39 あとは迎え撃つだけです!

 クロエは、早速時間の魔法の研究を開始した。

 何度も試行錯誤をしているうちに、だんだんと能力が判明してきた。


 今現在、明らかになっているのは以下の通り。



・対象の時間を進める、あるいは巻き戻すことができる

・その対象は人、物どちらでも可能

・時間の操作は対象全体、または一部のみでも選択できる

・進める、戻す以外に時間を止めることも可能

・その場合、人や物に対しては停止時間の制限はないが、周囲の空間全体を止められるのは現在のところ約5分が限界(それ以上たつと自然と時間が動き始める)

・これらの操作は繰り返しが可能

・応用して、無限ループ状態を作り出すこともできる(それが永遠に続くかはまだ不明。実験の結果、一週間以上は続いている~現在も計測中)

・しかし、物を増減することはできない。あくまでも時間の流れを操作させるだけ

・対象の時間軸の動く速度を早くしたり遅くしたりの操作も可能




(とりあえず、今分かっているのはこんなところかしら……?)


 改めて自分の能力を顧みると、なんとまぁ便利な魔法だろうかと驚嘆した。こんな魔法、見たことも聞いたこともない。


 しかし、実際に自分でこれらの魔法を使えるのは事実だ。

 これなら継母と異母妹ならの攻撃を躱すどころか、こちらから秘密裏に攻撃ができるだろう。


 ……今度は、絶対に負けない。



 あとは、一つ気になることがあった。

 自分はどうやって過去へと戻ってきたのか、ということだ。



・自分自身がもう一度過去に逆行するのは不可能(理由は不明)

・同様に、対象自体を過去や未来に送ることはできない



 この二つの項目は、どうやっても原因も方法も分からずじまいだった。

 なんとなくだが、逆行を実現するためにはもっと膨大な魔力が必要な気がするし、他にも条件があるのかもしれない。なにせ時空を移動するという大仕事なのだから。


 現段階では、自身の再びの過去への逆行は不可能そうなので、今持っている手札をどう利用するか……それを継母たちが来る前に考えることにした。





◆◆◆





 それからのクロエは、相変わらず屋敷の運営や、聖女の務めに追われる日々が続いていた。


 逆行前の――スコットとまだ良好な関係を築いていた頃は、彼とは最低でも週に二日ほどは会っていた。

 しかし今は、多忙を理由に面会を断って、週に一度会えればいいほうだった。

 それも短時間で終わらせて、さっさと解散していた。


 彼女は、今ではもう婚約者に対して愛情なんて少しも抱いていなかったし、むしろ、嫌悪感のほうが大きかった。

 それに、この前みたいに瞬間的に彼を拒絶するような失態をおかす可能性は、極力減らしたい。だから、なるべく会いたくなかったのだ。



 スコットは、婚約者が以前に比べて自分と面会してくれないことに、深い悲しみを覚えた。


 しかし、彼女には屋敷の執務や聖女の活動がある。きっと彼女は、母親を失った悲しみを多事多端の中に身を置くことで、忘れ去ろうとしているのだろう。


 ならば、自分は側で静かに見守るだけだ。

 もし彼女が孤独に嘆くような事態に陥ったのならば、そのときは隣からそっと手を差し伸べよう……そう考えていた。


 そこで彼は、会えない代わりに頻繁に手紙を書いた。

 直接触れ合う機会が減っても、彼女のことを想っていると伝えたかったのだ。


 これはクロエとしても助かった。


 手紙なら、冷静に俯瞰できるので激情で突飛な対応をすることもない。

 なにより文章の上だけの付き合いなので、平然と嘘を並べられるのが良かった。

 直接彼の顔を見ると、怒りが湧いて、そんな余裕もないだろうから。


 彼女は歯の浮くような美辞麗句を並べて、これまでの良好な関係を維持していますよと、彼を安心させたのだった。


 マリアンは最初は「なぜ婚約者との面会頻度を減らすのか」と苦言を呈していたが、毎日忙しく働いているクロエが、ちょっとした合間を見てスコットに一生懸命に愛情のこもった手紙を書いている様子を見ると、もうなにも言わなくなったのだった。




(そう言えば、逆行前は彼に手紙が届かなかったみたいなのよね)


 婚約者への手紙の返信を綴っているとき、クロエはふと昔の記憶を思い出した。


 逆行前の過去、ネックレスの誤解をとこうとスコットに送った手紙を、彼が受け取っていなかったようなことが何度かあった。それ以前に、彼が送ったと主張していた手紙が手元に届いていなかったこともあった。


 もしかすると、それは継母の策略だったのかもしれない。


(きっと、そうね……)


 クロエは苦笑する。あの継母なら然もありなんだ。

 まぁ、今となっては、もうどうでも良い話だ。


 仮に継母から二人の交流を阻まれていたとしても、自分も彼も、それを乗り越えようと、魂の底から真剣には動かなかった。


 ……自分たちは、所詮その程度の関係だったのだ。


 念のため、今回は通信や伝達などの情報は、あちらの手の者に触れさせないようにしておこうと思った。

 この警戒ができただけで十分だ。




 クロエは淡々と準備を進める。

 努力の結果、屋敷は既にもうほぼ彼女が仕切っていたし、聖女としても精力的に活動して、外にも人脈を広げた。そんな娘のことを父親も大いに自慢をしていて、彼女の立場は確固たるものになっていっていた。


 ――見られたい。


 しかし、どんなに交流の輪を広げても、彼女の渇望は満たされることがなかった。

 まるで心にぽっかりと穴があいたかのように、いくら水を汲んできても流れ落ちて、虚しさだけが残るのだった。





 そんな慌ただしい毎日を送っている中、いよいよ運命の日がやって来た。


 母が死んで半年後――父ロバートが再婚をして、クリスとコートニーをパリステラ家に迎え入れる日が。



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