第22話 ドクター美零
勢いで建物内に入ってから、俺は慌ててスマホにダウンロードしてあった会場案内図を開いた。大体の位置は覚えているつもりだったが、何しろ参加者の数が半端ないから迷いそうだ。
まずは方角を決めて歩き始めたが「そこの人!」という澄んだ声に足を止めてしまった。
「そう、あなた! わたくしの手に、全てを委ねなさい」
周囲がざわついた。本物だ、本物みたいだという声がいくつも上がっている。キョロキョロと見回した俺の視線が、白衣姿の女性の視線とぴったり重なった。彼女はビシッと音がしそうな手つきで、俺を真っ直ぐ指差した。
「ほら、行きなさいよ」
すぐそばにいた年嵩の女性が、俺の肩をトンっと叩いた。
「ドクターが呼んでる」
オロオロしていると、他の人々も口々にそうだ、行けと言い始めた。言葉に押されるように向かうと、白衣の女性が長机に両手をついて立ち上がった。
「大丈夫、わたくしがあなたの命を救ってみせる」
おおーっとどよめきが上がった。
彼女は机のこちら側に出てきて、俺の肩に手を掛けた。
「さあ、行きましょう。わたくしのオペ室へ」
周囲から拍手が沸き起こる。なんのことやら、さっぱりわからない。
彼女は俺の両肩を抱くようにして、耳元で「そのままで。聞いて欲しいことがある」と囁いた。そして、動揺のおさまらない俺を押しやって3列ほど離れた通路へといざなった。しばらくはキャラらしく振る舞っていたが、追っかけがいないのを確かめると、白衣を脱いでくるくる丸めた。胸元の大きく開いたTシャツなので寒そうだが、白衣だと視線を集めるからだろう。
「あなた、『霊媒ドクター
「知りません。ごめんなさい」
「謝ることないです。全てのアニメを追いかけるのは難しいもの」
彼女はそのまま会場の端に進み、壁際の狭い空きスペースに立った。やむなく向かい合って立つ。
「声をかけた時はドクター美零を演じていたけど、これから言うことは演技じゃありません。でも、信じてもらうことは難しいかもしれません」
「はあ」
目線が同じ高さなのでまともに顔を見てしまい、濃い化粧に驚いた。だが、それどころではない。
「今日、私の前を何度も通りましたよね」
「そう、ですか? 道に迷ったから、わからないです」
言い方がおかしかったのは自分でもわかったから、彼女がふふっと笑っても悪い気はしなかった。
「何度も見たから、黙っていられなくなって。伝えたいことがあるんですよね?」
彼女は俺から視線を外し、そのまま背後にぴたりと合わせた。慌てて振り返ったが、こちらを向いている人はいない。彼女はそのまま空間に向けて話を続けた。
「ええ、そうです……。えっ、盗作?」
相手の話を聞くかのような頷きの後、彼女が発した〈盗作〉という言葉に全身が震えた。この人は、タブちゃんが盗作をしたと言っているのか? いや、タブレットの持ち主の人間は俺だ。俺が盗作をしたと言っているのか? そんなことはありえないのに、偶然の一致で支離滅裂な想像をしてしまった。
一人でオロオロしている俺に視線を戻し、彼女は困り顔で首を傾げた。
「あの、最初に断っておきますが、断じて騙そうというつもりはありません。ドッキリでもないし、お金も絡みません。言えばいうほど怪しいかもしれませんが」
「はあ」
返事のしようがなくて、俺も困った。
「あなたにどうしても伝えたいことがあって、仲立ちしてくれる人を探していたらしくて……その……生きた人間のことじゃないんですけど」
「あ。でも、その人とは話ができていますよ」
「え?」
「え?」
二人して首を傾げて顔を見合わせた。
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