27 友人ができました

「おかあさま、おめめ、キラキラでとってもきれい! おほしさまみたい!」


「そう? ありがとう。クロエもいつかお母様みたいにキラキラになるわ」


「ほんとう?」


「本当よ。だから……その日まで絶対に諦めないでね」


「うん! わたしも、はやくキラキラになるー!」


「クロエなら大丈夫よ。きっとなれるわ」



 子供の頃に、交わした母との会話が自然と浮かび上がる。


 クロエの母親は娘と同じく、クロムトルマリン色の森のような深い緑色だった。

 だが母親は娘と異なり、右目のほうが少しだけ色素が薄くて、光の加減で星が輝いているように見えたのだ。


 彼女は母親の瞳が大好きだった。それは宝石を詰め込んだみたいで、まるで新しい生命が生まれてくるような美しい煌めきだった。


 あの頃、母はクロエもいつかキラキラになると言っていた。

 今思えば、きっと羨ましがる幼い自分を想って冗談を言ったのだろう。それでも、その優しい気持ちが嬉しかったのだけれど。






◆◆◆






「君の母君は……右?」


 クロエが母の話をすると、彼は目を剥いて顔を強張らせていた。


「えぇ、たしかに右目だったわ。……どうしたの?」と、彼女は首を傾げる。彼は顎に手を当てて、なにやら考え込んでいるようだった。

 ややあって彼が口火を切る。


「その、母君は目のことでなにか君に言っていたか?」


「えぇっと……たしか、過去に自分の力量以上の魔力を無理に使ったから、輝きは弱くなったって言っていたわ。言われてみれば、あなたのほうがキラキラしてるわね」


 クロエは再び彼の双眸を眺めた。

 母親の瞳はまれに流れ星が流れるような煌めきを帯びていたが、彼のほうは水面が太陽を反射したみたいに、絶え間なく光っていた。


「あー……」彼がおずおずと口を開く。「君の母君は……その……」


 クロエは軽く頷いて、


「そう。もう、この世にはいないわ」


「済まない、悲しいことを思い出させてしまったな」


「いいえ。もう昔のことだから。平気」


「そうか……」


 彼は気まずそうに頭を掻く。少しの沈黙。


 そのとき、



 ――ぐうぅぅぅぅ…………。



 にわかにクロエが顔を真っ赤に染める。

 静謐な図書館に、彼女の空腹の叫びが響いたのだ。


(嫌だわ、私ったら……恥ずかしい!)


 羞恥心で思わず俯く。全身がかっと熱くなった。


 最近は、クロエが厨房のゴミを漁っているのを知ったコートニーが、嫌がらせにゴミ箱を隠していて、食事ができない日もぽつぽつあった。


 そこで彼女は図書館で読んだ図鑑をもとに、庭でただの雑草を選別して口にしていた。

 しかし、それだけでは空いたお腹は満たされなかったのだ。空腹状態には慣れていたものの、彼女のお腹は主の意図なんて気にせずに、突然に鳴くこともあったのだった。


 彼はそんな彼女のことを馬鹿にすることもなく、


「そろそろ昼だな。よし、一緒に食事をしよう。今日は行列ができる有名な店のスコーンを買って来たんだ」


 ふっと笑って、彼女の手を取った。






「素敵な場所……」


 クロエが彼に連れて行かれた場所は、図書館の裏側を進んで、少し階段や坂道を登ったところにある丘だった。

 子供が走り回れるくらいには十分な広さで、今では使用されていない鐘塔が建っていた。風が心地よくて眺めのいい場所だった。


「俺が王都で一番気に入っている場所だ。特にあの塔の上からの景色は最高なんだ」


「えっ、古くて危なくないの?」


「大丈夫だ。……多分ね。とりあえず、まだ落ちたことはない」




 しばらく二人で眼下の景色を眺めた。

 街は活気だっていて、クロエには眩しかった。


 母が死ななければ、継母と異母妹が来なければ、自分もあの中で笑っていただろうか。……そんな考えても仕方のないことが自然と頭を過ぎった。



 ふと、視線を感じると、隣に立つ彼がこちらを見ていた。ため息が出るくらいに綺麗な瞳に思わず胸が一つ鳴る。


「どうしたの?」


「いや、君は母君の目を受け継いでいないんだなって」


「そうね……。お母様は私もいつかキラキラになるって言っていたけど……きっと私が自分も~って強請ったから慰めてくれたのね」


「そうか……」と、彼はまた考える素振りを見せた。


 クロエもまた思案する。

 母親は魔法の強い家系に生まれたと言っていた。魔法が強いと魔力が瞳に宿るのだろうか。それがキラキラの正体? だとすると、目の前の彼も、母のような偉大な魔法使いなのかしら?



「そう言えば、自己紹介がまだだった」と、出し抜けに彼が声を発してクロエも我に返る。


「俺の名前は、ジョ……」彼は一拍だけ押し黙ってから「……ユリウスだ。君は?」


「私は、クロエ・パリ――」


 家門を名乗ろうとして口を噤む。卒然と無慈悲な事実が彼女の胸を貫いた。

 自分は魔法が使えないパリステラ家の出来損ないなのだ。なのに家門を名乗るなんて、なんとおこがましいのだろう。


「私は……」クロエはちょっと淀んでから言い直す。「クロエ。ただの、クロエよ」


 彼はニッと歯を見せて、


「俺も、ただの……ユリウスだ」



 こうして、クロエにはユリウスという友人ができたのだった。


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