第17話 疑惑を抱くもの

 泣きに泣いて泣いたタブちゃんは、Tubuyaiterのアカウントを削除した。そのまま主電源を切りそうな勢いだったので、俺はタブレットを取り上げた。


「調べよう。〈ぶぉーの〉が何者なにもんで、どうしてその絵を描いたんか」

「もう、どうでもええわ」

「ええことあるかい、ダボ!」

 思わず怒鳴ると、タブちゃんがキョトンとした顔を向けてきた。

なんて?」

「あー。聞いたこと無い?」

「無いけど」

「要するに、どアホっちゅうたんや」

「はあ、そうか。タケちゃんと話したら力抜けるな。あたしにも、入れれる力があるんやな」

 タブちゃんは、はあーと大きなため息をついた。

「願いがかのうたら成仏するらしいけど、やる気がうなっても消えそやわ。成仏と消滅の違いってどこにあるん?」

「すまん。死んでみんとわからん」

「それもそぉやな」

 タブちゃんは床の上にゴロンと横になった。天井を向いているので、顔が見えるとなんだかホッとする。消えられては困るので話しかける。

「なあ」

「何よ」

「タブレットの持ち主はなんべんも替わったやろ」

「そうや」

「たびたび初期化されて、せっかく描いたんも消されて」

「うん。けど、いっぺん描いたんは忘れんよ。そのまんま、また描くんや」

「つまり、初期化されてもタブちゃんには残っとる、と?」

 何かが頭の中に引っ掛かった。

「初期化で消せるんなら事故物件は存在せん言うたろ?」

「自分のこと覚えてないのに? どこの誰とか名前とか」

「自分に関係ないことは覚えとぉやん。な? イワサブローもその中や」

「関係ないことなあ」

「新喜劇のギャグは忘れてないやろ、あたし」

「ごめん。俺、見たことないから、わからんわ」

「なんやてぇー?!」

 タブちゃんは、ようやくいつものように反応した。そして「これは?」「これは?」とギャグを繰り出しては知らない俺にズッコケて、次第に元気を取り戻していった。新喜劇は偉大である。

 それでも、新作を描く気にはならないらしく、タブレットにも触らない。隅っこで体育座りをしてボーッとしているのを見ると、地縛霊の如しである。あまりにも気になるので、断りを入れた上で主電源を切らせてもらった。電源が入ってさえいなければ、本人(本霊?)も悩まなくていいはずだ。


 だが翌日、出かける前に電源は入れた。

「おはよう」

「おはよう。行ってらっしゃい」

 タブちゃんは挨拶をしてくれた。だが、こちらの気持ちの持ちようだろうか、いつもより元気がないように聞こえた。幽霊や付喪神に元気があるとするならば、だ。


 大学構内は、いつもよりも学生の姿が少ない。それなのに妙にざわめいた感じというか、落ち着かない雰囲気だ。今日は金曜日。明日から冬期休暇だからかと思いつつ、昼食をとろうと学食に行ったとたん、その理由に気がついた。今日はクリスマスイブだ。12月に入ってすぐから置かれたしょぼいクリスマスツリーは見慣れすぎたが、本日限定とアピールされたフライドチキン定食のおかげだった。

 ケーキとチキン、赤と緑のリボンを飾ったプレゼントの箱、そしてタブちゃん。俺は、頭に浮かんだ情景を追い払おうとした。食べられない、触れない。そもそも彼女には、クリスマスなんて関係ないだろう。いや、キリスト教徒だとしたら関係あるのだろうか。教会に連れて行ったら喜ぶだろうか。


 今日、タブちゃんはイワサブローの絵を描いただろうか。


 背後から聞こえた咳払いで我に返った俺は、何の変哲もないカレーライスを注文した。一人で黙々と食べていると、背後を通り過ぎた学生たちの会話から「コミケ」という言葉が耳に飛び込んできた。


 コミケ → もりもり山の新刊 → ぶぉーの → 湯浅さん → 俺 → 行動


 脳裏に示された矢印が俺を促した。けれど、コミケには膨大な人数の参加者がいると聞く。一度も行ったことのない俺に、ぶぉーののサークルの場所が見つけ出せるだろうか。不本意ではあるが、とりあえずスマホのブラウザからぶぉーののTubuyaiterを開いた。〈1日目 サークル名『ウィッチーズ』東お-14cにてお待ちしています〉が固定されている。見たことのあるキャラのイラストを見ようとスクロールした俺の目に、その下の最新ツブヤキが飛び込んできた。

〈もりもり山のトレース盗作発見のご報告をいただきました。当人はアカウントごと削除済みだそうですが。左が私、右がトレースされたものです。今後このようなことがないよう祈るのみです。〉

 スマホに触れた指がすうっと冷たくなる。ウサギとイノシシが耕作放棄地のサツマイモを掘りに行く話だ。勢いよく掘り返すイノシシに土をかけられて、団子のようになってしまうウサギ。タブちゃんの描いたものは、雪玉のようにゴロゴロ転がって大きな『ウサギ玉』になったウサギが、イワサブローの家を壊しかける場面へと続くのだが、その前だ。2枚は絵柄も構図もそっくり同じだった。

 続いてもう一つ、アカウントのスクショを貼ったツブヤキ。一瞬見ただけだったが、確かにタブちゃんのものだ。〈タヌキと仲間たちのお絵描きをしています〉という短い自己紹介文。名前はtabunosei、背景は紅葉の木、アイコンはどこかのタヌキの写真。

〈これが削除済みのアカウントです。最近作られて、すぐに削除されたようなので、何回もアカウントを替えているのかもしれません。〉

 俺はカレーライスを食べることも忘れて、スマホの画面を凝視していた。

 イワサブローの絵柄だけ系統が違うのは何故なのか。後から付け足したからではないのか。タブちゃんのことを信じたいと思いながらも、疑いは拭えなかった。

 

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