第40話 リニューアルタヌキ

 浅沼さんと会って数日後、タブちゃんはようやく新作を披露してくれた。

「ジャジャーン! 新作のタイトルは!」

 タブレットを掲げ持ったタブちゃんは、勿体ぶって言葉を切った。

「タイトルは?」

「イワサブローはこう言った、です!」

「なんじゃ、そら」

 おそらくはタブちゃんが期待したであろうように、床にゴロンと転がってみせた。タブちゃんがいつも言うところの、新喜劇風ズッコケだ。案の定、彼女は鼻をふくらませた。

「びっくりしたやろ」

「びっくりすんの、前からお馴染みの読者さんだけや。つまり俺だけやん」

「ええやないの。どう、どう?」

「どうって。なんで現代調にしたんや」

「ちょっと身近になったからー、かな。ま、読んでみて」

 タブちゃんは俺の方にタブレットを押しやって、両手で自分の目をふさいだ。小さな子どもみたいに。

「何しとん?」

「ええから。よ読み」

「わかった」

 読ませていただきましょう。


   ※※※※※※※※


「つぶれタヌキのイワサブローさんはご在宅ですかー?」

(古民家の、引き戸の無くなった玄関土間。かまどがそのまま残されている。その奥に、傾いた柱を廃材で支えたイワサブローの家)

「おるよー。どちらさん?」

(ひょっこり顔を出したのは、毎度お馴染みイワサブロー)

「ああ、よかった。ほんとうに会えた」

(お客は人間の子どもたち。お姉ちゃんと弟がしっかりと手をつないで立った姿が、三頭身くらいに描かれている。柄のないワンピースを着た髪の長いお姉ちゃんと、Tシャツ半ズボンの弟。顔がそっくりなので姉弟とわかる)

「やあ、小さいのにりっぱなあいさつができたね。どうぞお入り」

(ニコニコ顔で勧めるイワサブロー。だが、子どもにも小さすぎる家である。二人は頬杖をついた格好で、肩から先だけお邪魔することになる)

「神社にお参りに行ったら、誰かがここを教えてくれたんです」

「あのね、あのね。おやしろの中から声が聞こえたんだよ」

「わたしたちの小学校が無くなりそうなの! どうしたらいいのか、教えてください!」と、お姉ちゃん。

「学校が?! 風で飛ばされたのか、大水で流されたのか?」

(びっくりしてひっくり返ってしまうイワサブロー。お姉ちゃんの回想で、村にあった工場が移転したこと、従業員とその家族たちが出て行ったことが語られる)

「春から入学する子もいないし、残るのは4人だけなんです」

「おお、それは大変だ。だが、我らにとっては今こそチャンス! おおーい!! 子どもたちー!!」

(イワサブローは、タヌキの子どもたちを呼び集める)

「わあ、タヌキさんたちってたくさんいたんだね」

(大喜びで遊び始める弟と仔ダヌキたち。何匹かが競って人間に化けようとするものの、尻尾が丸出しだったり、耳が帽子から突き出ていたりと、どこかしら変だ)

「仔ダヌキたちは、人間のことを学ばねばならん。そのためには学校に通うのが一番!」

「わーい! 学校だー!」

「行きたい、行きたい」

(怖がることなく大喜びのタヌキたち。姉弟は少しばかり不安げだが)

「タヌキさんたちが学校に?」

「でも、バレたら大変よ。捕まって動物園に入れられちゃうかも」

「じゃあ、校長先生にこっそり頼みに行こう」

(イワサブローは頭に葉っぱを乗せると、ポポンと人間に変化へんげする。杖をついた小柄で白髪の老人だが、三揃のスーツと山高帽というファッション)

「わあ、すっごくおしゃれなおじいちゃんだ」

「イワサブローさん、校長先生よりも、えらい人みたい」

「ふふっ、そうかい。じゃあ、学校に行こうかね」

(連れ立って出発。お姉ちゃんは、イワサブローの杖を持たない方の手が、スーツの袖口から見えないことに気付く)

「イワサブローさん、こっちの手はどうしたんですか?」

「ああ、右の前足はうまく使えないんでね。人間に化けてもこの通りなんだよ」

「イワサブローさんは、どうしてつぶれタヌキって言われているんですか?」

「そりゃ、つぶれたからさ。山の上のあの集落は、人間が住まなくなって長いから、家もボロボロになってしまった。倒れた柱の下敷きになったときは、もうだめだと思ったけどね、神さまが助けてくれたんだよ」

「神さまが?」

「うん。だから、それから神さまのお手伝いをするようになったんだ」

「じゃ、じゃあ、神社でイワサブローさんのことを教えてくれたのって……」

(ドキドキするお姉ちゃん。弟は仔ダヌキたちと走り回って笑っているばかり。そうして一行は小学校に到着。花壇の手入れをしていた校長先生に駆け寄る姉弟。仔ダヌキたちは校門の陰にささっと隠れて様子をうかがっている。ゆっくり歩いて来るイワサブローを見て、校長先生の顔がパッと輝く)

「ややっ。あなたはもしや……イワサブローさん!」

「えっ? おやっ、ひょっとしてヨシオくんかい?」

(手を取り合って喜ぶ二人を見て、びっくりする姉弟)

「知り合いだったんですか?」

「うんうん。子どものころ、山で一緒に遊んだんだよ」と、校長先生。

「いやあ、懐かしい。ヨシオくんが、まさか校長先生になっているとは」

「ははは、あのころは勉強嫌いだったからねえ」

(懐かしがる二人に、お姉ちゃんが不思議そうに話しかける)

「イワサブローさんって、昔からおじいちゃんだったんですか?」

「ははは、そうじゃないよ」

「じゃあ、どうしてイワサブローさんだってわかったんですか、校長先生?」

「だって、瞳が昔とちっとも変わらないからね」

(思い出の中の、子どもだった二人。校長先生の思い出では、坊主頭の小さな男の子と、頭に葉っぱを乗せた坊ちゃん風の男の子が、谷川で水遊びをしている。イワサブローの思い出では、家財道具が乗ったトラックの窓から泣き顔を出して手を振る男の子を、見送っている)

「自分が通ったこの小学校の校長先生になるとは、思ってもみませんでした。校長として学校を見送るのが、私の務めだったんですねえ」

「ヨシオくん、それは違う!」

(イワサブローが杖を離した腕を上げると、校門の方から人間の子どもたちに化けた仔ダヌキたちがわーっと駆け寄ってくる。姉弟も一緒になって、校長先生を取り囲む)

「まだまだ、よろしく頼むよ!」

(つづく)

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