第4話 カノジョの存在
タブレット購入初日は結局、アカウントの作成と設定で終了してしまった。実のところ、アカウントもどうでも良くなっていたのだが、タブちゃんに急かされたのだ。
「これが三木健人の持ち物であるって、ちゃんと宣言して欲しいんよ」
「そうなん? 俺、ご主人様設定?」
「なんでやねん! けど、うーん、何て言うたらええかなぁ。大家さん?になってほしいかなぁ。あたしがここに
「大家は親同然やぞ」
「え、なんて?」
「大家は親も同然、店子は子も同然って昔の言葉があってな」
「うん。けど解釈
ドヤ顔の俺に、タブちゃんはにこやかにダメ出しをした。
「江戸時代の大家さんと店子の関係について、語ろうか? 大家さんがどんだけ大変で、だからこそ、その言葉が生まれたっちゅう背景をやな」
「うん、結構です。ごめんなさい」
俺はさっさと降参してアカウント作成などを済ませ、後回しになっていた食器洗いをし、寝る支度をすることにした。すでに部屋着兼パジャマに着替え済みだったから、テーブルを畳んで布団を敷けば良いのだが、そこに乗っているタブレットをどうすべきか迷った。
そもそも、布団に持ち込んで使いたくて買ったタブレットである。設定をしているときは、タブちゃんがあれこれ反応することはなかった。画面に触ったからといって彼女に触ったことにはならないようだし(当たり前か)、見ないでも内容がわかるということもないらしい。それでも、こっちが寝ている顔を見られるかもしれないと思ったら、もう落ち着かない。
「何、難しい顔して」
「寝るときに電源切ってもええんか?」
「はぁ? そんなん当たり前やん。寝ながら操作するもんでもあるまいし」
タブちゃんは、心底不思議そうに小首を傾げた。
「うん、まあ、そぉやけどな。えーと、24時間フル活動すんの?」
「フル活動て」
呆れたように笑う彼女に、何をどう説明したものか大いに迷った。
「えーっとやな、タブレットの電源が入っとったら、意識のスイッチが入る、そんな感じやろ? ほんで基本、どんなことしとるん?」
「えー?」
タブちゃんはなぜだかもじもじした。うつむいたその表情が、俺の心に何らかの信号を送った。恥じらう妙齢の女性。いや、死んだら年齢は不問か。年齢が無いなら無いで、見た目が全てではないか。
頭の中がとっ散らかって収拾がつかなくなった俺は「あー眠いわ。ほんなら、また!」と口走って電源を切ったのだった。
翌朝、切れ切れの夢を見過ぎて熟睡感ゼロの俺は、時間ギリギリに家を飛び出した。タブレットはWi-Fiモデルなので、電源も入れずに勉強用の机に置いたままだ。
登校はしたものの、タブちゃんのことが気になりすぎて一日中上の空だった。帰宅してみたら全てが無かったことになっているかもしれない。電源を入れても何も起きないかもしれない。それはそれで良いじゃないか。当初の目的通り、電子書籍と動画のアプリをインストールして、布団の中でぬくぬくと楽しむ、それだけだ。
でも、昨夜は女性と一つ屋根の下にいたのだ。まるで疑似同棲? ひゃあ! 女子と話すと一方的にやり込められてきた俺としては、しては、しては……、もう!
帰りたいような帰りたく無いような気分だった。用もないのに本屋やスーパーに寄ったりした俺は、いつもより遅く帰宅した。いつものようにシャワーを浴びてから、買ってきた麻婆茄子丼を温めてさっさと食べた。意識しないようにすればするほど、タブレットの存在が気になる。それでも触りもせずに、だ。
まだ食べているうちに、無料通話アプリに田中三郎から着信があった。
『タブレット、どんな具合? アプリ入れたか?』
そら来た、という問いかけだ。
「あ、ああ。うん。昨日はありがとな。動画見てたら思ったより時間経ってて、ははっ」
『気をつけろよ。あっという間に年取るぞ』
「お前に言われたくねー」
『大丈夫、最近はそんな時間無くなってな。それにこの前、電車で動画見てたら変な声出して笑っちまってさ』
「あー、わかる。何の動画?」
そんな話をしながらも、俺の視線はついついタブレットの乗った机の方に向いていた。床に座った状態ではそれは目に入らない。でも、そこにあることは知っている、そういう状態。俺じゃなくても、意識するなという方が難しいだろう。だからだろうか、ひとしきり話したところで田中は言った。
『なあ、三木』
「ん?」
『そこに誰かいる?』
「えっ、なんで?! そんなこと有り得ねえだろ!」
実際に誰もいないのに、動揺した自分が腹立たしかった。
『有り得ねえ。だからこそ疑ってる。隠すってことは』
「いやいやいや隠してないって!」
うわずった声にならないように、落ち着け落ち着けと胸をさする。
「ほら、見ろよ」
ビデオ通話にして、俺は狭い部屋から玄関、風呂場やトイレまで歩き回って映した。
『先回りして隠れるとか、まあ、無理だろうな』
「だろ?」
『じゃ、近いうちに遊びに行くわ。飲もうぜ』
「おー、いつでも来いよ。抜き打ちでも構わねえから」
そう言って通話を終了したら、どっと冷や汗が出た。これは昨夜のことが夢か否か、確かめなければいけないと決意した。
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