第15話 まさかの動物たち
ファミレスの席で向かい合ってから彼女が注文を決めるまで、そこそこ時間がかかった。こんなことなら水くらい持ってきておくんだったと思ったが、今更だろう。
「イチゴフェアが始まってるけど、迷うよねー。この時期に太るわけにはいかないしぃ。でも人気だし、ずっと食べたいなあって思ってたから、うーん」
タブちゃんも、こんな風に迷ったのだろうか。どんなものが好物だったんだろうか。ふと浮かんだ思いを払い除ける。
「三木君、決まった?」
「うん」
「じゃあ、イチゴのトライフルにしようっと。それとドリンクバーね」
げえ。ドリンクバーを頼むと長居してしまうではないか。だが、同行者が頼んで自分は頼まないという選択肢は無い。これは俺が知る数少ない処世術の一つだ。
彼女は、俺に「いい?」と確かめてから呼び出しボタンを押した。さっきの中年女性が「お決まりですかー」とにこやかにやって来た。
「イチゴのトライフルとドリンクバーのセット」
「スモークチキンサラダと、ドリンクバー」
「えー、サラダなの? もっと食べればいいのに」
「いや、これで。野菜不足なんで」
「お客様、ご一緒にバゲットなどはいかがでしょうか?」
俺たちのやり取りを見て、中年女性がすかさず勧めてきた。
「そうだよ。食べれば?」
バゲットを追加すると、彼女の注文額を超えてしまう。
「いや、いいです」
「そう? じゃあ、以上で」
「かしこまりました。ドリンクバーのグラスはあちらにございます」
レディーファーストの掟を守って先に行ってもらうと、これからスイーツを食べるというのにメロンソーダを持ってきた。ツッコみたい。もちろん黙っているが。
交替した俺は、ティーバッグの種類を確認しながら時間を潰し、期間限定のストロベリーティーを選んでゆっくりとテーブルに戻った。それでも注文品はまだだった。
そうやって改めて向かい合ってみると、俺には提供するべき話題がない。あちらに全面的に任せるしかないだろう。
「三木君って、コミケ行ったこと無い人?」
そうなると思った。
「無い」
「存在は知ってるよね?」
「うん」
「興味無い?」
「有る。けど、人混み無理」
「あー、そうだよね。初めて行ったとき、覚悟してたのにすごかったもん。経験者と一緒じゃなかったら遭難してた」
危うく『そうなん』と言いそうになってしまった。口が重くて助かった。
「それで私も考えたんだ。コスウリコなら、描けなくてもサークル通行証が手に入るって。入れてくれるとこ探しまくったよー」
「それ、もしかして、コスプレした売り子ってこと?」
「そうそう」
ようやく話が見えた。
「へえ。どんなキャラやるの?」
「えっ、見たい? いやー、恥ずかしいな。でも、うーん、ちょっとだけ、ね?」
もじもじしながらも、スマホから夏らしき写真を見せてくれた。魔女っぽいコスプレをした彼女が、サークルの看板横でポーズしている一枚。知らないキャラクターだというのも有るけれど、衣装のサイズが体に合っていないように見えて、ハロウィン用の量産品にも見えてしまう。失礼だな、俺の目は。本人は絶対気に入っているのに、この写真。
「これが湯浅さん? 別人かと思った」
緊張しながらも名前を呼んでみたら、嬉しそうに頷いてくれた。良かった、間違ってなかった。
「今回もこのサークルでできることになって、新しい衣装作り頑張ったんだー。別キャラ主人公で新刊出すから当たり前よね。それとね、サークルの人が趣味で描いてる完全オリジナルも別で出すよ。これなんだけど」
二次創作だって趣味だろうよと思いつつ、差し出されたスマホの画面を見た俺は、首から上の血が一気に下がったような感覚に陥った。
嘘だろ。タブちゃんの動物たちだ。
「可愛いでしょ」
「こっ、これ」
喉がカラカラになって、言葉がうまく出てこない。冷めた紅茶を一口飲んで、落ち着けと自分に言い聞かせる。
「これ描いてる人って、友だち?」
「えー。私なんかが友だちって言ったら失礼な人なんだよね。Tubuyaiterでフォロワーさんもいっぱいいるし。憧れの人っていうか」
「何て人?」
「あれっ、意外ー。三木君って、こういうの好きなんだ」
湯浅さんは俺の表情の変化に気が付かず、スマホでその作者のアカウントを開いて見せてくれた。
それは〈ぶぉーの〉という名前で登録されていた。固定された自己紹介に〈『もりもり山の仲間たち』の新刊出します〉とある。『もりもり山の仲間たち』が、動物たちの漫画の題名で間違いない。
「新刊って言ってもTubuyaiterのまとめだから。気に入ったらフォローしてあげてね。でも意外。あっ、可愛いもの好きなのは悪くないよね」
「た、タヌキが好きなんだ」
俺は力を振り絞って言った。
「え?」
「タヌキ、可愛いよな」
「でもこれ、タヌキ出てこないけど?」
「は?」
心底不思議そうな顔をした湯浅さんを見ながら、俺の耳からは周りの音がすうっと引いていった。
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