第7話 カノジョと田中三郎
「お前……相当サニーに話しかけてるだろ。さっきも独り言言ってたし、電脳カノジョにハマるとかやべぇよ」
「いやあ、買ったばかりで面白くて、つい」
「学校でも話し相手がいないんだろうけど、サニーは止めとけ」
田中三郎は遠慮がない。俺たちはそういう付き合いだから平気だ。
「珍しいから遊んでただけだって」
「まあ、お前の自由だけどな。考えようによっては、SNSの方がやばいし」
「人間とやり取りするのは面倒臭いから」
ポロッとそう言ったとき、タブちゃんが大きくバンザイした両腕を動かしながら『あたしは元人間。今は人間やないよー。あたしとは盛り上がれるやんなあ!』と叫んだ。
驚いて叫びそうになった自分の口を慌てて押さえたら、田中三郎が気色悪そうな顔つきでこっちを見た。どうやらタブちゃんの声は聞こえないようだ。
「何ビクついてるわけ」
「んっんー。こういうセリフ読んだなーって。自分で言うとは思わなかった」
「いや、お前って実際、人間とのやり取りめっちゃ面倒臭がってるじゃん、いつも」
「そっか。そうだな。触らぬ神に祟りなしってな」
「人間はまだ祟らねえよ」
「あー、そうね」
俺は軽くかわして、キッチンに立つ。電気ケトルをセットしてから、二つしかないマグカップとフォークとスプーンを一本ずつ持っていった。
「小さい皿いる?」
「出さなくていいよ。箱広げりゃ良いだろ」
田中三郎は、ケーキの紙箱の端を破って平らに広げた。
「こっちが洋梨のムースで、こっちが安納芋と栗のムースな。正式な名前は興味ないだろ」
スマホで写真を撮ってから、手にしたフォークで容赦なく半分ずつにしてしまう田中。食べることは好きだが食の細い彼とは、半分ずつ交換するのがいつものことだ。
インスタントコーヒーのスティックとケトルを取りに立って戻ったら、田中の胸からタブちゃんの頭が目元まで突き出ていて、危うく叫びそうになった。
ちらっとこっちを見てから頭を引いたタブちゃん。目元しか見えなくても、面白がっているのがしっかり伝わってきた。
田中三郎の方はどうかというと、全く感じていないようだ。なのに、タブちゃんがケーキを食べ始めた彼を凝視していると、彼女の居る方へチラチラと視線を走らせているではないか。
「どうした? 落ち着かないみたいだけど」
「うーん、見られてるような気がして。ほら、女子がよくやるんだよ。一口欲しいなあって視線を寄越すの」
「分けてやるわけ?!」
「いやあ、そのつもりはなくてもさ、勝手に食うやつもいるし」
「嘘っ」
驚愕である。
「え、お前青ざめてね? 俺そんな特別な話した?」
「いや……俺の問題」
そう。俺は田中三郎と食べ物を交換するのは平気なのである。もちろん両親とも。けれど、そこまで親しくない人間とそういうことはしたくないのだ。親戚のおじさんであっても嫌なのだ。ああ、おじさんが残していた馬刺し。生まれて初めて食べた馬刺しは美味しかった。自分の分はぺろっと完食した。「これも食えや」と皿を差し出されたけれど、腹一杯なのでと断った。あれ以来馬刺しを食べる機会がないので、忘れられない出来事である。
思い出してため息をついた俺の視界の端に、ひらひらと動くものがある。顔を上げると、いつの間にか田中の横に移動したタブちゃんの手だ。俺に向けて挨拶するように振っている。俺が見ていることを確かめると、彼女は田中の背中から腹に突き抜けるように手を出した。出した手をまた振る。それからは好き放題だ。田中の頭から両手を出してトナカイの角みたいにしたり、胸にぴったりはまって変顔をするのは止めていただきたかった。
「お前、吐き気でもすんの? 顔が変だぞ」
懸命に笑いを堪えていると、田中が真面目な顔で言った。
「俺の顔はいつも変なの」
「否定はしない。でも、いつもと違う」
彼は疑いを込めた目で俺を見た。
「独り言もだし、挙動不審で落ち着きがない。サニーに浮かれるんじゃねえぞ」
「またそれかよ。大丈夫だって。思い込みの激しいやつだな」
「洗面所に2本目の歯ブラシは無かったし、見慣れないキュートな小物も転がってない。女の影が無いことは今日わかった。いるとしたらサニーだけだと思ったが」
「止めろよお」
「実は告白されたとか言わないよな?」
「サニーに?」
「バカ。三次元の女にだよ」
「へ?」
なぜいきなりそんな話になるのか分からず、俺は相当な間抜け面を晒したようだ。
「あー、無いな。前言撤回」
「ちょっと待て。話が見えない」
「さっき言ったろ? 見られてる気がしたって。ちょいちょいするんだよなあ、今夜は」
「おいおいおい、止めてくれよ、ホラーかよ!」
『あたしや、あたし。なかなか繊細やないの、田中三郎!』
「止めっ! うー、この部屋で一人で寝るこっちの身にもなってみろ」
人知れず乱入してくるタブちゃんをたしなめてから、田中に訴えかける。
「そんなさあ、人ん
「おう、悪かった。お前にフラれた女の恨みかと思った俺がバカだった。心当たりが無いんなら気にするな」
「酷えやつだな。まあ、ケーキ奢ってくれたからチャラだけど」
「ん? ああ、うまかった。よし、帰って晩飯と格闘するわ」
絶対に食べたくなくなっている田中は、一連の発言を詫びて帰っていった。
奴の足音が確実に遠ざかって行くのを確認してから、俺は玄関のドアに向かって仁王立ちしたまま言った。
「視線は感じるんやな。声も聞こえん、姿も見えんのに」
「今までも
「あるかいや!」
全力で否定して振り返った俺の目の前で、タブちゃんはてへっ!のポーズをとったのだった。
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