第2話 君に会いに行く

「ふー、疲れた疲れた」


「私もお昼食べよっと」


 竿を湖から上げて横においた。私がおにぎりを取り出すと木内は羨ましそうに私を見つめた。


「え、おにぎり食べたいの?」


「いいの?」


「いいよ」


 私はおにぎりを一つ手渡した。


「サンキュー」


 私が食べたおにぎりはツナマヨだった。木内のおにぎりはタラコだった。一番食べたかった具材が取られてしまった。


「タラコ! 当たりだな〜」


「それ、食べたかったのにぃ」


「食べるか?」


木内は食べかけのおにぎりを差し出してきた。


「え……いいよ。まだ他のおにぎりがあるから」


「何個持ってきたんだよ」


 木内は笑った。


「四個。あと、高菜と鮭がある」


「四個も作ったのかよ」


 木内の分も作ったよ、とは言えなくて笑ってごまかした。


「じゃあ、もう一個あげる」


「サンキュー」


「どういたしまして」


 おにぎりを食べ終えると、木内は私にお礼にとチョコをくれた。午後も他愛も無い話をしながら釣りを楽しみ、夕方に釣った魚をリリースして駐輪場へと戻る。空はオレンジ色のグラデーションを作り、山並みやダム湖が柔らかな色合いに包まれている。ボートに乗っていた人たちも次々と湖岸に戻り、バーベキューをしていた人たちは後片付けをしている。駐輪場に着いて自転車を出すと木内が自宅とは反対方向に自転車を向けた。


「なぁ、上のダムでも見に行ってみないか?」


「えー」


 ダムはここから、自転車で十分も掛からない。だが、途中にあるトンネルは心霊スポットとして有名なトンネルだった。


「もう夕方だし、帰ろうよ」


「ダムまで行ってもさほど帰宅時間は変わらないだろう」


 結局、木内の意見を聞いてダムへと向かうことになった。緩やかな上り坂だが、一日中外にいた疲労感もあり私は立ち漕ぎをしながら、なんとか木内の後ろを着いていく。


 トンネルが見えた。さほど長くないトンネルにも関わらず、真っ暗だ。トンネルの先はカーブを曲がった向こうなので見えない。木内は自転車から降りて振り返った。


「歩道が狭いから、降りて歩こう」


「ええっ」


 自転車で一気に通り抜けたかったが、渋々自転車を降りた。トンネル内に入ると一気に気温が下降し暗闇に包まれる。トンネルの上には電球が付いているものの、僅かな明かりを灯しているだけだ。木内は自転車をゆっくりと押しながら進む。


「このトンネルがどうして心霊スポットなのか知ってる?」


 木内の声がトンネル内に響いた。私はギョッとしながら返事をした。


「え? このタイミングでそんな話やめてよ」


「このタイミングだからこそだろ」


 木内が真顔で振り返る。


「うわ、変な顔で驚かさないでよ」


「いや、真顔だけど」


「ごめんごめん。で、どうしてそう言われているのかは知らないなぁ。山奥のトンネルなんて、どこも心霊スポットなんじゃないの?」


「そうじゃないんだ」


 ダムは自殺の場所として有名だ。地元の人はそのことを、さほど気にしてはいないし、ダムは近場のレジャー施設のようなものだ。だが年に数回は新聞に小さく載るような事故がある。


「じゃあ、何?」


「トンネルのカーブで事故を起こした人がいたんだ。早朝に一人で来たものだから、事故から数時間経過してからの通報で、発見された時には運転手は既に息絶えていた。今もカーブの先に事故の跡が残っている」


「えぇ……そんな、事故は知らなかった」


「新聞とかニュースでも載っているんじゃないかな。その事故を起こした運転手は、今でもトンネル内をうろうろしているらしい」


「やだ! やめて! わざと怖がらせようとているんでしょ」


「ごめんごめん。でも大丈夫だよ」 


トンネルの中、カーブの向こうから自動車がやってきて、私達の横スレスレを走り去った。ひやひやしながらもカーブに差し掛かりブレーキ痕を探したが見えなかった。すぐにトンネルの先が見えた。


 外はまだオレンジ色の夕陽に包まれている。トンネルを抜けて再び自転車に跨るとダムへと一気に向かった。人気が無く、駐車場に車も無いので適当な場所に自転車を停めて並んで歩いた。ダムから川を見下ろすのは絶景だ。


「放水を見られたら面白かったけどな」


「そうだね」


 ダムから湖畔と川を眺めた。日が陰ったので暑さが和らいでいる。私は水筒を取り出すと残りの麦茶を一気飲みした。


「あとは、帰るだけだ。あのトンネルを通って」


「大丈夫だって、何も出なかっただろ」


「帰りは変な話ししないでね! 怖くなっちゃったから」


「だけど、さっきの話は本当にあった事故なんだからな」


「だから、それが嫌なの」


 木内はいたずらそうに笑った。その少年らしい笑顔が可愛くて、私も笑った。



 帰りのトンネルは、さっきの話を聞いたせいで来たときとよりもっと不気味で寒々と感じた。トンネルを抜けると自転車に跨り、一気に山道を下った。漕がなくてもスイスイ進むのであっという間に山を下り、中学校の前まで到着した。校庭を見ると、野球部やサッカー部などの運動部がまだ活動している。


「木内、サッカー部から転部したんだっけ?」


 私は校庭を横目に見ながら話しかけた。


「そうだよ」


「どうして、転部したの? 木内が入ったとき美術部は女子二人しかいなかったよね?」


「そうそう。帰宅部だと思っていたから」


「やっぱりね」


「でも、他にも男子二人入部したからルアー部になったな」


「あはは。ルアー部ね」


「じゃあ、また明日学校でな」


「うん。またね」


 私たちはそれぞれの帰路に着いた。

帰宅すると、ドッと疲れが出て夕ご飯を食べたあとはすぐに眠りに就いてしまった。


翌朝は雨で、これまで天気が良かったのが嘘のように蒸し暑い。仕方なく私は徒歩で学校へと向かった。



 教室内での私は大人しくて目立たない存在だ。登校すると本を読むかぼーっとして授業が始まるのを待つ。

 私がいつも一緒にいるのは、同じようにちょっと大人しい女子ばかり。


 給食を終えて、昼休みになると雨が止んで外はカラッと晴れ渡っていた。私は図書室へと向かった。友達の少ない私にとって図書室は憩いの場所なので、毎日入り浸っている。校庭や体育館ではサッカーやドッヂボールをしている男子が賑やかに声を上げていて、女子は教室でおしゃべりしている。校庭を眺めていると、木内がサッカーをしている姿が見えた。サッカー部をやめたくせに休み時間にサッカーをしている姿が無性におもしろくて、私は笑ってしまった。



 図書室で借りていた本を返却すると、次に借りる本を物色した。絵や写真の本も好きだし、漫画や文庫本もリピートして借りている本がある。私は一冊の本を借りると、図書館内にあるパソコンに座った。昨日、木内から聞いたトンネル内の事故について調べてみた。すぐに事故はヒットした。事故が起きたのは十一月二十三日。軽自動車に乗った男性がトンネルのカーブを曲がりきれずに衝突。そのまま亡くなったと書かれており、木内の話していた内容通りだ。ところが、最後に運転手の名前を見て私は悲鳴をあげそうになった。運転手は『木内実隆きうちさねたか(二十五)』と書かれている。偶然にも木内と同姓同名の人物なのだろうか。



 それからは期末テストもあり部活動はお休み状態であっという間に一学期が終わった。そして、部活の引退の日がやって来た。私が画材やこれまで描いた絵を片付けている横で男子は教室の掃除をしてくれている。後輩がいないので、美術部はこのまま廃部になるかもしれない。


 私は荷物をまとめ終えてから、掃除に参加した。入部してから約二年半、輝かしい青春らしさや絵の技術を勉強することは皆無だった。だが、平穏で静かに制作に熱中できた。それに部長として無事に活動を終えられてホッとしていた。木内とはクラスが違うので、部活動以外での接点が無くなってしまう。それは、寂しかった。


 最後に卒業アルバムに載せる集合写真を撮影をして解散となった。


 私が大荷物を持って歩いていると後ろから木内がやってきた。


「大丈夫か? 家まで荷物もってやるよ」


「え? 帰り道反対方向なのに。いいの?」


 木内は画材の入った重い方の鞄を持ってひょいと肩にかけた。


「家まで運んでやるよ」


「あ……ありがとう」


 突然のことに驚いたがありがたい。駐輪場に着いてから木内は画材や画板を自転車の前後の籠に入れた。


「よし、これなら楽に帰れるな」


「うん。でも、遠回りしちゃって悪いね。木内の家は中学校から遠いの?」


「自転車で二十分くらいかな」


「やっぱり、遠いね」


「そうか? コンビニの近くだよ」


 田舎なので、コンビニさえも遠い。コンビニの近くに家があることを羨ましく感じた。 


 木内が自転車を押して歩いたので、私も隣を自転車を押しながら歩いた。自宅までは山や田んぼが見える田舎道で、カエルの鳴き声や鳥の鳴き声が響き渡っている。


「とうとう部活引退だね」


「そうだな」


「受験終わったら、またダム湖にでも行かない? 釣りでもいいし、今度はボートに乗ろうよ」


「いいね」


 私は一呼吸置いて、思い切って切り出した。

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