第38話 告白と炎上と

 タブちゃんが本当に人間の生き霊なのか、他の幽霊を見る力が無いだけの幽霊なのか、はたまた本物のタブレットの精霊なのかは置いといて、俺は浅沼さんのやつれ様をどうにかしてあげたかった。タブちゃんとの時間はこれからもたっぷりあるから。浅沼さんとは、ちょくちょく会うわけにもいかないだろうから。

「それで、ちょっと話は戻るんですけど」

「はい」

「ピョンタの話がしたいっていう伝言、新聞を読む前のことですよね」

「……そうでしたね」

 彼女の姿が更に小さくなって見える。

「あの、失礼な質問だとわかってはいるんですが。その……祟られてる的な体験をしたんですか? いえ、あの、ずいぶん痩せ、顔色も、その」

「金縛りに遭うんです」

 小さな小さな声で、彼女は答えた。

「今までそんな経験ありませんでした。目を開けたら、胸の上に黒い影がいるんです。それで、首を絞めてくるんです」

 涙が溢れそうなところぎりぎりに溜まっている。

『それは、罪悪感が見せる幻や。そう言うたげて』

 タブちゃんが鼻息も荒く言った。なぜかふんぞり返っているので、肩先が背もたれにめり込んでいる。

「あれ?」

『なんやの』

「そう言うたら、なんで座ってられるん?」

『は?』

「普段からそやろ。歩くときは床の上、座るときも床の上。ここの椅子にも座れとるんはなんでや? それ、空気椅子なんか?」

『ふん? 気ぃつかんかったわぁ。あれか、思い込みやろか? ちゅうか、世の中の常識には縛られとぉとか。地べたの上を歩くもん、椅子には座るもんて』

 タブちゃんはおもむろに立ち上がり、ぴょんぴょん飛び跳ねた。

「なんや、床をトランポリンにしたいんかい?!」

『飛んでみよ思うたのに、飛べんわ』

 そう言うなり、店内を全力(多分)疾走し始めた。

「何してんねん! ドッグランに放された犬か!」

『車の速さには追いつかんわぁ。ターボババアとか、どんな特殊能力なんよ』

「ターボババアて。幽霊やのうて、もう妖怪やろ、あれ」

『へえ、そうなん。他の幽霊さんと話したことないからわからんし。妖怪さんにうたこともないし』

 声量は抑えたものの、いつもの調子でタブちゃんと会話してしまった俺は、かすかに笑う声に気付いてハッと浅沼さんを見た。

「……湯浅さんが言ってました。三木君は関西の人だけど面白いこと言わないって」

「あ、そうなんですか」

「でも、タブちゃんさんと話してるときは、きっと、面白いこと言いまくってるんでしょうね」

「い、いやあ。そうなんでしょうか」

『照れるとこちゃう!』

「あ」

 俺は慌てて居住まいを正した。

「タブちゃんが言ってます。浅沼さんが体験したと思っているのは、罪悪感が見せる幻だと。何も憑いていないから安心してと。今夜からはもう何も感じないこと間違いないそうですよ」

「えっ」

 浅沼さんは目を見開いた。

『あたし、そこまで言うてないやん』

 そうだけど。

「前に聞いたことがあるんです。犯罪者の中には、罪悪感が見せる幻に耐えきれずに、自首するケースがあるって。浅沼さんはきっと、ちゃんとした人だから。Tubuyaiterで告白も謝罪もしたんですよね。大変でしたね」

「大変とか……。当然です。盗作は犯罪ですから」

「向こうから勝手に現れた作品だし、あ。タブレットの持ち主って友だちでしたね」

「はい。作者不明の作品を世に出したくてって言ってしまいました。謝罪なのに、まだ良い子のふりを混ぜるとか、最低です」

「でも、勝手に増えるホラー状態とは言えないじゃないですか。正義面した部外者に、必要以上に責められたりしたでしょう? 同人仲間にも、色々言われたでしょうし」

「言われて当たり前です」

 浅沼さんは、ツーッと涙をこぼしたが、頑張って笑おうとしているように見えた。

「本当に、それだけのことをしたんです。なのに、炎上に耐えられなくて、自分で決めていたのより早く、削除してしまいました。佐々木先生の教え子さんたちに、私のことが知られたら。私が削除したって、誰かが保存していたら。してるでしょう、きっと。本だって作ってしまいました。売ってしまったものを、無かったことにはできません」

「それは、そう、ですけど」

『あたしも同じことしたのにな。申し訳ないわ』

「タブちゃんも、その、同じことをしたのに、浅沼さんにだけ辛い思いをさせて申し訳ないと言っています」

「いいえ。精霊さんが、自分自身に描かれたものをどうしようと、罪じゃないです」

『自分自身に描かれた、か。ほくろを見せびらかしたようなもんかしらん』

「ほくろってか、入れ墨見せびらかしたん違うか。って、どこの輩やねん」

 あっと浅沼さんの顔を見たら、また少しだけ笑おうとしているようだった。

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