第19話 彼にキラキラ?

 田中三郎は、明日までの限定メニューである〈スノーマンのひみつ〉を選んだ。ドリンクバーは無し。いいぞ。

 店員の呼び出しベルを押したらやって来たのが湯浅さんじゃなくて、本当に良かった。俺もドリンクバーは無しで、ミートボールスパゲッティを頼んだ。ミニサラダ付きだ。

「こんな時間にそんなもの食うのかよ」

「家に帰っても、飯は用意されてないんだよ」

「チキンは買って帰らないわけ?」

「むしろ、チキンを食うのが当たり前なことに驚く」

「そうだけど」

「お前こそ、俺に会わなくても、それ注文した?」

 すでに注文したというのに、何度も眺めているメニュー写真を指差すと、田中はうーんと首を傾げた。

「ずっと気になってたからなあ。頼んだだろうな。何、性差別?」

「そんなんじゃない。まあ、注文者差別だったかも。失敬!」

 田中は怪訝そうな顔をしたが、俺のスパゲッティよりも遅く運ばれてきたスイーツを見たら、俺の疑問もやむを得ないと思った。大きめの皿の中央に鎮座する雪だるまは、生クリームをまとっている。写真とはかなり違って、表面はでこぼこしているが、そりゃ作るのも大変だったろう。バケツの帽子代わりにイチゴを乗せ、手としてプリッツが刺さっている。チョコペンで描かれた目鼻と口が歪んでいるのはご愛嬌だ。周囲にはカットフルーツが配置され、カスタードっぽいクリームと粉砂糖が模様になっている。

「ふむ」

 一つ頷いた田中三郎はスマホで写真を撮り、それからスプーンとフォークで頭を挟んで胴体の横に下ろした。それからざっくりと頭を二つ割りだ。

「ぎやあああ」

 俺は小声で悲鳴を発してやった。真ん中から赤いソースがとろりと流れ出たからである。どういう趣味だよ。

「一刀両断」

 田中は淡々と応じた。

 説明書きによると、ピスタチオムースとストロベリームースが層になっていて、流れ出たのはフランボワーズソースだそうだ。技術的なことはわからないが、丸くするのは大変だろうに。胴体の中身はまた違っていて、底にスポンジケーキを敷いてその上にマロングラッセが丸々一粒。マロンペーストとチョコレートムースが層になっているとな。

「旨いの?」

「まあ、手の込んだ味だな。家のは多分チーズケーキだから、バランスが良いだろう」

「バランスねえ」

 俺がスパゲッティの最後の一本を食べ終えても、田中の雪だるまの成れの果ては皿に残っていた。まだ1時間は経っていないが、どうやって先に帰らせようかと考えると気が急く。

 更に気になるのが、俺たちのテーブルの近くを通ったときの湯浅さんの目だ。俺に連れが出現して驚いたのは良いとして、それ以降やたらこちらを見てくる。興味津々な顔をしている。がっかりして欲しかったわけではないが、断じてそんなことはないが、店員としてその表情は控えてもらいたかった。田中三郎と一緒にいると、よくあることだけれど。確かに見た目が良い上に、俺といることで何割かアップになるからだ。

 内心のもやもやを押し隠して、俺はバッグからノートを取り出した。

「何、お前ここで勉強始める気?」

 目を剥く田中。そうだ、驚け。

「今日中に済ませるべき課題がある。暖房の節約のため、今からここでやる」

「クリスマスイブだぞ」

「関係ない」

「まあ、お前には関係ないだろうが」

 田中は残っていたキウイをフォークで突き刺して、俺の顔の前に差し出した。

「寂しいお前にやる。食え」

「嫌いだろうが、キウイ」

 それでも、パクリと食ってやった。

「ということで、家族の待つあたたかい家に帰りたまえ田中三郎くん」

「あっそ。そもそも偶然だし帰りますよ。だけど」

 もったいぶった声に顔を上げると、奴は腕組みをしてにやにやしていた。

「バレバレだよ、ミキちゃん」

「え?」

「あの子狙いだろ? めちゃめちゃ見てるじゃん」

 こっそりと指差すのは、紛れもなく湯浅さんだ。ぎくりとした俺の顔を見て、田中は大きく頷いた。

「ファミレスのバイト狙いとか、思いもしなかったぜ。ま、居座るのもほどほどにしろよな」

「ちょっ」

 否定しようと思ったが、田中に居座られても俺が困る。続く言葉を飲み込んだ。

「じゃあ、俺の分は置いて行くから」

 千円札を取り出した彼に、止めろと手のひらをむけてやる。

「この前のケーキの分、返す」

「おお、そうだった。じゃあ、そういうことで」

 帰って行く田中の背中は、なんだか楽しそうに揺れていた。後日報告を求められるやつだ、これ。どんな話をでっちあげようかとゲンナリした。


 来店してから1時間半ほど経って、私服に着替えた湯浅さんが現れた。田中が帰ってから追加注文したドリンクバーのカップを見て「このまま、この店でいい?」と確認してから、向かいの席に座る。

「ねえねえ、さっきの彼、誰? 見たことないんだけど」

 ワクワクを隠さない湯浅さんの態度は、むしろ清々しい。

「偶然会った。うちじゃなくてS医大」

「わあー。あの顔で賢いとか! で、カノジョっている?」

 そら来た。

「今はいないはず」

「やっぱりぃ」

 やっぱりって何?

「仲良いの? いつからおトモダチ?」

「高校からの付き合いだけど」

「付き合いぃ」

 何故か俯いて低い声を出した湯浅さんは、密かにガッツポーズをしたようだが、気のせいだろうか。

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