18 話はどんどん歪んでいきました

「他に、お異母姉様のことで知りたいことは、ありますか?」


 コートニーは合図するように、険しい表情で黙り込んでいるスコットの腕をぎゅっと掴む。そして上目遣いで長い睫毛をぱちくりと揺らしながら訊いた。


「っ……!」


 スコットははっと我に返る。

 そうだった、今日はクロエと話し合うために、パリステラ家に赴いたのだった。

 この状況だと……もう答えは出ている気がするが、今後の両家の関係のためにも、念の為に確認しておいたほうが良いだろう。


「君はさっき、クロエは最近は昼過ぎまで寝ているって言っていたけど、夜に出かけているということなんだね?」と、彼は念を押すように義妹に尋ねた。


「はっきりとしたことはよく分かりませんが、なにやら夜中……たまに明け方まで、ごそごそと何かされているようですねぇ……」と、コートニーは困惑気味に答えた。


 途端にスコットは渋面を作る。身体中が燃えるように熱くなって、どっと冷たい汗が吹き出た。


(……ま、本当は部屋で朝まで、無駄な魔法の特訓をしているだけだけど。嘘は言っていないわ。あたしは聞かれたことに答えているだけだからね)


 彼女は動揺する義兄の様子を見て、してやったりと心の中でぺろりと舌を出す。


(やっぱり……噂通りに夜遊びを……!)


 スコットは知りたくなかった残酷な事実を突き付けられて、頭がぐらりと揺れた。婚約者の、真っ白いマーガレットの花のような清廉潔白なイメージにぴしりとひびが入って、ぼろぼろと崩れていく。


 クロエは、清楚で純粋な姿に擬態して、本当のところはとんでもない悪女だったのだろうか。

 これまでは上手く隠していたが、母親の死でたがが外れた? どちらが本当の彼女なんだ……?


(……いずれにせよ、僕はずっと騙されていたのか?)


 スコットの胸の中に、疑念や不信感がゆっくりと染み込んでいく。擦り切れた心が傷んだ。傷口に大量に軟膏を塗って、全てに蓋をしたかった。


 だが、目の前の無慈悲な現実から顔を背けるなんて、ジェンナー家の嫡男として許されない。貴族とは責任を負うものなのだから。時には、冷酷な決断を下さないといけないのだ。



「それで……」彼は掠れた声を絞り出す。「侯爵夫人が彼女の行動を止めようとしたって聞いたんだけど……」


「そういうことも、あったかもしれませんね」と、コートニーは曖昧に答えた。


「っ……!?」


 スコットは目を剥いて身体を強張らせた。

 やはり、噂は本当だったのか。クロエは噂の通りの悪女だったのか。


 張り詰めた空気が、彼をこのまま圧縮して潰してしまいそうだった。



(ま、本当はあの女が婚約者の屋敷へ行こうとしてたのを、お母様が邪魔しただけなんだけど)


 コートニーは、またまた心の中で舌を出す。

 あの日、クロエの侍女が手配した馬車でジェンナー公爵家へ向かおうとしているとの情報を得て、母クリスはすぐに行動に出た。

 それは、婚約者との接触を断つと同時に、継子の評判を落とそうと画策したものだった。


 お誂え向きにも、あのときは比較的に人通りが多くて、その中には社交に顔が利く者も混じっていたらしい。

 継子の悪評はさざなみのように広がって、社交界でも母娘がクロエの様子を訊かれることが幾度もあった。


 その頃は夫であるロバートの指示もあって、継子は社交の場に出さないようにしていたので、貴族たちは真実を知る由もない。だから母娘は、前侯爵夫人の娘の悪い噂の真相を尋ねられると、困ったように曖昧に微笑を浮かべてやり過ごすのだった。


 それが憶測を招いて、やがて肯定となって、クロエの悪い評判はじわじわと定着していったのだった。



 ふと、スコットの視線がコートニーに向けられた。彼女が見つめ返すと、彼の瞳は陽炎のように揺らいでいた。

 二人の間に沈黙が落ちる。


「君は……」ややあってスコットがぽつりと声を出す。「クロエとは仲良くやっているのか? 家での彼女の様子はどう? 彼女は……噂通りの令嬢なのか…………?」


 その掠れた弱々しい声には、懇願に近いものが帯びていた。

 婚約者として、長く付き合ってきたクロエ。

 彼の瞳に映った彼女は、優しくて、陽だまりみたいな笑顔を向けてくれて、貴族令嬢としていつも頑張っていて。決して悪女と称されるような行為はしないはずだ。


 だから、嘘だと言って欲しかった。

 クロエは、これまでと同じ無垢な彼女であって欲しい。


 だが、隣に座っている未来の義妹は、彼の求める答えを与えてはくれなかった。



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