、3人を先導して廊下へと出た。その背後から──プロフェサが、拳銃を握ってひたひたとついていく。
〜〜〜〜〜
──リオには何がなんだかわからなかった。
カタギリは銃声が聞こえるや否や、リオの元へ駆け戻り、診察室から連れ出すと、キッチンの戸棚の奥にリオを隠した。いつもなら、チョコビスケットが入っているはずの棚は、板が外されて人が入れるくらいの大きさに改造されていたのだ。
「何があっても。何が起こっても。ここから絶対に動かないで」
カタギリはそう言ってリオの手を握った。
「君を守る」
そうして引き戸は閉められた。リオは体を丸めて、聞こえてくる恐ろしい音に耐えた。銃声。ガラスの割れる音。銃声、銃声、銃声。
誰かの叫び声。苦痛にうめく声に重なるように、誰かが叫んだ。
「やめろ!やめてくれ!もうやめてくれ!」
リオはハッとした。
今のは。
今のは──!?
〜〜〜〜〜
「甘いんだよなぁ」
少佐はプロフェサの頭部に銃口を押し当てた。カタギリは2人の部下に銃口を突きつけられている。
3人の男たちによって、培養室の装置は全て破壊され、中の少女たちは全員殺された──そのチャンスを見計らい、プロフェサは奇襲を仕掛けたのだが……。
「そんな雑な狙撃で我々を殺ろうなんて、舐められたもんだ。なあ爺さん。今すぐ死ぬか?それとももう少ししたら死ぬようにしてやろうか。どっちがいい?」
飴を舐めながら少佐が尋ねる。プロフェサの血に染まった腕からはどくどくと血が流れ出ていた。
「……どっちにしたって同じだ。リオは渡さない」
「ふうん」
少佐は唇を尖らせて、プロフェサに銃を向けた。
バン!
プロフェサの脚から血が噴いた。
「やめろ!」
カタギリが叫んだ。
「父さん!」
「カタギリ──」
少佐は続け様に銃弾を放った。今度は腹。
プロフェサが血を吐き出した。カタギリは自らが腹を撃たれたかのように悶えて、さながら血を吐くような叫び声を上げた。
「やめろ!やめてくれ!もうやめてくれ!!」
「話せば、命だけは奪いません」
バン!
プロフェサの肩を撃ち抜きながら、にっこりと少佐が言った。
「賢いジュニア。検体の居場所はどこですか」
「言、うな」
「父さん……」
プロフェサは、血の混じった泡を吐きながら、苦しげに言った。
「守っ、て、くれ……」
血まみれで息も絶え絶えの、最愛の父を前に、カタギリは頷いた。プロフェサは、微笑んだ。
「あとを頼……──」
「チッ」
少佐が会話に割り入るように、舌打ちをした。
「くだらね〜な」
バン!
的確に心臓を射抜いた弾丸は、プロフェサの息の根を止めた。動かぬ父親の姿を見、カタギリはその場に声もなく崩れ落ちた。
「さっさと吐けばこんな目に遭わずに済んだのに。バカだね〜」
プロフェサの死体を軍靴で転がしながら、少佐は笑った。
「バカもバカ。大バカだね。ちょっと賢くて知識があってもさあ、やっぱバカは──」
その時だった。
「……ねえ。何をしてるの」
ツインテールの少女が、入り口に立ち、培養室の惨状を見渡した。
「何を、してるの……」
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