第3話 戦士の目覚め

 実戦予定日まであと三日となった時に俺は重要な事に気がついた。ソレは使う武器が無いという事だ。


 傭兵団では『自分の武器は自分で管理する。ソレは調達もだ』というのが基本であり、俺が使う武器が自動的に用意されるという事はない。訓練で使っている武器は全部刃こぼれして使えなくなり潰す予定の物を借りているだけだ。


「参ったな……とりあえず、鍛冶爺さんのところに行ってみるか」


 総勢200人の大規模な傭兵団という事もあって、鍛冶を担当する者も居る。その一人がドワーフの爺さんだ。通称は鍛冶爺であり、本名は親父以外知らないらしい。ちなみに、この世界には亜人と呼ばれる種族が存在しておりこの傭兵団にも多数在籍している。ここら辺は完全に異世界って感じ。


 並ぶテントを横目に目的のテントへと辿り着くと、中からは槌を振るう音が聞こえて来た。


「鍛冶爺、ちょっといいかなー!」


 槌の音に負けないような大声で叫ぶと、音が止まって奥から一人のドワーフが現れた。


「坊ちゃんじゃねぇか。今日はどうしたんだ? 潰す予定の武器なら勝手に持って行っていいぞ」


「今日の用事はソレじゃないんだよね。実は、戦士の洗礼を受けるための武器が必要でさ……何かいいのが無いかを聞きに来たんだ」


「その若さで戦士の洗礼を受けるのか? だが、そうなるとまともな武器が必要だな……」


 鍛冶爺は少しだけ悩んで奥に引っ込み、その手に一振りのショートソードを持って帰って来た。


「今あるのはコレくらいだな。数打ち物だからそこまでいいものじゃねぇが」


「ちょっと見させてもらうね」


 ショートソードを手に持って鞘から抜いてみる。なるほど、可もなく不可もない感じだ。そこら辺の鈍よりはマシだが、実戦で使うには少しばかり不安が残る。


 だが、時間もないために今から用意するのは難しい。


「ありがとう。とりあえず、コレでやってみるよ」


「時間がありゃいい物を用意してやれたんだがな……まぁ、武器は使い手次第だ。坊ちゃんが“本当の戦士”なら武器なんてどれも変わらんさ」


「そうだね。俺も本当の戦士でありたいと思ってるよ」


 鍛冶爺にお礼を言ってショートソードを左腰に差してテントを出る。この世界に転生してから様々な武器の使い方を学んではいるが、まだ9歳という事もあって身長が低い。そのため、ショートソードでも結構長いくらいだ。


「この武器にも慣れておかないと……」


 剣一本。矢一本取っても同じ物は存在しない。それぞれに癖があり、それらを熟知してなければ戦場では死ぬ事になる。


 シエルを救うまで死ぬわけにはいかないと心に誓いながら、俺は日々の訓練のために移動した。



◇ ◇ ◇



 あれから訓練をより一層力を入れてやっていたらあっという間に実戦の日になった。今の俺は魔獣の皮で作られた防具に貰ったショートソードを装備した姿で中央に設置されているいつも燃えている焚火の前に他の傭兵たちと共に並んでいた。


「今日は森の定期周回だ。俺とバルドの二手に分かれていつも通りやるぞ」


「「「了解!!」」」


 その後、班の振り分けが行われて俺はバルドの班になった。


 ちなみに、バルドというのは傭兵団に所属している老兵であり、聞いた話では先代の時から所属しているらしい。使う武器はクロスボウであり、今も背中に矢筒と共に背負っている。


 俺も幼い頃から何かとお世話になっている穏やかなお爺さんだ。


「コウ。戦場では誰もが必死だ。お前がミスをすれば仲間が死ぬと思え」


「わかりました」


 出発の前に親父とそんな会話をして、俺達は森へと入っていく。この世界に転生して9年経つが俺の行動範囲は陣が張ってある周辺だけであり、ここまで奥に入るのは初めての事だった。


「若様、緊張してますかな?」


「バルド爺……勿論、緊張してるよ。初めての実戦だからね。ただ、この緊張感にこの先慣れる事があるか不安でもあるかな」


「ほっほっほ。若様も戦士となればソレが杞憂であるとわかりますよ」


 戦士――この世界に転生して耳にタコが出来るくらいに聞いた言葉だ。詳しく聞いても誰もが「戦士とは戦士であり、その時が来れば自ずとわかる」としか言わない事から俺は一種の概念的な物だと捉えている。


 それはさておき、若干の緊張感を胸に抱いて始まった初陣は思ったよりも順調だった。今回は定期周回という名の間引きだ。魔獣はその繁殖力が非常に高く、定期的に間引きしなければ溢れかえって人里に下りてしまうのだ。


 間引きが始まってそろそろ五時間が経つ。その間に俺も出て来た猪型の魔獣などを倒している。命を奪ったり血に対する抵抗感はこの世界に転生してから、親父とかが狩って来た獲物を母親と解体していた経験のお陰か特に何とも思わなかった。


「あとは、この先の湖まで行けば終わりですな」


「最後まで気が抜けないけ――――ッ」


 バルド爺に返事をしている最中に悪寒が走った。だが、それも瞬きをする一瞬だけだ。何故なら、次の瞬間には全身に走る激痛に変わったからだ。


「な……にが……!?」


 視界が点滅し、口内に焦げ臭い匂いが充満する。朦朧とする意識の中で男達の怒声が薄っすらと聞こえて来る。


「―――だ!!」


「陣形を――!!」


「坊ちゃんとバルド爺さんは――!!」


 徐々に回復する視界の中で、俺は傭兵たちに囲まれながらも堂々と立っている“ソレ”を見た。


 血の付いた長い爪に3mはあるかという程の巨体。口からは放熱するように息が白い煙となって漏れ出している。前世で見た動物に例えるならば熊。だが、その見た目は狂暴さを増している。


「若様――」


 不意にその声だけが鮮明に聞こえた。


「バルド爺……?」


 声がした方に視線を向けてみれば、俺に覆いかぶさるようにしてバルド爺が倒れていた。


「ご無事……ですか……?」


 途切れ途切れの言葉を発する度に零れる血が俺の頬に落ちる。そこで、何が起こったのかを理解した。俺達はあの熊に強襲され、反応出来なかった俺をバルド爺が庇ったのだ。


「――! 俺よりも、バルド爺は!!」


「若様が無事で……何よりです……」


 そこで、バルド爺の身体が崩れ落ちる。受け止めようと痛む身体を動かせば背中に回した両手が生暖かい液体に触れる。それは今も尚、大量に流れだしている。


「――!!」


 それは血だ。


 俺を庇った事で、バルド爺は背中に致命傷を負ったのだ。急いで身体強化を発動してバルド爺を地面へと横たわらせ、傷口を確認すると素人目に見ても助からない程の傷だという事が理解できた。


「なんで……!!」


 何故、俺を庇ったのか。そう、聞こうとした所でバルド爺は笑った。今も尋常じゃない痛みを感じているはずなのに、それを感じさせない程に穏やかな笑みだ。


「若様が生まれた際……儂は、心に決めた事が……ありました……それは、この生い先短い命……この子のために使おうと……いうものです……」


「何故、そこまで……」


「儂は……先代の団長に、命を助けられました……そのご恩をお返ししたかったのです……ですが……今はそれだけではありません……若様がどこを見て、強さを求めているのかはわかりませんが……その先に、我らの平穏があると……感じたのです……」


 それは買いかぶりすぎだと思った。俺は、ただ……シエルを救うために力を求めている。決して、傭兵団のためなどではない。


「若様……若様は、何のために戦士になるのですか……?」


「――……」


 きっと、死の間際に感じた疑問だったんだろう。だから、俺が適当な理由――それこそ、傭兵団のためとでも言えばバルド爺は満足する。俺が転生者で、本当の目的を語って死に際の恩師を失望させるよりはマシに思えた。


 だが……それは出来なかった。


 恩師だからこそ……いや、バルド爺が戦士だからこそ誠意で答えたかった。ゴルドー傭兵団は戦士を尊ぶのだから。


「俺は……」


 だから、語った。


 俺がどこから来て、何者で、一体何のために戦うのかを全て語った。胸を張り、この道を歩くことに悔いはないのだと言外に纏いながらバルド爺に説明した。


 最初は驚いたような顔をしていたバルド爺だったが、話が終わる頃にはどこか納得したような表情をし、最後には微笑んだ。


「なるほど……なれば、若様」


「なんだ……?」


「その道、決して諦めずに歩き続けるのです……この先、何があっても……目的を忘れてはなりませぬ……死人のために剣を振るうのではなく……大切な人のために剣を振るうのです……」


「いい言葉だな……胸に刻んでおくよ」


「儂も大好きな言葉です……」


 会話が途切れ、バルド爺が瞳を閉じて大きく息を吸った。


 次に瞳を開けた時、俺の目の前には戦士が居た。誰よりも強く、誰よりも気高く、そして――確固たる信念を持った者が居た。


「では、お先に失礼します」


「ああ。今までご苦労だった。バルド・フューラリー……お前は、素晴らしい戦士だった」


 スッと目を閉じたバルドはそのまま息を引き取った。


「……」


 悲しいという気持ちはあった。だが、涙は流さない。何故ならば、ここで俺が泣いては散った戦士に対する侮辱になるからだ。


「死人のために剣を振るうな……ごめん、バルド爺。俺は、死人のためにも大切な人のためにも剣を振るうよ」


 瞬間――体内にあった魔力が一気に溢れた。だが、それらは簡単に制御できた。冷水を掛けられたように頭は急激に冷え、静かに……波紋一つない水面のように集中力だけが高まる。


「覚悟だ……俺は、シエルを救いたいと思いながら心のどこかで知ってる人が死ぬ事を怖がってた。シエルも救いたい。知ってる人も救いたい。そんな分不相応な理想を胸に抱いていた」


 地面に横たわるバルド爺を見つめる。彼は、一体なにを胸に掲げて戦っていたのだろうか。


「でも、ソレは無理だ。あっちもこっちも救う事なんて俺には出来ない。だから……俺に足らなかったのは“何を犠牲にしてでも一人を救う”という覚悟だ。バルド爺……救う事が出来なかった俺の家族。謝罪はしない。でも、その想いは俺が背負っていく」


 バルド爺の左腰に差してあったショートソードを左手で抜く。


「少し、借りるぞ」


 右手には自分のショートソードを持ち、それらを逆手持ちにしながら俺は傭兵たちと戦っている熊モドキへと身体を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る