第33話 記憶のバグ

 湯浅さんのコスプレ希望の話のせいで、というよりも、俺がタブちゃんの実体云々を考えていたせいで、カレーライスも食べた気がしなかった。

 午後の試験科目は別々だったのでカフェテリアで解散になったが、今夜にもSNSの着信があったらどうしようと気が重い。

 

 のろのろと教室に入ってノートを開いてみたが気が散って、近くに座っている男子学生二人の会話をぼーっと聞いてしまった。

「……それでさあ、この前見てたヨーツベの話、思い出したのよ」

「あれだろ、幽霊が記憶を混同して、無実の人を犯人扱いして殺したってやつだろ」

「間違いで殺されたら、たまんねえよなあ」

 また幽霊の話だ。気にしていることは意識に留まりやすいんだって、田中三郎が言ってた。

「前に講義で聞いたじゃん? 証人たちが集団で、間違いを真実だと思い込んでた事件。俺さあ、幽霊が証言してくれたら裁判に怖いものはないって思ってたけど、幽霊にも記憶違いがあるって、嫌だよな」

「人間は、思い込む生き物である。誘導される生き物である。記憶は改ざんされる。ここ、試験に出ると思う? えーと、マンデラ効果の話とか」

「えー、出ないだろ」

「じゃ、善意の人による偽証についてとかは」

 二人は、ちゃんと試験内容へと話をつなげた。

 佐々木さんは善意の人だった、と俺は彼らの雑談を引きずった。

 佐々木さんは元教師で、たくさんの家庭の問題に触れていた。生前の記憶を混同していた可能性は少なくないかもしれない。

 そういえば中学の頃に、霊能者が有名な未解決殺人事件の犯人を追う、テレビ番組を見たことがある。出演者の一人が「殺された人にはおそらく強い無念があるでしょうから、幽霊になったはずです。だったら、犯人を教えてくれればいい。でも、現実には教えてくれて解決する事件なんてないんです。自責の念にかられた犯人が、幻を自白する程度です。だから私は幽霊を信じません」というようなことを言った。番組がきっかけの犯人逮捕はなかったはずだ。気になって新聞の三面記事を毎日調べたものだ。

 ん、新聞?

 タブちゃんがサキちゃんであるのが本当かどうかは、事故のことを調べればよかったのだと今更ながら気付いた。

 試験終了後、俺は図書館に直行した。幸い新聞データベースの利用者はいない。

 期間はタブレットのあの型が発売された5年前から去年まで。分野は事件事故。キーワードとして明石市と入力したが、事故の発生場所が不明なのを思い出して兵庫県に変更。それから施設職員という言葉を追加してみた。サキという名前は表記が不明なので省く。

 最初に表示された候補をざっと読んで、交通事故の記事は案外少ないことに驚いた。普段新聞を読まないから気が付かなかったが、報道の基準があるのだろうか。そういえば、同級生のおじいさんが交通事故で亡くなったことがあったと思い出し、サキちゃんの件よりも詳しい検索条件を入力してみた。発生年と居住地、事故の発生場所、名字まではわかっているのだが、それでも出てこなかった。逆にどういう事故なら報道されるのかと見てみたら、悪質な飲酒運転によるもの、多重事故など大きなものらしい。サキちゃんの事故は、居眠り運転のトラックに衝突されて起きたものだと聞いたが、過重労働や持病などの後追い報道もなかったのだろう。

 検索を終了しようとしたところで、ふと、サキちゃんを連れて行こうとした施設のことを調べてみようと思いついた。〈入寮希望者を迎えに行った職員が事故に巻き込まれて〉というような記事が存在するはずはない。それでも〈家族の暴力から救い出すために入寮させようとしていた少女がいた〉という一行くらいないかと思ったのだ。

 結果として、求めるような記事はなかった。試験期間中に無駄な時間費やした上に、どっと疲れただけだ。タブちゃんに知られたら『あたしはサキやないって言うたやろ。何してるん』と呆れられるやつだろう。バレるような言動は慎まねば。


 新聞記事に意識を集中しすぎたせいで、家に帰ってからの試験勉強ははかどらなかった。


「ちょっとぉ、どうしたんよ。さっき休憩したばっかやん。さっさと起きて勉強しぃ」

 床に転がっている俺を、タブちゃんが叱咤激励する。

「んー、もうええかなあ。明日の分、今やってもなあ。そもそも今まで身についたものを確かめるための試験やろ」

「何言うてんの」

「タブちゃんこそ、新作でも描いたらどうや」

「はっ。人のこと心配せんと。人やないけど」

「お決まりのモノノケネタかい」

「あら。あたし、物の怪に昇格したん」

 手を叩いて喜ばれるとは意外だった。物の怪は幽霊よりも上位の存在なんかい。

 気になったので起き上がってタブレットで検索しようとしたら、さっと取り上げられた。

「なんや」

「ちょっ、あかんで。待ってて」

 タブちゃんは部屋の隅に行って背中を向けた。

「あたし、あんたとちゃうで。ちゃーんと新作描いてるわ」

「そうなんか?!」

 思わず大きな声が出てしまった。

「うん。そのうち見したるし。そやからな、もうな、あの人のこと追求したげんとって」

「あの人って、ぶぉーのかい」

「うん。もうええんよ。確かなことは覚えてないんやもん」

「いや、けどなあ」

「その人も、どっかから先はあたしのと被らんもん描くやろ。そしたらもう、その人の作品やん。もうええよ」

「それは……なあ。あっ」

 DM入れてと伝言された件を思い出してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る