第34話 罪悪感が見せるもの

 俺が帰宅するまで描いていたであろう新作を保存し終えて、タブちゃんが正面にやって来た。

「あっ、て何? またなんかやらかしたんか?」

「やらかしたって、失礼な」

 俺はスマホを取り出した。

「そのぶぉーのからの伝言もろたん忘れとったわ。ピョンタのことを話したいって。湯浅さんが教えてくれた」

「ピョンタ? あの人のん、ウサコって女の子やったやろに」

「それや。コミケの話したとき、言わんかったっけ? 俺、何気にピョンタって言うたんや。ほんでも話が通じて」

「あー、聞いたな。それ、あっちはずっと気にしとったわけか」

 タブちゃんは腕を組んでうーんと声を上げた。

「タケちゃん、もう構わんとき。あたしも新作始めたし、動物たちはあっちにあげるわ」

「あげるって」

「ほんで、その人の本うたんやろ。あたしにも見せてや」

「あ。バレとった?」

「バレるもなんも、コミケまで行って話するだけとか、ないやろぉに」

 俺は本棚に隠していた本を取り出してタブちゃんに渡そうとした。

「あんたアホなん。あたし、触られへんし、めくって見してくれんと」

「へいへい、そうでした」

 面倒臭い。とはいえ、ページ数の少ない本のことだ。タブちゃんが「はいっ」と指示するのに合わせて、ページのめくり役に徹した。

「ふう。初めのころに描いたもん、そのまんまやわ。名前とか変えてるけど」

「うん。本当に、このままでええんか? 作者と知り合いやねんぞー、くらいのこと言うてもええけど」

「ええって。まあ、ずっと無視してすんのも可哀想やし、この話はもう終わりですって言うたげて」

「TubuyaiterにDM入れるっちゅうことは、アカウント作るっちゅうことやけども。タブちゃんが始めたときに俺のサブアカって思われたりして、まあ、ないか」

「あたしのこと気にしとるんやったら、ええから。読者はあんただけでええもん」

「もったいないなあ」

「まーた、そこに戻るん。困った子ぉや」

 タブちゃんが監視しているので、アカウントを作り直し、ぶぉーのを探し出して『マジョリーナの友人の三木です。ピョンタの件でと聞きましたが、当方の勘違いです。今後間違った発言をするつもりはありませんので、気にしないでください』と送った。

 法学部に籍を置く者として、盗作問題を放置するのは気がかりだったが、タブちゃんの名前、素性、生死までも不明では手のつけようがない。とりあえずこの件は終了だと思ったが、何らかの返事が来るかもと思ってアカウント削除はちょっと待つことにした。

 

 そして、やはり返事は来た。来たけれど、思ったのとはかなり違っていた。

「タブちゃん、どうしよう。なんか会いたい言うてきた」

 翌朝、確認したばかりの画面をタブちゃんに掲げて見せると「あたしはお母ちゃんか」という反応が一番に返ってきた。

「何言うてきたん」

「これ、これ見てくれやぁ」

 タブちゃんは、架空の老眼鏡を目に当てる仕草をした。だが、笑っていた口元がキュッとへの字に結ばれた。

「なんやの。不穏やねえ」

 ぶぉーのの文面はこうである。

『盗作の件につきまして、深くお詫びいたします。ご遺族のご要望は全て受け入れます。つきましては、墓前にてお詫びさせていただきたく、日時と場所を指定していただけると助かります』

「なんでこうなった」

「知らんわ。あんた、変なことしたんやないの」

「してない、してない。ウサコをピョンタと間違えただけやって。それも、わざとやないし」

 俺はぶんぶんと手を振って無実をアピールしたが、それでどうなるものでもない。

「盛大な勘違いがありそうやし、とりあえず会わないかんかなあ」

「うん。会うなら、あたしも連れてって」

「面倒臭いなあ」

「わかるけど、Tubuyaiterでやり取りしとってもらちあかんよ」

「そうやなあ。しゃあないわなあ」

 俺はうんざりした顔も隠さず、返信するつもりの文を入力した。

『その前にお聞きしたいことがあるので、一度会えますか』

「これでええやろ」

「まあ、文章で勘違いが大きぃなっても困るし、ええんちゃう」

 タブちゃんのOKが出たので、えいっと送信した。

 そこからのやり取りは早かった。週末に、駅近くのハンバーグチェーンで待ち合わせることにしたのは俺だ。あの店なら隣のテーブルとの距離があるし、週末の昼なら、きっと賑やかだろう。あえて混んでいそうな12時半でネット予約しておいた。


 少し早めに着いたので、一度チェックインしてから「連れを待ちます」と言って、二階の入り口に上がる階段の脇で待つことにする。一階は駐車場だ。冬とはいえ、快晴の昼時なのでそれほど寒くない。

「なんか面白い店やねえ。なんでトラクターが飾ってあるん」

 タブちゃんは、花壇やら古びたトラクターやらに囲まれた店の看板をジロジロと見た。階段を上る客たちがいるので、話しかけられても困る。俺が黙っていると、階段をすたすたと上がって、ドアをすり抜けて店内を見てきたようだ。

「おもちゃ箱みたいなお店やねえ。アメリカの農場がコンセプトなんやろか」

 返事ができないのはわかっているだろうに、黙っているのも難しいようだ。俺は、なんだか浮かれた様子のタブちゃんをちらちら見るにとどめた。彼女は今日も裸足だ。毎日室内に靴を履いて出られる方が困ると思いつつも、冷たいアスファルトの上の裸足を見ているのはちょっと辛い。見ないようにするしかない。

「せっかくのお出かけやもん、帰りにどっか寄りたいな。なあ、時間まだなん? どっちから来るん?」

 タブちゃんに聞かれてスマホの時間表示を見た。29分だ。ぶぉーのは時間に遅れるタイプではないと思うのだが。来る方向がわからないのできょろきょろしていると、前方にどんよりと暗い人影を見つけた。

「あれっ」

 思わず目をこすってしまった。全身が黒っぽく滲んだように見えたのだが、よくよく見直すとそんなことはない。案の定と言っていいのか、ぶぉーのだ。遺族だの墓参りだの言われたからだと思いつつも、少々不安になった。

 

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