34 瞳が輝いています!

 マリアンに聞くところによると、クロエの時間が巻き戻ったのは、母が死んでから三ヶ月後だった。


 そして……三ヶ月後に、継母と異母妹が来る。

 それまで、まだ時間がある。父の再婚までに、自分は屋敷の者にとって、なくてはならない存在だと確立させるのだ。


 逆行前は、クリスとコートニーの勝手放題だった。

 二人はいつの間にか屋敷を牛耳って、クロエの居場所をまたたく間に奪っていった。


 今度は、そんなことさせない。

 自分という存在を、パリステラ家の者、そして多くの人々に派手に見せ付けてやるのだ。

 二度と、ゴーストなんて言わせないように。絶対に、無視できないような存在に……。





「新しいドレスを作るわ。明日、デザイナーを呼んでちょうだい」


 医師の診断が終わったばかりで、まだ寝衣でベッドに横になっていたクロエが、強く言い放った。


 マリアンは目を丸くして、


「お嬢様、さすがに病み上がり過ぎます。せめて一週間くらいは様子を見てはいかがですか?」


「私はもう大丈夫よ。気持ちを切り替えるために、衣装を一新したいの。行動は大事だわ」


「もうっ、ご体調が優れないようであれば、すぐに中止しますからね」


 マリアンは早速デザイナーの手配をする。パリステラ侯爵家に相応しい、王都で大人気で半年先まで予約待ちの老舗ブティックだ。


(きっと、奥様が亡くなって一区切り付いたので、辛い気持ちを払拭しようと考えておられるのでしょう)


 そう思うと、彼女は自然と口角が上がった。

 侯爵夫人が鬼籍に入ってからというもの、侯爵令嬢はずっと沈み込んだままで、物凄く心配していたのだ。


 しかも、とどめの高熱だ。

 お嬢様はこのままずっと塞ぎ込んだままでいるのだろうか……と、出口のない迷路の中にいるような心境に陥った彼女にとって、クロエの前向きな変化は大歓迎だった。


 女性は、身に纏う衣装や装飾品で、心の持ちようさえ変貌させる。

 明日はご主人様の前向きな気持ちを後押しするように、とびっきり似合うドレスを選ぼうと思った。控えめだけど清楚で、上品な可愛らしいものを。



(もっと……派手に生きなければ……!)


 一方、クロエの意図は、侍女の想いとは少し違うところにあった。


 逆行前の彼女は、清楚系のドレスを好んでいて、露出も極最小に、髪型もメイクもとっても控えめだった。

 それに引き換え、クリスとコートニーはゴテゴテと着飾って、ぎょっとするくらいの華美な様式を好んだ。

 母娘は非常に目立って、遠くから見てもすぐに分かった。それは悪い意味で、だが。


 運命を変えるには、まずは見た目からだ。ドレスという存在感で、あの二人に負けてはいけないのだ。

 もっと派手に。誰からも一目で覚えられるように。


 しかし、悪趣味は厳禁だ。二人のように「下品な平民上がり」などと陰で笑われては本末転倒である。

 華美に、でも上品に、美しく。

 侯爵令嬢としての矜持を凝縮したような、派手なドレスを。

 復讐を誓う女に相応しいドレス……母の喪に服すような、漆黒のドレスを。


(格の違いを思い知らせてあげるわ……!)





◆◆◆





 マリアンの反対もあって、クロエは意識が目覚めた当日は、ずっとベッドで過ごした。

 すっかり熱もひいて、身体の気怠さも全く感じなくなっていたのだが、今日は心配性の侍女の言うことを素直に聞くことにした。


 だって、あんな悲しい別れ方をして、もう二度と会えないと思っていた彼女と再会できたのだから。

 母亡き今、彼女は大好きな乳母に甘えたい気持ちがあった。


 そして……今度こそ彼女を守ってみせる。




 翌日は早めに起きた。

 これから始まる新たな人生のことを考えたら、興奮で目が冴えた。


 もう体調は万全だが、万が一でも父親と顔を合わせるのが嫌だったので、朝食は部屋に運んでもらった。

 父ロバートは、愛人たちの屋敷に泊まっても、執務をおこなうために毎朝パリステラ家に戻って来るのだ。



 朝食を摂り終わると、クロエは懐かしさを覚えながら鏡台に座って、マリアンから髪を梳いてもらった。

 鏡の前に映る自身の顔は、血色が良くて瑞々しくて、まさに健康そのものだった。


(これなら、ゴーストだって言われないわね)


 クロエは苦笑いする。あの逆行前の最悪な日々は、自分でも驚くくらいに痩せ細って、髪もぼさぼさだったから。



 そのとき、ふと、違和感を覚えた。


 たしかに今は、元の時間軸の自分のはずなのだが、なんだか様子がおかしい気がする。

 なぜだろうかと、彼女は鏡の中の自身をためつすがめつ眺めた。


 しばらくして、


「お嬢様、どうかなさいましたか?」


 主の様子がおかしいことに気付いたマリアンが声をかける。

 しかし、クロエは答えない。

 彼女は微動だにせず、まじまじと鏡を見つめていた。


「クロエお嬢様?」


「…………」


 奇妙な静寂が停滞したあと、クロエがぽつりと呟いた。


「瞳が…………」


「えっ!?」


 マリアンが慌てて主人の目を覗き込んだ。

 彼女のクロムトルマリン色の深い瞳には――、


「左目が光ってる…………」


 それは、クロエの母と同じく、きらきらと流れ星のような煌めきが宿っていたのだ。

 綺羅星のようなそれは、生命力をたたえるように、強く、光り輝いていた。


「お母様と同じだわ……」ぽつりとクロエが呟く。「彼とも……」


 刹那、どっと一突きされるように、急激に胸の奥が熱くなった。

 魔力を感じる。

 母に託されたペンデュラムから感じるものと同じ魔力が……自身の中に。

 それは、どんどん膨らんでいって、クロエの体内を満たしていった。


(まさか……!)


 彼女は目を閉じる。両手に精神を集中させて、体内に巡る魔力を集約させる。

 集中……集中……魔力を集中…………、


 次の瞬間、閃光が走って、


 ――ドォンッ!!


 耳をつんざくような爆音。

 そして、がらがらとなにかが破壊されるような、けたたましい金属音。


 瞼の裏が明るくなって、目を開けると、


「お……お嬢様……!」


 鏡台の鏡も窓ガラスも粉々に砕け散って、天蓋付きのベッドや、チェスト、ソファー、机、椅子、花瓶――部屋中のものが、全て破壊され尽くしていたのだ。



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