前川の頼み

 教室の前に行き、不安を抱えながら前川と対峙した。


「少しなあ、頼みたいことがある。」


「………頼みですか?」

(俺ってそんな頼れる男に見えるのか? ──いや、違う。これはあれだ、なんかちょろそうだから扱いやすそうだなって思われてるやつだ。これはまずい。このままでは1年間こいつの奴隷として過ごさなければならない。そんなことがあってたまるかっ! ならいますることはただ1つ。舐められないように威厳を醸しつつ、この頼みを断るのみ。)


 俺はいつもより胸を張り、咳払いをし、強めの口調で話し始めた。


「申し訳ないんすけどー、俺いっつも忙しい…………………くないのでできることがあれば、何でも謹んでお受けいたします。」

(情けねー。これが強者に屈するということか……)


話している途中、先生の目を見て一瞬で敗北を確信してしまった。これが弱肉強食というやつなのか。そのおかげで頼みの内容を知らぬまま引き受けてしまった。


(なんだあの目! あれでよく教師やってこれたな。絶対話しかけただけで10人は女子泣かしてるだろ。悪役専門俳優でも目指してたのか? 攻撃ランクが1段階下がるどころの話じゃないな。あれはだな、特性 [いかく] ~俺はこの目で何人泣かせてきたと思う?~ ってやつだ。なんで聞いてくるんだよ……)


「……ん? そうか。引き受けてくれるならありがたいが……」


 くだらないことを延々と考えていたら、前川が返答してきた。俺のしゃべり方に違和感があったのか少し訝しみながら話している。


「俺は陸上部の顧問をしているんだがな、今年から長距離の部員がかなり減ったんだ。清水から聞いたんだが、宇和間は中学のとき陸上部で長距離だったんだろう? そのつてでお前と同じ中学の女子の後輩を勧誘してほしいんだ。」


「──はあ、まあいいですけど、そういうのは部員がするんじゃないんですか? それに、清水は俺と同じ中学だから後輩は男女とも知ってると思うんですけど……」


「俺もそのつもりで清水に声をかけたんだが、男子の勧誘はすんなり承諾してくれたのに女子は頑なに拒まれてな。それで結構粘っていたら、お前の名前が出てきたんだ。宇和間も同じ中学で長距離だったから知ってるはずだって言われてな。」


(ははーん、あいつの差し金か。でもなんで女子は断ったん─── あー、そういうことか。ていうかまだあいつのこと嫌ってんのかよ。せめて名前だけでも教えてやれよ)

「そういうことなら別にいいですよ。いつまでに勧誘(俺部員じゃないからおかしいんだけど)しに行ったらいいですか?」


「そのことなんだが、部員が一人も行かないというのはどうかと思ってな、今日の放課後同じ長距離の畑里に5組に来るように言ってあるから、彼女と一緒に行ってほしい。先に聞いておけばよかったが、放課後は空いているか?」


「……はい、帰宅部なので大丈夫です」


「それならよかった。放課後頼んだぞ。すまんな話が長くなって、俺は職員室によってから体育館に向かうから、先に行っておいてくれ。」


 前川は少し安心したように顔が緩んだような気がしたが、気のせいだったかもしれない。それから腕時計をちらりと見て教室を小走りで出ていった。

 俺は厄介な仕事を引き受けてしまったことに多少煩わしさを感じていたが、前川から軽視されていないことに安堵した。


(俺そんなに女子と関わってこなかったから、覚えられてるかな……。そもそも俺が覚えてるかが問題か)


 中学の頃を思い出しながら、少し不安になっている自分がいることがわかった。

 始業式がもう時期始まるので、俺も走って体育館に向かった。




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全然ヒロインらしき人物出てきてなくてすいません。多分次には1人目出せます。

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