第30話 年の初めにいらっしゃーい

 タブちゃんに家族と本人(だと、俺が思っていた)の話は一蹴された。あとは盗作問題である。

「あたしは、動物たちとイワサブローの話しか描いてないよ。描いてたとしても記憶に無い。記憶に無いもんは、存在せんのと一緒。ノートがとか言われても、一切記憶にございません」

 タブちゃんは断言した。

「この際訊いとくけど」

「何?」

「イワサブローだけ絵柄が違うの、なんで?」

「そら、つぶれとるからに決まっとぉやろ」

「ほら、それって……タブちゃんが交通事故で、その、えーっと、車が」

「あたしの体がつぶれたんと関係あるんかって言うんやろ。知らん」

 また断言されてしまった。困っていたら「説明すんのは難しいんやけど……」と、眉間に皺を寄せて宙を睨みながら続ける。

「実体の無い体?霊体?になってからのことは、きちんと覚えてないんよ。自分の経験か、何かで見ただけか、いつのことか、そういうの。主観客観、時間軸がぐちゃぐちゃ。まあ、そうなると、付喪神説は諦めざるを得んけど」

 まだ言ってた。

「あんた、霊体に物を聞く時は、そこんとこ踏まえて聞きぃよ」

「けど、生きてた頃に覚えたこととか、自分のこと以外はしっかりしとるやろ? タブちゃんも」

「まあ、そんな感じ」

「ほんなら、佐々木さんの話も」

「五万歩譲って本物ほんまもんとして」

 また小学生っぽい発言だ。

「今のあたしには関係ない。わかる? タケちゃんにも、なんの責任も無い。行きずりの幽霊に話を聞かされただけ。ええな? そもそもあたし、こんなしてたのしいにやっとんのに、結びつける?普通」

「……いやぁ」

 結びつけることは、なんぼでもできるんやが。それは言えない。タブレットを中心にした話だからこそ信じたんだが、これ以上言えない。

「それと、盗作言うてもなあ。思い切ってTubuyaiterやってみたから、そりゃ悔しい気ぃはしたような、せんような」

「泣いたやないか」

「あー、泣いたか」

 タブちゃんは、ぺろっと舌を出した。

「もうええわ。タケちゃんが一人読者でええわ。ほれ、成仏させてどうこういうの、もう無しになったろ?」

 無しになったんだろうか。もやもやするんだが。

「それにしてもアレやねえ。タケちゃんとこ来てからのことは、割によう覚えとるもんやねえ。あんたの記憶力、吸い取っとるからかしらん?」

 タブちゃんは、俺の頭の方に向けて、ストローで吸い上げるような動きをしたが、突然目をキラリと光らせた。

「あっ! これが脳味噌チューチュー吸うたろかってことか!」

「なんじゃ、そら」

「えー、また元ネタ知らんとか言うん。つまらん子ぉや」

 両手を肩に上げて、アメリカ人っぽいジェスチャーで首を振る。

 ともかく。

 悩みに悩んだ諸問題は、タブちゃんにとっては取るに足らないものだったようだ。ちゃんちゃん。

 ……にならないのは、俺の性分だから仕方がない。言うたら、喉に刺さった魚の小骨が抜けないのだ。

 そして正月三日。田中三郎から着信があった。

『あけおめー、ことよろー』

「その挨拶、今でも使われてんの。ま、あけおめことよろ」

『早速だけどさ、暇してるよな?』

「なんだよ。してるけど」

『これから行くから』

「決定済みかよ。でも、飲み食いするもん無いぞ」

『うん。持って来てる。すぐそこまで来てる。もうすぐマンションの前』

「あ、そう」

 返事を聞かずに通話を切った。

「田中三郎が来るって。今日のところは、いたずらせんとおってほしいんやが」

「それはええけど。見たい番組があるんよ」

 タブちゃんは、タブレットを指差して無邪気なおねだりの構えだ。

「え? お笑いLIVEを流しとけってか?」

「ええやん。一緒に観たらええやん。新春初笑い新喜劇やで」

 返事をする前に、もうチャイムが鳴った。田中の顔のドアップがしっかり映っている。

「はいはい。ほんなら話かけんとってくれよ。頼むよ」

「りょうかーい」

 タブちゃんの良いお返事を背中に聞いて、玄関のドアを開いた。

「こんにちは、出前屋でーす」

 田中三郎は、大きな袋を両手に下げて営業スマイルを向けてきた。

「おう」

 ドアを押さえている間に、さっさと上がり込む田中。荷物を部屋に置きに行ってから玄関に戻ってきて、脱いだ上着をフックに掛けて、洗面所に行って手を洗う。すっかり馴染んだ一連の動きだ。

「ばあちゃんが急に入院してさあ、お節が余ったってんで大騒ぎだったんだよ」

 洗面所の田中が言う。

「えっ、正月に入院って。行かなくていいのか」

「見舞いなら行った。年末から痛い痛いって言ってたらしいんだけど、なんとあばらが折れててさ。骨粗相症になってて、くしゃみで折れたんだよ、あばら」

 ひゃあ、と珍妙な声が上がるがタブちゃんだ。無視、無視。

「一人暮らしだし要らないって毎年言ってるのに、近所に住んでるおばさんが毎年買うんだよな、お節。客が来たら出せって。そもそも飯時に来る客もいないし、来たってお節は見たくもないだろうに」

「ばあちゃんでやらないの、正月」

「俺の小さい頃は集まってたんだけどな。じいちゃんも生きてた頃。でも、なんか?相続問題が拗れたかなんかで?正月から来てくれるなって、ばあちゃんが言い張っちゃって。気が強ぇえんだわ、うちのばあちゃん」

「じゃあ、持って来たのってお節かよ。いや、待って? なんで今になって?」

「あー、冷凍だから大丈夫。31日に受け取ってから、冷凍庫にぶち込まれてたから」

「だったらそのままでいいじゃん。ばあちゃんが退院してから食べさせてあげれば」

「正月明けて、お節出して食べたいか?」

「食べたくない」

「だろ? で、お袋がお前のこと思い出してさあ。一人でかわいそうだから、持っていってあげなさいって嬉しそうに言ったんだもんよ。もちろん、ばあちゃんも了承済み。どうぞどうぞってさ。来年からはもう絶対断るって言ってたけど、また持ってくんだろうなー、おばさん」

 誰からも必要とされなかったかわいそうなお節。まあ、ありがたくいただきましょう。

 

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