第23話 憑かれた人

 白衣の人(脱いだけど)は、再び俺の背後に視線を移した。

「込み入った話なんですか? 私、もう戻らなくては。え、タブちゃんって?」

 タブちゃん!

 驚いて息を吸い込んだ拍子に唾を引っ掛けてしまい、俺は激しく咳き込んだ。

 ようやく落ち着いて白衣の人を見たとき、真っ直ぐ俺を見るその顔に、固い決意のようなものを感じて身構えてしまった。

「あなたが言うのはタブちゃんという人で合っていますね?」

 声を出せずに、黙って頷いた。

「私が仲立ちしたいのは、佐々木さんとおっしゃる方です。懸命にあなたに話しかけていらっしゃいました。サキちゃん、あなたがタブちゃんと呼ぶ方のことを」

「あの、あなたは、見える人ですか? その、霊が?」

 呼吸が、喉が、苦しい。

「見えて聞こえるけれど、それ以上のことはできないただの人です」

 彼女は寂しそうに笑った。

「ああ、無理ですよ。これは格好だけなんです。私の名前は美零じゃありませんし、霊媒ではないんです。あなたを入れてあげることもできません」

 無理からあとは俺にではなく、佐々木さんに対しての言葉のようだ。

「違いますって。嫌っ、止めてください」

 彼女が急に身をよじり、押し殺した声で止めてと連発し始めたので、情けなくも俺は後退りした。見ているものが演技なのかそうじゃないのか判断できなかったから、と言っても言い訳にしかならないけれど。

「ユウカ、何してるの! 電話にも出ないし、お芝居もほどほどにしてよ」

 そのとき後方から声がして、小柄な女性がずかずかと歩いてきた。俺のことなど眼中にないようだった。

「私たち、レイヤーとして参加してるんじゃないんだから」

 その人は、ユウカと呼ばれた白衣の人の肩をつかんで揺さぶった。

「あっ、駄目! 取られてしま、」

 彼女に向けて一瞬視線を険しくしたユウカさんだったが、いきなり言葉を切って床に倒れ込んだ。

「えっ、ユウカ? ユウカ、どうしたの?!」

 突然のことに立ちすくむ俺の面前でバタバタと事は動き、救急車を呼べという騒ぎに野次馬の数もどんどん増える。俺に構う人は誰もいなかった。

 生きた人間は、ということだが。

[ごめんなさい、。1日、いえ半日、あなたの力を貸してください]

 俺の傍でユウカさんを伏し拝む老婦人は、体が半分透けていた。

[三木さん、三木さん。このような非常手段をとったのには訳があります]

 幽霊然とした姿だなと納得する程度には、俺もおかしな状態になっていた。

[佐々木と申します。サキちゃんのことを、どうしてもお話しなければなりません]

「サキと佐々木、よくできてるなあ」

[そう、お母さまもそうおっしゃって、って、そんなところに感心している場合ではありません!]

 佐々木さんは腰に手を当てて、胸をそらしながら俺を叱った。なんだか先生みたいだ。小柄だが、とても姿勢が良いせいで大きく見える。白髪をこんもりとセットして、くすんだ藤色のスーツを着ている。

[サキちゃんに、記憶を取り戻してもらわなければ。手遅れにならないうちに。ああ、美零さん。本当にごめんなさい]

「じゃあ、とりあえず家に帰ります。そこで本人と話をしてください」

 救急隊員に運ばれてゆくユウカさんに、また何度も頭を下げていた佐々木さんは、振り返って厳しい顔になった。

[サキちゃんと話ができるくらいなら、あなたを付け回したりしていません!]

「付け回していたんですか?」

[タブレットを買った日から、ずっと]

 驚くと同時にゲンナリした。知らぬ間に白髪の老婆の霊に憑かれていたとは。老婆と言っては失礼か。老婦人にしておこうか。それにしても、どうして幽霊同士で話ができないのだろうか。タブちゃん=サキちゃんがタブレットに憑いているからか。

[ともかく、他人の耳の届かないところに行ってください。ほら、こんなところで話していたら、あなたが変な目で見られるから]

 イヤホンで通話することも多い会場内だが、佐々木さんの姿が見えてしまう今となっては不自然だと見られたくはない。急かされるままに建物を出て、コスプレゾーンを遠く眺める場所まで歩かされてしまった。

 そこで佐々木さんが切り出したのは、タブレットの最初の持ち主がサキちゃんで間違いないという話だった。

[サキちゃんがタブレットにから、私はタブレットを追いかけたのです]

 これで、タブちゃん付喪神説は完全に否定された。

「タブちゃん、えーっと、サキちゃんを成仏させるためにですか?」

[成仏ってあなた、サキちゃんは死んでいませんよ]

「え?! だって、生きた人間がタブレットに憑くことなんかできないじゃないですか! タブちゃんは、触ることだってできないんですよ。他の人間の目にも見えないんですよ!」

 むきになって大声を出した俺は、離れた場所の通行人と目が合って慌てて口をつぐんだ。

[ええ、まずは私の話を聞いていただきましょう]

 静かになった俺に向けて、佐々木さんは重々しくのたまった。


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