41 宣戦布告です!
「うわぁ~っ! お異母姉様のお部屋、素敵!」
新しい家族と挨拶が終わって、クロエが自室に戻って刺繍をしていると、矢庭にどたどたと激しい足音が聞こえて来た。
なにごとかと顔を上げた折も折、ノックもなしに勢いよく彼女の部屋の扉が開いて、きらきらと子供のように瞳を輝かせた異母妹が踊るように入室してきたのだ。
(来たわね……)
クロエは敢えてコートニーを放置する。
すると異母妹は、逆行前と同じく、異母姉の存在など歯牙にもかけずにうきうきと部屋中を見て回っていた。興味深げに調度品を眺めたり、更には勝手にクローゼットを開けたりしていた。
「こら、コートニー。はしたないですよ」
少しして、前回の状況と同じく、父親と継母が仲良く手繋ぎをしてやって来た。
「えぇ~っ! だって、お姫様みたいな素敵なお部屋なんだもん! あたし、こっちの部屋にするわ!」と、コートニーはまるで自身の部屋のようにとんとソファーに腰掛る。
「コートニー……ここはお姉さまの部屋なんだぞ。お前にもお姫様のような可愛らしい部屋があるじゃないか。パリステラ侯爵家の令嬢の部屋なんて王宮の次に豪華なのだよ」
「あんなの嫌! だって、こっちのほうが広いし、素敵だわ! ね、お父様、お願い?」
「ここはクロエの部屋だからさすがにあげられないよ。今回は我慢してくれ。な?」
「別にいいわよ」
コートニーが泣いて抗議をする前に、クロエがさらりと言い放った。
思いがけない長女の発言に、三人とも驚いて目を見張る。
「い、いいのか……?」と、ロバートがおそるおそる尋ねた。
クロエはにっこりと笑ってから、
「えぇ。私は構いませんわ、お父様。ただ、一つ気になることはありますが……」
今度は困ったように少し顔を俯かせた。
「どうした?」
「その……あまり大きな声で言いたくはありませんが、この部屋は代々パリステラ家の長子ものですよね?」
「あ、あぁ。そうだな」と、ロバートは娘の意図が分からずにぎこちなく頷いた。
「私は女なのであまり関係ないのかもしれませんが、代々のパリステラ家の跡取りである長子は、家を代表するほどの魔力の高さだった、と。……稀にですが、長子が次子より魔力が低い場合は後継者の座を外されて、一番魔力の高い者が跡取りとなり、この部屋を使用していたと聞き及んでいます」
「その通りだ」
父は首肯する。彼自身も、子供の頃は今クロエが使用しているこの部屋で育った。
彼は他の兄弟より魔法に長けて、侯爵家の紛うかたなき立派な跡取り息子だったのだ。
「私はすぐにでもコートニーに譲っても良いのですが、仮に異母妹が私より魔力が低かったら、それはパリステラ家の伝統を崩すことになります」
ロバートははっと息を呑む。たしかに娘の言う通りだ。
代々の侯爵家の長子あるいは跡取りの場所だったここを、自身の代で掟を捻じ曲げることになる。
そのことが侯爵家の長い伝統の破壊への呼び水になるかもしれない。
それは、なによりも魔力に価値を置く彼にとって、家門を否定するような許し難い行為だった。
「……っ」
ロバートは黙り込む。コートニーもクリスも、悔しそうに顔を歪ませていた。
コートニーは父から体内に膨大な魔力を宿していると言われていた。だが怠惰な彼女は、放っておいてもいつか力に目覚めるだろうと、まだ魔法の勉強を始めていなかったのだ。
クロエはきりりと姿勢を正して、父親に向き直す。
「そこで、私から提案があります。もし、これからコートニーが私の魔力を越えることができたら、そのときは喜んで部屋を譲りましょう。しかし、残念ならがそれが叶わなかったら、お父様が決めた部屋のままでいてください。――コートニー、どうかしら? きっとお父様も、大好きなあなたへの協力は惜しまないわよ。いつも、私より強い力を秘めているって、褒めているのですもの」
「望むところよ……!」
次女は唸るように言い放ち、突き刺すように長女を睨め付けた。
……気に食わない。
たまたま正妻のもとに生まれて、たまたま早く生まれただけで、なにを偉そうに。
(馬鹿にしやがって……。絶対にこの女より高度な魔法を使えるようになってやるっ!!)
剣呑な空気が部屋中に蔓延した。敵意がはびこって、びりびりと肌が痺れるような雰囲気だった。
「そ、そうだっ!」重い空気に耐えられなくなったロバートが出し抜けに声を上げる。「そろそろ晩餐の時間だ、皆でダイニングルームまで行こう。全員で新しい家族の門出を祝おうじゃないか」
◆◆◆
不穏な空気は続いていた。
静かなダイニングルームには、がちゃがちゃとコートニーの立てる激しい音と、時折クリスの立てるかしゃりという食器音だけが響いていた。
クロエは、そんな行儀の悪い二人のことを小馬鹿にするように見やって、継母も異母妹もぎろりと睨み返していた。
冷え切った場の雰囲気に居たたまれなくなったロバートが、新しい妻や娘に話題を振っても、二人とも不機嫌に一言答えるだけだった。別邸にいた頃は、二人のこんな姿を見たことのなかった彼は、戸惑いを隠せなかった。
「そ、そうだ……ク、クロエ!」彼は思わず前妻の娘に話題を振る。「今日もまたお前に縁談が来ていたぞ。全く、ジェンナー公爵令息が既にいるのに、困ったものだよ」
聖女と名高いクロエに対して、今でもしょっちゅう縁談が舞い込んで来ていた。
それは、彼女に婚約者がいるにも関わらず、お構いなしだった。それほどに、聖女の価値は高いのだ。
「あら、今度はどんな方?」と、クロエは興味なさそうに訊く。クリスとコートニーは気になるようで、注意深く聞き耳を立てていた。
「それが、聞いて驚け! なんとキンバリー帝国の第三皇子のローレンス殿下からだ! 凄いだろう?」と、ロバートは得意げに言った。
「まぁっ!」クリスは思わず驚きの声を上げる。「帝国の皇子様なんて、凄いじゃない!」
「私も驚いたよ。まさか、キンバリーから縁談が来るだなんて。どうた、クロエ? お前が望むのなら、婚約者を挿げ替えても構わないぞ」
ロバートは上機嫌だった。
大陸の半分以上を支配するキンバリー帝国の皇族と縁続きになれるなんて、パリステラ家の歴史上、初の快挙だ。
……もしかすると、万が一だが、偶然が重なれば娘が帝国の皇后になる可能性だってある。
たしかにジェンナー公爵家も魅力的だが、帝国皇室の威光に比べたら雲泥の差だ。
(帝国の第三皇子ね……)
クロエはしばし思案する。たしかに、悪くはない話だ。
自分としても、スコットとは絶対に一緒になりたくない。それに、外国へ嫁げば継母と異母妹はもちろん、父の顔も二度と見なくて済む。
その第三皇子とやらに頼み込めば生家とは絶縁させてもらって、パリステラ家になんの恩恵も与えられないようにすることも、できるかもしれない。
(ユリウス……)
なぜだか、卒然とユリウスの顔が思い浮かぶ。すると胸がきゅっと苦しくなった。
彼は今、どうしているのだろう。
なんだか妙に気になって仕方がなかった。
一拍して、軽く息を吐く。今、自分がすべきことに集中しなければ。
(いえ……駄目よ。私の目的は違うところにあるわ。結婚でここから逃げては駄目……)
ちらりと継母と異母妹を見る。二人とも悋気のこもった苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
(そう言えば、コートニーにはまだ婚約者がいないのよね……。これは使えるかも……!)
「お父様……」クロエはきっと父親を睨む。「酷いですわっ!」
「どっ、どうしたのだ……?」
ロバートは一瞬ひるんだ。娘にとっても良い話だと思うのに、なぜ怒るのか。
「お父様は、私とスコット様が愛し合っているのをご存知ないのですか!? 恋人同士の二人を無理矢理に引き剥がすなんて、あんまりですっ!!」
クロエの大音声の嘆きが響いて、部屋中にこだまするほどに静まり返った。
彼女は目に涙を浮かべて懇願するように父を見て、父はおろおろと視線を彷徨わせた。
気まずい沈黙のあと、
「そ、それは悪かった……。そうだな、お前たちは出会った頃から相思相愛だものな」
「そうです。ですので、今後も全ての縁談はお断りをしてください」
「分かった、分かった。正直言うと惜しいが……お前たちが愛し合っているのなら仕方ない。第三皇子殿下の求婚も丁重に断りの返事をしておこう」
「ありがとうございます、お父様。では、私はお先に失礼しますわ。スコット様に手紙を書かなくてはいけませんの。あとは家族水入らずでどうぞ、ごゆっくり」
クロエは立ち上がり踵を返す。去り際に継母たちを目を落とす、母娘はなにやら意味深長に目配せをしていた。
(かかったわね)
嫌悪感しか持たない婚約者のことを、あたかも心の底から愛しているかのように言ってみた。帝国の皇子の求婚をすげなく蹴るくらいに。
きっとあの母娘なら、前妻の子に屈辱を与えようと、本気でスコットを奪いにかかるだろう。わざとらしいくらいに煽ってみたので、すぐにでも行動を起こすのではないだろうか。
おそらく、スコットに対しても直接的に狙ってくるはず。
(楽しみだわ……)
こうして、不穏な空気のままの晩餐は幕を下ろした。
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