第31話 写ってルンです

 田中三郎が持参したお節は二段重。ふたを開けた瞬間は、中央に鎮座するエビとその周りの色彩効果で豪華に見える。ところがどっこい、取り分けようとするとろくなものが無いから、さあ不思議。せめてもの救いは、高齢者の購入が前提であるからか、思ったより薄味だったことか。俺の記憶の中のお節は、やたら甘くて塩っぱかったんだが。

「そりゃあれだろ、そもそも三が日に放置してても腐らないようにって工夫だろ」

 栗きんとんと伊達巻をいち早く取った田中三郎が言う。彼の肩越しに、タブちゃんが興味深げにのぞき込んでいるとも知らずに。わざわざそっちに回らなくても、お重の中身は見えるのに。

「ビールと甘いものってどうよ?」

「大丈夫、これは後で食べる。確保しただけだ」

「俺、絶対要らねえのに」

「ではあろうけれども。そこの笹団子も食うからな」

「取らない取らない」

 朝昼兼用の適当な食事しかとっていなかった俺は、煮しめとかまぼこ……だと思ったらどうやら違う、彩鮮やかな何かを自分の皿に乗せた。おやつの時間に飲み始めるのも、正月ならではだろう。

 田中は他にも、お歳暮の箱に入っていたと思しきハムや缶詰、金箔入りの日本酒などを持って来てくれた。

「助かる。お母さんによろしくな」

「いいのいいの、余ってるんだから。ついでに言っとくと、その酒は美味く無いぞ」

「ただでもらえるものに文句は言わない」

 酒に弱い甘党の田中三郎は、買い置きの缶ビール1本で満足してしまい、湯浅さんのことをしつこく聞き始めた。最初はタブちゃんも目をらんらんと輝かせていたのだが、途中からは新喜劇に釘付けである。

「お前、どうせ見てないんだから消せよ、それ」

 田中がそう言ったものだから、タブレットを抱えようとする彼女にヒヤヒヤした。

「雰囲気なんだから、ほっといてくれ」

「なんの?」

「正月」

「正月に関西のお笑いとか、DNAに刻み込まれてるわけ?」

「そうそう」

「ま、いいや」

 実のところ、俺にもちょっと邪魔くさいんだが、タブちゃんのために我慢だ。


「えー、じゃあお前、コミケに行ったわけー?」

 湯浅さんの話に戻って、差し障りのないところを話し始めたら、田中の食い付き様は半端じゃなかった。

「じゃあじゃあ、これって気のせいじゃなかったのか?」

 ポケットからスマホを出して、ぶつぶつ言いながら何かを探している。

「これってさ、まさかお前だったりする?」

「げっ」

 眼前に突きつけられたそこには、写真があった。例の僧侶キャラに手を合わせているのは、紛れもなく俺だ。あのカメラの人が見せてくれたのとは、角度が違う。もっと顔が写っているではないか。

「お前がコミケに参加するとか思わないもんなあ。よく似たやつもいるもんだって思ったのに、まさか本人かよ」

「こっ、これ、どこで見つけたんだよ」

「なーに慌ててんの? Tubuyaiterのオススメに上がって来たんだよ。このアニメの公式、フォローしてるからだろうな。#炎空さん、ってのがあって、見てたら出てきた」

 炎空というのがキャラクター名だ。

「お前、何かグッズとか買ってきた?」

「買ってない。そのアニメ見てないし」

「えー。つまんねえの。じゃあ、湯浅さんのコスプレ写真見せて」

「あ」

 写真なんて撮ってない。

「えー、信じられなーい。絶対見て欲しくて親切にしてくれたのに」

「見たんだからいいじゃん。写真撮るにも許可もらって並んだりしてたし。ほら、売り子としての参加なんだから」

「そういうもん? でも、大切なのはこれからだし。しっかり褒めてやれよ」

「これからって、もう用事は済んだし」

「用事!」

 田中は、俺のコップをひったくり、残っていた日本酒をグイッとあおった。まあ、大した量じゃなかったんだが。

「ミキちゃん! 女子と付き合ったことがありますか!」

「無いことぐらい、知ってんだろ」

「そうだ。俺はあるがな!」

「知ってるって。長続きしないのも知ってるって」

 ほうほうと言いながら、田中の背後から抱きつくタブちゃん。こういうときだけ、しっかり聞いているんだね。

「何事も経験だよ、ミキちゃん。告白する前から諦めるな。せっかくきっかけができたんだから、当たって砕けろ」

「砕けろって言ってんじゃん」

 ご機嫌な田中に、湯浅さんはお前に興味を持ったようだぞと言うべきか言わざるべきか迷った。俺じゃないんだよなあ。それに俺も付き合いたいと思っていないんだがなあ。

「おお、そうだ。次の参加予定イベントはいつか、聞いてみろよ。それで、お前も一緒にコスプレすればいいじゃん」

「湯浅さんはコスプレイヤーじゃ無いんだって。結果としてコスプレしてるけど、それが目的というわけじゃなくてだな」

「いいじゃん、いいじゃん。これから共通の趣味にしちゃえばいいじゃん。俺も見に行くし。いい写真だよ。いい引き立て役になってる」

 引き立て役という言葉が、俺の心を打った。そうなれたのなら嬉しい。良い場面を演出できたのだから、佐々木さんも絶対旦那さんのところへ行けただろうと確信も持てた。田中の頬に頬をくっつけたタブちゃんも、親指を立てていいねスマイルを送ってくれた。

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