17 私の知らない間に二人で話が進んでいました

 スコットと――その隣にはコートニーがちょこんと目ざとく座って、二人きりのお茶会が始まる。


 彼は義妹に正面に座るように勧めたが、彼女はふるふると無言で首を横に振って、義兄から離れようとしなかった。

 彼は苦笑いをして彼女の無礼を受け入れる。本人も言っていたが、まだ平民の頃の習性が抜けていないのだろう。

 だが、そんな様子も微笑ましい。



 しばらく菓子を食べながら、互いの身の上の話をした。

 コートニーは平民時代の話を面白おかしく喋っていたが、その端々には苦労が滲み出ていて、スコットは不憫に思った。つくづく運命というものは残酷だと、歯がゆい気持ちになった。



「クロエのことを訊いてもいいかな?」


 ひとしきり話を終えたところでスコットが尋ねると、コートニーはこくりと深く頷いた。

 彼女の微かな緊張感が伝わる。やはり、異母姉から辛い目に合っているのだろうかと、彼は一抹の不安を覚えた。


「まずは……そうだな。そのネックレスは、今はもう完全に君のものになったんだね?」


 今日もコートニーは、スコットが去年のクロエの誕生日に贈ったネックレスを胸元に身に着けていた。ピンクダイヤモンドの小さなリボン型の、可愛らしいアクセサリーだ。


 彼女はパッと瞳を輝かせて、


「このネックレス、あたしの一番のお気に入りなの! だから毎日着けているんだよ? えへへ」


 はにかむような笑顔を見せる。


「そうか」


 嬉しそうなコートニーの顔を見て、スコットも思わず相好を崩した。どうやら彼女は、周りを明るく照らすような、華やかな雰囲気を持っているらしい。


 ネックレスの本来の贈り先はクロエだったが、義妹がこんなにも気に入ってくれたとなると、彼も悪い気はしなかった。

 思い返せば、クロエはこのネックレスを特別な日にしか身に着けてくれなかった。いつも君の側にいるよと、自分だと思って欲しいと……想いを込めて贈ったのに。


(そうだ、次のコートニー嬢の誕生日には、彼女に向けたプレゼントを贈ろう。彼女ならきっと喜んでくれるはずだ)


 スコットは、コートニーにはなにが似合うだろうか、なにを贈れば喜ぶだろうか……と、頭の中でぼんやりと考える。今、身に着けているネックレスは、クロエに似合うデザインだったので、次はコートニーのためだけの一点物を用意しようか。



「あの……」


「えっ――」思考を巡らせている彼はコートニーの声ではっと我に返って「ごめん、ごめん。考え事をしていたよ」


「それって、お異母姉様のことですか?」


「あ、まぁ……そうだね」


 彼が苦笑いで答えると、彼女はしゅんと目を伏せた。


「ごめんなさい……。この子……本当はあたしなんかより、お異母姉様に着けて欲しかったですよね」と、彼女は胸元のネックレスを愛玩動物のようにぽんぽんと優しく撫でる。


「それは――」と、言いかけたところでスコットはおもむろに首を横に振った。「いや……僕はネックレスを大切にしてくれる人が着けてくれるほうが嬉しいかな」


(その通りだ……本当に……)


 彼は呪文のように、自身に言い聞かせた。

 プレゼントを気に入らないからと易々と妹に譲る姉より、大事に毎日身に着けてくれる妹のほうが良いに決まっている。


 そう考えると、だんだんと腹が立ってきた。

 クロエの奴、プレゼントしたときはあんなに喜んでいたのに、いとも簡単に妹に譲渡して、しかもそれを黙っているだなんて。なんと薄情な。



 

 コートニーはスコットの様子をじっと観察する。彼の気持ちの変化を隣に座っている彼女も肌で感じていた。


(もうちょっと、ってところね。お母様の言う通り、男って単純だわ)


 彼女はほくそ笑む。次に異母姉の婚約者に会ったときは、勝負を賭けようと考えていた。母親から教わった手練手管で、婚約者の愛情を自分に向けるのだ。



 名門ジェンナー公爵家の嫡子の婚約者を、魔力のない無能な姉から天才的な才能を持つ妹へ挿げ替えることは簡単だったが、それだけでは彼女の腹の虫がおさまらなかった。


 本来なら自分の居場所だったところに、長々と居座っていた異母姉。

 父と母から愛されて育つはずだった居場所を盗られて。加えて屋敷に図々しくも住み込んで、澄ました顔で高位貴族の令嬢面をして。


 貴族の証である魔法も使えないくせに。

 きっと、本当に平民との不義の子なんだわ。


 そんな穢らわしい娘は要らない。

 パリステラ家の令嬢は自分だけでいい。


 だから、奪ってやる。

 あの女から、居場所を。婚約者を。


 そして……婚約者の愛情を。




 一方スコットは、義妹の濁水のような本音など微塵も知らずに、ただひらすら胸がもやもやと疼いていた。

 彼の気持ちが、確実にクロエからコートニーに傾いた瞬間だった。


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