43 ネックレスはあげました!

 ある日、クロエが晩餐のためダイニングルームへ足を運ぶと、


「なっ……なぜ、コートニーがそれを…………!?」


 クロエは目を剥いた……振りをした。


 異母妹の胸元には彼女が婚約者から贈られたネックレスが飾られていた。それは去年の彼女の誕生日に贈られたもので、ピンクダイヤがきらりと輝く小さなリボン型の、大切なネックレスだった。


(そろそろ来る頃だと思っていたわ)


 コートニーはにこにこと笑って、


「これ? 可愛いでしょう? あたしにピッタリだと思うの」


「えぇ、とってもお似合いね。可愛いわ」クロエはふっと微笑む。「……でもね、それは私のものなのよ」


「えぇ~っ! だって、あたしのほうが似合うんだもの。地味なお顔立ちのお異母姉様には勿体無いわ」


「えぇ、本当に。美人な異母妹のほうがとっても良く似合うわね」とクリス。


「まぁ……」と、クロエは困ったように眉尻を下げて押し黙った。


 母娘は勝ち誇ったように、ニヤニヤと彼女を見つめている。早くもクロエの持ち物を奪う作戦に出たようだ。


(逆行前は上手く行ったけど、今回はどうかしら?)



 すると、そこにロバートがやって来た。

 ダイニングルームの剣呑な雰囲気に「またか」と、渋面を作る。


「今度はどうしたのだ?」


 父の言葉が合図かのようにコートニーはみるみる泣き顔になって、


「お父様ぁ~! お異母姉様があたしのことをいじめるの~っ!」


 父親に抱き着いた。


「なにがあった、クロエ」と、ロバートはコートニーを黙殺して長女に問う。


「それが、コートニーが私のネックレスを……」


 クロエが困惑気味に異母妹の胸元をちらりと見やると、父もその視線を追った。

 そこには、ジェンナー公爵令息からの贈り物であるネックレスが着けてあったのだ。


「こら、コートニー。それはクロエのものじゃないか」


「だってぇ~。あたしのほうが似合うんだもん!」


「だからって、姉のものを勝手に――」


「分かったわ。そんなに欲しかったら、それはコートニーにあげるわ」


 クロエの凛とした声が響く。父は目を見張って、母娘は勝ったとばかりにニヤリと笑った。


「いっ……いいのか?」とロバート。


「えぇ」


「公爵令息からのプレゼントなんじゃないか」


「そうですが、コートニーが欲しがっているので」


「だが――」


「このままでは、異母妹が可哀想で……」


 クロエは異母妹に近付いて、そっと頭を撫でた。そして目尻に少し涙を浮かべて優しく語りかける。


「コートニー、そして、お継母様も……父のせいでこれまで辛い思いをさせて、ごめんなさい」


 長女の信じられないような健気な言葉に、母娘は目を白黒させる。


「クロエ――」


「だって、お父様、そうでしょう? お父様が無責任なことをするので、本来なら幸せになるべきお二人が惨めな思いを抱きながら生きてきたのです。私とお母様の影に隠れて」


「そ、それは……」


 ロバートは押し黙る。娘の正論に、なにも言い返せなかった。

 たしかに今の状態は、己が冷めた家庭から逃げて、二つ目の家庭を築いたことが元凶だ。


 クリスとコートニーには本邸よりは数段劣りはするが、下位貴族以上の屋敷を与えて、本妻たちに負けないくらいに金もかけたつもりだ。

 しかし、姉のものを強請るほど、わびしい思いをしていたのだろうか。

 愛情不足? ……いや、二つの家庭の両方を中途半端にした自分のせいなのだ。


「だからね、コートニー」クロエはつつと涙を流す。「私だけが良い思いをしてきた、せめてものお詫びに、それはあげるわ。……ううん、それだけじゃない。私が持っているもの、全部あげる。――さ、好きなものを持って行きなさい。お継母様も、どうぞ?」


「それはさせんっ!」


 にわかにロバートが声を荒げる。

 思わず発した自身の大声に少し戸惑ったあと、静かに言った。


「……コートニー、欲しいものがあれば私がなんでも買ってやる。だから、その乞食みたいな真似はやめなさい。クリスもだ」


「なっ……!」


「乞食ですって!?」


 母娘は矢庭に気色ばんだ。



(なんてことなの……!)


 クリスは打ち震えた。継子を睨め付けながら、ぎりぎりと歯噛みする。


 なんなのだ、この状況は。この生意気な小娘を困らせようと思ったら、いつの間にか心優しい聖人と、卑しい乞食のような構図になってしまった。格下の使用人まで嘲るような視線を刺してくる。


 ……こんなの、耐えられない。



(なんで、あたしが悪く言われないといけないの!)


 コートニーもぷりぷりと怒っていた。

 異母姉とその婚約者の仲を引き剥がすための、計画の一部だったのに。

 なんで、あの女の株が上がるわけ!?



 ロバートは改めてクロエの優しさと器の大きさに感激していた。

 同時に、今まで、いつまでたっても魔法が使えないからと無関心でいたことを悔やんでいた。自分は、なんて愚かな真似をしたのだろうか。

 そして、前妻の高い魔力や娘への素晴らしい教育に感謝した。罪滅ぼしにならないかもしれないが、せめてこれからはクロエのことを大切にしようと……そう誓ったのだった。



(さてと……あとは仕上げね)


 クロエは、ちゃっかりと要らないネックレスは異母妹に押し付けた。





◆◆◆






 翌日、クロエは聖女の務めのあとに令嬢たちのお茶会へと赴いた。


 逆行前は社交界に出させてもらえなくて孤立状態だったので、今回は外にも味方を作っておこうと、頻繁にお茶会に顔を出していたのだ。


 あとは、聖女だとちやほやされるのも嬉しかった。

 他人から注目されるということは、彼女に大きな快感を与えていたのだった。



「あら? クロエ様、今日のネックレスはいつもの違うのね。一体どうしたの?」


 人一倍お洒落好きな伯爵令嬢が、驚いてクロエに問いかける。


(かかった……!)


 クロエは、今日は普段より少し胸元が開いたドレスを着ていた。いつもと違うネックレスに気付いてもらうためだ。


 彼女は、逆行前はスコットからもらったネックレスをとても大事にしていた。基本的には大切にしまい、特別な日にした着けていなかった。


 しかし、今回は「愛する婚約者からもらった一番大切なものなの」と喧伝しながら、毎日このネックレスを着用していたのだ。


 それが今日に限って着けていないとなると、令嬢たちの動揺は大きかった。

 まさか、公爵令息となにかあったのだろうか。侯爵令嬢は大丈夫なの? ……などと、彼女たちは心配そうにクロエを見る。



「それが……」


 クロエはまたもや偽りの涙を流しながら、令嬢たちに昨晩の出来事を説明する。


「なんですって……!」


 令嬢たちはたちまち怒りに震えた。異母姉のものを勝手に盗んだ強欲な異母妹に。


「あまりに異母妹が可哀想で、差し上げたのだけれど……スコット様を裏切るような真似をしてしまって……私はどうすれば良いか…………」


 とうとうクロエはすすり泣きを始める。

 令嬢たちはすっかり彼女に同情して、涙ぐむ者までもいた。


「クロエ様は悪くないですわ!」


「そうよ! 悪いのは物乞いみたいな異母妹じゃない!」


「泣かないで、クロエ様。わたくし、今回の件を婚約者に伝えておきますから。万が一のことがあっても、誤解のないように話しておきますわ」


「わたしも! もし、スコット様がお怒りになるようなことがあれば、断固抗議しますわ!」


「クロエ様はなんてお優しいのかしら。本当に感動いたしましたわ!」


「……皆さん、ありがとう。ちょっと怖いですが……スコット様には、正直に申し上げてみますわ」


「公爵令息様なら分かってくださいますわよ」


「そうよ、わたしたちも他の方にさり気なく広めておきますね。クロエ様は悪くない、って」


「あの平民上がりの異母妹、許せませんわ!」


「本当に! なんて図々しい!」


「ありがとうございます。でも、異母妹は不遇な立場に生まれて、可哀想な子なのです。彼女はまだ常識を知らないだけですので、どうか許してくださいませ。私としても、大切な家族ですから、早く立派な貴族になれるように尽力してみますわ」


 パリステラ侯爵令嬢の殊勝な言葉に、令嬢たちは胸を打たれた。



(ここまですれば大丈夫そうね)


 クロエはほくそ笑む。


 逆行前は、継母と異母妹だけが社交界へ顔を出して、自分に対しての不名誉な噂を広げていた。

 今度は、お返しにこちらが二人の悪評を吹聴するのだ。


 さり気なく、間接的に。お優しい聖女様ぶって。


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