第11話 幽霊と付喪神
「タケちゃん、なあ、タケちゃん」
背中を揺すられた実感はないが、そうされたような気がして、俺は勢いよく顔を上げた。
田中三郎は、俺のことを三木と呼ぶ。ふざけたときはミキちゃんだ。小学校くらいまではタケちゃんと呼ばれていたが、今もそう呼ぶことがあるのは母親くらいだ。面はゆいが、タブちゃんに嫌だと言いたくはなかった。
「なあ、何で落ち込んでるん。セクハラ引きずってんの?」
女の子が投下したネタを受けもせず諌めてしまって自己嫌悪に陥ってましたとは、もっと言いたくなかった。俺はテーブルに頭を乗せたまま横のタブちゃんを見た。
「それは水に流してくれるんやな?」
「はなから冗談やったって。繊細やな」
「繊細なんや、ボク」
「僕って柄かいな。気色悪う」
「ひどいっ。人間ハラスメントや」
「ニンハラー? それはちょっと、アレやろ。強いて言うなら」
「強いて言うなら?」
「生者ハラスメント。セイハラでどないや、にいちゃん!」
「しょーもなぁ」
実にしょうもないやりとりができたおかげで、自分的にダメダメだったさっきのやりとりは無かったことにしようと思えた。
「まあ、それは置いといて」
座り直して架空の箱をどかす仕草をしたら、タブちゃんも同じことをした。
「どうする。Tubuyaiterやる?」
「うん。しょうもない、死ね、言われても、もう死んどるからな! 怖いもん無いわ」
「そういう画風ちゃうやん。死ねは言われんって。て言うか、幽霊の自虐ネタ止めてぇや」
「生者には受け入れ難いって? あ! そのことやねんけど」
「自虐ネタのこと?」
「
「うん」
「さっき、ペンのこと初めて気ぃ付いて。あたしが持ってんの、これだけやんか」
「服も着とるけどな」
「そこは生者に対する配慮っちゅうことで! ともかくな! 人間っぽい感情と思考能力持ってて、タッチペン持ってる、それは何でしょう?」
「は? タブちゃんのことやろ?」
「そうやないって。ヒント! あたしの服の色!」
「何の話やさっぱりわからん」
「もーお!」
タブちゃんは手足をばたつかせたが、俺は本当に何のことやらわからずにぽかんとしていた。
「もー、しゃーないなあ! 答え! 付喪神っ!」
「は?」
ドヤ顔で胸に手を当てて言ったタブちゃんだったが、俺はまだわからなかった。
「アホ、ボケェ! あたしや、あたし。あたしはタブレットの
「……はあ」
俺のため息は予想外だったようで、タブちゃんはずいっと身を乗り出した。
「付喪神はTubuyaiter禁止かな?」
「知らんがな」
「なんや反応鈍いなあ」
「いやいやいや。付喪神て。あれやろ、道具が百年経って化けるやつ」
「うん!」
「どこに百年前からのタブレットがあるねん。これ、一っこ前の機種やで」
「それや!」
「どれや」
「このタブレット、次から次へと持ち主が代わったやん。あたしはその人らぁの生気を吸い取って、めっちゃ超特急で付喪神になったっちゅうことで、どない?」
「あー、そうか。タブちゃんは、俺の生気も吸い取ってんのか。妖怪か」
「そうそう。ちゅーちゅー、ちゅーちゅー。って誰が妖怪やねん! あたしやがな」
ストローで何かを吸い上げる真似だろう。突き出した唇がどことなくセクシー、とか言うてる場合か。
「無いわ。付喪神は有り得んわ」
「そうかな? 元人間やったら、一つくらい覚えとってもええと思うけど、空っぽなんやで。付喪神はええ線やと思うたのになあ。けどまあ、幽霊でも付喪神でもええか」
「ええことない!」
急に面倒臭そうになったタブちゃんに向かって、俺は大きな声を出してしまった。
「なんでー?」
彼女はびっくりした猫みたいな顔をした。
「幽霊やったら成仏さしたりたいし、付喪神なら真反対や。大事にせんと」
「幽霊やったら成仏させたいて、あたしに消えて欲しいん?」
「そんなことない!」
慌てて言ったが、顔が熱い。
「タブちゃんの漫画読みたいし、喋るんも楽しい」
「あたしも楽しい! ユーレーセーが楽しいとかヘンなんかな?」
「ユーレーセー。あっ、説明せんでええ! 人生やのうて幽霊生、理解したっ!」
俺は、口を開きかけたタブちゃんを制止して早口で言った。
「そうは言うても、人間は幽霊になったらいかんと思うんや。天国でも極楽でも、大切な人と再会するとか、せないかんことはあるやろ。この世に残るとか、あるべき姿やないと思うわ」
「そうなん? あたし、そんなん考えてないし」
タブちゃんは天井を見上げて首を傾げた。
「けど、Tubuyaiterで注目されて、どっかから声が掛かって、プロになったら……漫画でお金が稼げたら、な?」
「うん?」
「元人間の幽霊さんなら成仏するし、付喪神ならレベルアップするわ、きっと」
「おう」
これには俺も激しく同意した。
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