42 二人の動きを封じました!
不穏な晩餐の翌日から、早速コートニーの魔法の特訓が始まった。
ロバートは「もう少し屋敷や貴族生活に馴染んでからでも良いのではないか」と心配していたが、クロエから煽られた母娘は「なにがなんでもクロエに勝ってやる」と息巻きながら、淑女としての勉強を始めたのだった。
二人は、クロエに対して激しい憎悪を抱いていた。初対面であんなに小馬鹿にされて、母娘のプライドが許せなかったのだ。
「魔力の流れを感じ取るのよ。そうしたら、きっとコートニーもすぐに魔法が使えるようになるわ」
クロエは、にこりと天使のように穏やかに微笑んだ。
今日は姉として、異母妹の初めての魔法の授業に立ち会っているのだ。
父ロバートの命令だ。彼は、聖女であるクロエが一緒に見てやれば、コートニーもすぐに初級魔法くらいは使えるようになるだろうと考えていた。
願わくば、姉妹仲良く魔法を極めてパリステラ家を盛り上げて欲しいものだ……と。
「だって、あなたはあのパリステラ侯爵の娘なんですもの。私なんて、すぐに追い越しちゃうわよ」
「そうですね」と、コートニーは刺々しく答える。
(なんで、この女がいるの!?)
彼女は初対面から異母姉のことが大っ嫌いになって、もう顔も見たくなかった。
何様のつもりなのか、偉そうに上から目線で指図をして。しかも、公爵令息という身分の素晴らしい婚約者がいるのに、帝国の皇子からも求婚されて。……なんて生意気な女。
彼女にとって、異母姉の全てが気に食わなかった。
(見てなさい! 魔法なんて簡単に使えるようになって、この女をこの家から追い出してやる……!)
魔法の家庭教師がやって来て、授業が始まる。
今日は簡単な講義のあとに、体内に巡る魔力の流れを感じ取るのが目標だ。
コートニーは、おもむろに目を閉じて、両手に精神を集中させて体内に巡る魔力を集約させる。
集中……集中……魔力を集中…………、
集中………………、
………………、
………………、
「はいっ!」家庭教師がポンと手を叩く。「コートニー様、本日はここまででございます。いかがですか? 魔力の流れは感じましたか?」
「へぇっ……!?」
コートニーは、つぶらな瞳をぱちくりさせた。
正直、分からなかった。ベッドに入って目を閉じるように、ただ瞼を下ろしているだけ。
自分の腹の底に鉛のような重たいなにかを感じた気はしたが、それだけだ。
家庭教師や異母姉は血管を巡るように全身に魔力の波が流れ出すと言っていたが……なにも起こらなかったじゃないか。
彼女が放心状態でいると、
「コートニー、今日は初めてだから仕方ないわ。天才ではない限り、いきなり魔法を使えるなんてありえないから。だから、気にしないで?」
忌々しい異母姉がぽんと軽く肩を叩いて慰める。その瞳は優しさで満ちていて、家庭教師は「さすが聖女様だ」と感激していた。
「まっ……」異母妹は姉の手を振り払う。「ま、魔力の流れは感じましたから! すぐにお異母姉様に追い付くわっ!」
――とは勢いよく言ったものの、彼女は焦っていた。
魔法を発動するどころか、魔力の流れさえ感じない。
このままでは、憎き異母姉に差を付けられる一方だ。
「その意気よ、コートニー。一緒に頑張りましょう」と、クロエは愛おしそうに微笑んでみせるが、心の中では嘲り笑っていた。
(ま、あなたの体内の魔力の時間は止めてあるから、魔法は一生使えないでしょうね……)
クロエは密かにコートニーに魔法をかけた。彼女の体内に内包する魔力を完全停止させたのだ。
これを解除しない限り、異母妹は一生魔法を使えない。
(魔法が使えなくて、失望や嘲笑を浴びる気持ちを、たっぷりと味わいなさい……)
クロエの思惑通り、父ロバートはコートニーに落胆した。
己の血を受け継ぎ、彼自身も娘の中にたしかに大きな魔力の塊を感じていたのに、全く発動できないなんて。
優しい姉のクロエは「まだ初日だから仕方ないと」擁護してきたが、あれだけ巨大な魔力を宿しているのに、操作できないとは。こっちのほうこそ出来損ないだったのか……?
眉根を寄せてうんうんと考え込んでいる彼に、クロエがそっと囁いた。
「偉大な魔力を持つお父様の娘ですから、きっとコートニーもすぐに魔法が使えるようになりますよ……」
その言葉が、彼には妙に心に引っかかった。
自分の子供なのに、魔法が使えないことなどあり得るのか、と…………。
◆◆◆
「なぜ、屋敷の管理をあたくしに任せてもらえないのよっ!?」
パリステラ侯爵の悩みの種はもう一つあった。新しい妻の侯爵夫人としての資質である。
ロバートは、家令からクリスの別邸での女主人としての仕事ぶりの報告を受けていた。
家令曰く、クロエが忙しい合間を縫って、別邸での過去の管理帳簿などをまとめてくれたらしい。
それによると、かなり杜撰な管理で、とても歴史あるパリステラ侯爵家の女主人として、屋敷の差配を任せられる状態ではなかった。
「お継母様、お屋敷の管理は侯爵令嬢である私の仕事です。申し上げにくいのですが……別邸の管理も満足にできなかった方には荷が重すぎますわ。もっと学んでからでなければ」
「旦那様っ! あなたからも言ってください! 屋敷はあたくしに任せるって!!」
クリスは目を剥きながら夫に詰め寄る。これまで自分たち母娘に甘かった彼ならば、この生意気な娘を一喝してくれるだろう。
「クロエの言う通りだよ、クリス」
だが、頼りになるはずの夫は、首を縦に振らなかった。困ったようにため息をついている。
「残念だが、今の君の能力では侯爵家の運営は無理だ。なに、まだ来たばかりで時間はたっぷりとある。家令やクロエからゆっくりと学んでくれ」
「旦那様っ!!」
「ですって、お継母様。しばらくは侯爵夫人としてのマナーや教養のお勉強ですわね」とクロエ。
クリスはきっと継子を睨み付けてから、どすどすと音を立てながら品のない所作で自室に戻った。
「手間をかけて済まないな、クロエ」と、ロバートは呆れたように去っていく妻を見つめる。
「仕方がありませんわ。お継母様は平民出身ですもの。……そうですね、遅くとも私が嫁ぐまでにはできるようになれば良いのでは?」
「おお、そうだな……」
ロバートは深いため息をついた。
魔法が使えないコートニー、屋敷の運営もできないクリス。今や頼れるのはクロエだけだ。
まさか出来損ないだと思っていた子が、こんなにも素晴らしい能力の持ち主だったとは。
やはり、魔法に長けた一族の血を持つ前妻と婚姻を結んだのは、正解だった。
それからは、ロバートの命令でクリスとコートニーへの指導は、クロエを中心に行うことになった。
出来が悪く、なかなか進まない淑女教育にロバートは頭を抱えた。
特にコートニーは、勉強もマナーもてんで駄目で、更には魔法も使えず、父の愛情はだんだんと冷めていっていたのだった。
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