「おじさんは花をもって恋をする」
山崎 藤吾
─遅咲きの恋─
あの日は雨が降っていました。
土砂降りではないのですが
それなりに雨は降っていて
私は早歩きで家へと帰りました。
そしてその途中
ある人を目にします。
その人はとても綺麗な女性で
若々しい20代くらいの方でした。
エプロンをして花屋に入っていったので
きっと花屋の
定員さんなのでしょう。
そしてその時はそれぐらいの印象で
そのまま家に帰りました。
けれど家に帰ってからどんどんと
さっきの定員さんの顔が
分からなくなっていきました。
思い出したいのに
思い出せないどうにも
引っかかる感じがして
私は次の日の
仕事帰りその花屋で
花を買う事にしました。
「あの……すみません」
私が声をかけると昨日見た女性の
定員さんが来た。
「ハイ、何でしょう?」
「あの…花を買いたくて……」
近くで見るとより綺麗で
整ったパーツ真っ直ぐでしなやかな髪
以外にも背は私よりも割と低く
暗めな感じではなく明るめの人当たりの
良さそうな雰囲気……。
「記念日ようとかですか?」
「あぁ……その、特に決めてなくて」
「そうですか…それなら
コチラなんてどうですか?」
そう進められたのは見た事のある
花だった。
「これは…」
「こちらがカーネーションでこっちはユリですね」
白く綺麗なユリ、その横には
ピンクやオレンジといった私にはあまり
似つかわしくない花。
「なんでこの2つを?」
「さきほどお客様が特に行事の予定が
ないって言われてたので
家に飾れて尚且つ手入れをすれば
長持ちするものをと、」
「なるほど…でも、さすがに
カーネーションは私には派手すぎますかね…」
「いえ、そんな事のないの思いますよ?」
笑顔で優しくこんな中年に気を使う彼女を
見ているとなんだかカーネーションでも
なんでも良くなってしまう…。
「そうですか…?でもやっぱり
少し目立つのでこのユリを、じゃあ
3本程頂けますか?」
「はい、ではラッピングしますねあと
お手入れなんですけど
水換えを毎日それとできたら水切りも
やってみてください」
ニコッと笑顔で私を見たあと
ユリを優しく取り白い紙でラッピングして
貰う。
「お会計は…1050円ですね」
私は財布から丁度お金を出すと
ラッピングして貰った花を受け取った。
「ありがとうございました」
優しい笑顔を向けて彼女は
軽く会釈した。
それにあわせて私も軽く頭を下げ
そのまま家に帰った。
帰る途中駅の中にある100ショップに
より、そこで安い花瓶を購入し
それに水を入れユリの花を指し
部屋に飾った。
やはりこんな中年の部屋にただ
ポツリとユリの花があるのは些か
違和感のある光景だなと思った。
その日から私はユリの花を
世話するのが日課になった。
とは言っても難しい事などはせず
ただ水を毎日変えるだけ、こうやって
水を変えている時に
私は心の中で早くこの花が枯れるのを
願った。
せっかく買ったし決して安い買い物では
なかったのだか……またあの定員さんに
会いたい。
その思いだけが私の頭の中にある。
日は流れユリの花は自然と茶色くなり
下を向いていた。
どの辺が変えどきかは分からなかったが
私はいい年をして若い
女性に会いたいという
気持ちを抑えられずに
今日の夕方、また花屋によった。
「すみません」
私が店内に入り声をかけると
花の中から彼女が顔を出した。
「はい、あっ…この前の」
どうやらこんな中年を覚えていたらしい。
「また…買いに来ました」
今の私は気持ち悪いのでは
ないだろうか?
自分でも凄くニヤけているのが分かる
だからこそ心配になった。
「今日はどんな花を?」
「そうですね…会社で花を飾ろうかなって思ってて、うちいつも廊下に花が置いてあるんで…」
勿論私にそんな気持ちはなかった。
なんなら今まで花のことなんて気にも
止めなかった。けれどこの前
社内の人に聞いたらあれは誰でも飾れる
との事で今度花を飾ろうと自分から
切り出しのだ。
それもこれも全てこの瞬間の為。
「そうですね、それなら少し
値段弾ませます?」
顎に手を添え考える彼女……その
姿だけで私は満足できた。
「どのくらいですかね?」
一応手持ちは一万円くらいだが
そんなには流石に使いたくない、でも
彼女に貧相だと思われたくもない
なりよりも彼女が勧めてくれた
ものを断りたくない。
「大体花束だと3000円くらいですかね…でも
花の種類で値段変わるんでそのくらいの
イメージですかね」
「なるほど…それなら3000円くらいで
見繕って貰えれば…」
「分かりました、でもいいんですか?
ご自身で選ばれなくて」
「いいんです、私なんかが選ぶよりも
お姉さんの方がお詳しいんで」
私は彼女に全てを委ねると
彼女は説明や話をしながら
いろんな花を見繕ってくれた。
「こんな感じでどうでしょうか?」
渡してくれた花束は青系統で男が
持っていても場違いではない代物だった。
「ありがとうございます……!」
「では、お支払の方を」
私は花束を持ったままレジに
行き財布を出して
お会計をする。
「3230円ですね」
財布から5000円札と230円を出す。
「お返しが2000円になります」
彼女が僕にお釣りを渡そうとした時
私の手が片方花で塞がっていたので
片手でお釣りを取ろうとしたら
彼女がスッと手を添えて包み込む様に
渡してきた。
しっかりと握られた右手
水仕事をしていたのか異様に手が冷たかった。
「ありがとうございました」
にこやかに笑い軽くお辞儀をする彼女。
私も軽い会釈をし、店を出た。
次の日職場に行くと社員の人が花を
褒めてくれた。
自分の目利きではないのだが
なんだかとても嬉しかった。
花は廊下の端に飾られて
白の壁に映える色味だった。
私はそこを通る度に
その花を見て気持ち悪くニヤッと笑う。
その日の帰り道私は花屋によった。
今日の成果を報告するためだ。
「こんにちは」
店内に入ると違う女性定員がが来た。
「はい何でしょうか?」
「あの、昨日花を買ったものなんですけど」
「あ〜はいはい、ナギサちゃんが
接客してた」
どうやら昨日の様子を知っているらしい。
「はい、それで花を選んでもらってさかな
御礼をと思いまして…」
「あ〜そうなの?でもごめんないね
あの子木曜は休みなの」
「あっ…そうなんですね、では青いお花
好評でしたと、お伝え願えますか?」
私は直接伝えたかった言葉を
代理で伝えてもらう事にした。
正直少し落ち込んだ……まさか
休みとは思わず勝手に居ると期待していた。
「いいわよ?じゃあそうね……
月曜日はあの子バイトで来るから
その時にあんたに声かけるように言っとくわ」
「はい、分かりましたそれではお願いします」
頭を下げ店を出ると私はそのまま
家へと帰る。
花は買わなかった、本当なら
買うのが筋なんだろうが
なんだかそんな気になれなかった。
帰宅をして灯りを付ける
するとそこにはもう枯れ切ったユリがあった
朝はまだ白かったのに……それを見ると
なんだか今の自分の様に思えた。
花瓶を持ち台所で水を流すと
ユリを新聞紙で包みそのままゴミ箱へと
捨てた。
人に会えないことが
こんなにも寂しいものだとは
知らなかった。
昔から友達は数人いたが
そいつらと返事が付かずとも
遊べなくとも何にも思わなかった。
単にそうなのかと、思うだけで
寂しいなんて考えたことすらない
でも、今日は凄く寂しかった。
今まで恋愛なんてした事なく
女性に欲はあれど
一緒にいたいとか
彼女が欲しいだとかはなかった。
けれど今日は会いたかった、
会うって言いたかった。
ただ感想を言うそれだけなのに
彼女の事が頭から離れない。
今もそんな感じなのに顔が上手く思い出せない
だから、余計に会いたい。
初めての感覚この年で30近くも離れた
子供にこんなにも揺さぶられるとは……
もう遅いのは分かってるけれど
夢が叶うならばあの娘と──。
金曜日が来た、明日は休みだ。
そう思い仕事に向かう。
いつも以上に入念にチェック、
雑用やお茶出しも自分でした。
なんでだろう今日は妙に
仕事がしたい。
それだけを考えていたい
他に何もいらないから
私に時間を与えないで欲しい。
余裕ができると考えてしまうから…。
けれど仕事は長くは続かない
いつか終わる。
今日に限って残業もない、
しようとしたが何も無いので
帰ることにした。
帰宅途中、また花屋を通った。
だが彼女は居ないので
そのまま通り過ぎる。
なんだか嫌な気持ちになってきたので
久しぶりにパチンコにでも
行こうかと、商店街方面に足を向け
途中コンビニで2万円を下ろした。
その後はなんとも単純な流れ作業が
始まる。
うるさい店内の音もすぐになれ
お金をただドブに捨てるように遊んでいく。
どのくらい居たのか、ふと外を見ると
もうすっかり暗くなっていて
しかも雨が降っていた。
時期的な事もあり雨が沢山降る。
それが憂鬱な気持ちに拍車をかけてきて
思わず溜息をもらした。
10分が経ち
所持金が無くなった。
絣もしない結果に落胆なんてしなかった。
こんなのどうせ当たるわけがない
最初からそう思っているから大丈夫
なんでも期待しないのに限る。
さて、所持金も使い果たし
もうそろそろ家に帰ろうと
席を立った。
店を出て手持ちの折り畳み傘を
指しそのまま真っ直ぐと家に帰る。
いつもとは違う川沿いを歩き
橋に差し掛かったとき
向こうの信号機の辺りに
人が見えた。
歩いてそのまま信号機へと向かう
私もそこの信号機を通らないと
家に帰ることが出来ない、
なんせ遠回りはしたくない。
赤信号のまま歩行者の
青信号まだは点滅していない。
少し早く歩き橋を出たとき私は
目の前にいるふたり組のうち
片方が花屋の定員の彼女だと
言う事に気づいた。
にこやかに話しておりどうやら
私には気づいていないらしい。
そして信号機は赤から青へと変わり
彼女は横にいる男の手を自ら取り
固く手を握った。
しかも恋人繋ぎで……。
思わず手にしていた傘を落とす
ガサっという音を立て
体は忽ちびしょ濡れになる。
掛けていた眼鏡には水滴がついて
彼女達がぼやけて見えた。
落とした傘を取ろうとゆっくりと
しゃがむと、もうそこから
立ち上がる気力はなかった。
手や背中に沢山の雨水が落ちてくる
なんだか凄く重い…
水分をすった服が重いのかそれとも
心か……どっちにしろ
もう動けない……。
誰もいない歩道の
真ん中で私は数十年ぶりに涙を流しそして
初めての失恋をしました。
月曜日、私は
仕事と向かう。
いつも通りのペースで地道に書類作りをして
何となく1日を終わらせた。
帰り道また花屋による、すると
そこには彼女がいた。
「あっ、この前はお花良かったみたいですね」
ニコッと笑う彼女。
それに合わせて私も笑う。
「はい、おかげさまで」
ヘラヘラとした笑い方で
彼女に再度お礼をする
「いえいえそんな今日はどういった御用でいらしたんですか?」
「実はまた部屋に花を飾ろうと思って」
買う花はもう決めてある。
「そうなんですね、でお花の方は?」
「カーネーションを3本」
「カーネーションですね、わかりました」
鉢から3本カーネーションが
出されラッピングされる。
それに代金を払い私はニコッとする
彼女に会釈をしてそのまま家に帰った。
家に買えると
台所にある花瓶に水を入れ
そしてそこにカーネーションを指し
家の棚の上に飾る。
「やっぱり少し派手だな…でも、
これでいい……」
私はカーネーションをじっと眺め
そして優しく撫でるように触る。
定員さん、これが私の今の想いです。
この花はあなたに向けた私なりの
告白です。
どうか伝わりませんように………。
終わり
「おじさんは花をもって恋をする」 山崎 藤吾 @Marble2002
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