不安でしかない1年間の始まり

「はぁ…… はぁ…… 何とか……間に合った……」


 体温が上がり、少し汗ばんできた手袋を外して自転車を駐輪場に停めた。

 自転車からカバンを取り外し、肩にかけ、速足に教室に向かった。

 校舎に取り付けられている時計に目をやると8時27分。


「あと3分しかねえじゃん」


 朝のホームルームは30分から始まるため、遅刻ギリギリである。

 生徒玄関に入り、慣れた動作で靴箱を開ける。


「伊藤? ……は? ──────あっ、今日から2年生じゃねえか。完全に忘れてたー。クソッ」


 誰とも知らない名前に面食らったのも相まって、10秒程度の思考停止の後、今日から2年生であることを思い出した。

 急いでクラス替えの掲示を探しに行った。生徒玄関のすぐ横の壁に張り出されていたのに、どうして目に入らなかったのだろうか。

 1組から順に名前を上から見ていく。1組なし。2組なし────


「てことは………… やっぱり── はあ。めんどくさそう……」


 俺が目を留めた場所は、───────5組である。

 この高校、城北(じょうほく)高等学校は2年生に進級する際に文系と理系に進路決めることになっている。1,2組は文系、3,4組は理系、6組は特進コースで3年間クラスが変わらないことになっている。6組は置いておいたとしても、それ以外がきれいに理系と文系2つに分かれるのであろうか。

 答えは否である。そこで登場するのがとっても便利な余りもののはけ口、5組である。5組は理系と文系が同じクラスに入り混じっているので授業のスケジュールがややこしいのである。6組も同じである。

 この理由により5組はあまり人気のクラスではなかった。実際経験していない人間があーだこーだ言うのは何ともおかしな話であるが、先入観に襲われた俺の脳はそんなことを考えることすらなかった。

 閑話休題、名前を見つけて落ち込んだのもつ束の間、瞬時に走り出し、靴を履き替え、階段を上っていく。上り終えたところに丁度5組があった。

 急いで扉に手をかけ、勢いよく開いたのが早いか──


 キーン コーン カーン コーン


「遅れてすいませ…………」

(ん? なんか変だぞ)


 クラスの視線を一気に浴びる。羞恥心や後悔、逃げ出したい気持ちとかが一気にこみ上げ、自分の顔が熱を帯びていくのがわかる。しかし、遅刻してただ目立つだけでこんなに恥ずかしくなることはない。新学期早々遅刻まがいなことをしているのが相乗したおかげかもしれない。

 だが明らかにクラスの様子がおかしい。教室の後ろでは何人かが立って話していたり、またあるところでは机の上に座って話していたりと、全く規律が取れていないのだ。


(おい、まじかー)


 扉を開け、その先に見える教壇の上には誰もいなかったのである。まだ先生は来ていなかったのである。

 つまり、俺は先生がいないにも関わらず遅刻した時の決まり文句を言ってしまったのだ。

 一瞬時が止まったが、すぐに元の空気に戻った。が、その会話の中にはおれのことを小声で面白がるものも少なからずいた。


「ふっ、まだ先生来てないのにねー」


「あれは恥ずいなー。誰か声かけてやれよー」


「俺なら100回死ねるぜっ」


「ああいう高等テクニックがあるのか、今度やってみるか」


(ん? 少し嚙み合わない声も聞こえてきたが、──まあ今はそれどころではない。この状況をどう切り抜けよう)


「おい、そこで突っ立ってると邪魔なんだが。──おーい、お前ら早く席に着けー。ホームルーム始めるぞー」


 この羞恥の状況をどのように切り抜けるか考えて、教室に1歩入った扉の前で呆然と立っていると後ろから聞き覚えのある、しかも嫌いな声が聞こえてきた。


(ゲッ! こいつが、担任かよ。1年間こいつと過ごさないといけねってか?)


 教室の雰囲気が一気に重くなった。生徒全員が素早く自分の席に戻る。

 入ってきたのは誰もが見覚えのある、体育の教師、前川博樹。1年の体育ではよく怒鳴られたものだ。掛け声が小さかったらすぐ怒鳴る。今年はもう少し加減してほしいものだ。


 「おはようございます。今日から新学期が始まり、みんなは2年生になったわけだが、2年生になったからと言って気が緩んで生活態度が悪くなる理由にはならんから、気を付けるように。今日の予定は、始業式とクラスでの委員会決めだ。どの委員会がやりたいか予め決めておくように。それでは廊下に並んでいきましょう。号令は…… 石塚、お前ががやれ。あと、始業式の点呼も任せた」


「……はい。──起立、礼、ありがとうございました」


「ありがとうございました」


石塚は少し動揺していたが、すぐに立て直してあいさつの号令をかけた。


(なんであいつ号令させられたんだ? 初日からなんかやらかしたのか? まあいいか……。 あいつに目をつけられたら、碌なことないな)


「あっ、もう1つ…… 宇和間ー、宇和間はいるかー。話があるから前に来い」


「…………はいっ!」

(えっ! なんで俺呼ばれてんの? まさか遅刻してたのばれてたとか── いや、あれはセーフだろ。なら他にやらかしてたことあったけかなあ……)


 俺は呼ばれた理由を考えながら、しぶしぶ教卓のほうへと歩き始めた。

 他の生徒は廊下に出て出席番号順に並びかけているところだった。




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