第2話 流した汗と血の量だけ強くなれる
享年60歳で死んだ俺が目を覚ました時、俺は転生していた。何で転生したのかとかそういう疑問はどうでもいい。一番重要なのはこの世界が『エンシェントストーリー』の中なのかという事だ。
確認しようにも、俺は生後数か月の赤子。歩き回る事はおろか、周囲で喋っている人の言葉がわからないから質問する事は出来ない。そもそも、赤ちゃんなんだから喋れるわけない。
だが、出来る事がないわけではない。身体が動かせないからいつもの訓練をする事は出来ないが、それでも俺の知らない物がこの世界にはあった。
魔力――意識がはっきりした時から体内に感じる温かなナニカだ。魔力があるという事は、この世界がエンシェントストーリーの可能性が高くなる。テンションが爆上がりだ。
で、この魔力だが意識を向けてみれば結構自由に動かせる事に気付いた。どうせ動けないんだから魔力を自由に動かす練習でもしよう。あ、そういえばラノベでは魔力を枯渇するまで使えば最大値が増えるとかあったな……アレもやってみるか。
うーん、でも魔力を枯渇させるってどうやるんだ? とりあえず、体外に放出させてみるか……。
グッと体に力を入れて体内の魔力を外に追い出すイメージをしてみた結果、俺は意識を失った。
◇ ◇ ◇
転生してから9年くらい経った。
その間に言葉もわかるようになり、色々と聞いて回った結果この世界がエンシェントストーリーと同一の世界であるという事がわかった。テンションの上限が吹き飛んだ。
あと、俺は北方の魔族領と人間領の境界を守護する総勢200人で構成される雇われ傭兵団の団長夫妻の間に生まれたらしい。名前はコウ。
設定資料集を思い出してみても、そんな傭兵団が存在したともコウの名前も書いていなかったから初耳だ。
あぁ、それと魔力を枯渇させれば上限値が増えるとか思ってたけどそんな事はなかった。枯渇するまで使ったら気絶するだけだ。あと、目が覚めた時に強烈な吐き気と頭痛に襲われる。
ついでに言うと、ステータスとかそういうのは無かった。声が発せられるようになった時に大声で叫んだりしてみたが何も出なかったからね。
魔法やら魔術はあるらしいけど、剣術とかの奥義やら何やらはあるけどスキルは存在していない。ゲームの中ではあったけど、無いなら無いで別に問題はない。ちなみに、魔術は俺の魔力量があまりにも少なすぎて
まぁ、魔術は使えれば便利だったけど使えないなら別の方向からアプローチすればいい話だ。最強へと辿り着く道は一本ではないのだ。つまり――
「うおおおおおおおおおお!!」
――前世と同じように限界まで身体を鍛えればいい。
森の中を全力で走り始めてかれこれ5時間は経っていると思う。あらゆるところから流れ出る汗で身体が不快感を訴えて来るがガン無視だ。
身体強化という魔術も使えるようにはなったが、今は使っていない。そもそも、アレは肉体の上限値を上げる物であり、禄に鍛えていない肉体で使った所で大して意味はないのだ。あと、基本的な体が出来ていないと筋肉痛で二日寝込むハメになる。
息が切れ、肺が痛み、心臓が激しく鼓動するが全てを無視して森の中を走り続ける。ちなみに、俺が走っているルートは傭兵団が展開している『境界の森』と呼ばれている森の中であり、ここには強力な魔獣が多数出没する。流石に9歳の今出会ってしまったら一方的に殺されるのがオチだから、傭兵団が陣を張っている場所をグルリと回るように走っている。
総勢200人ともなると、陣もそれだけ巨大になる。つまり、鍛える分には何も問題はない距離だ。
「ぐおおおおおおおお!!」
シエルを救うという決意を胸にあらゆる不調を無視して走る。食いしばった口から血が垂れるが些細な事だ。
「よし……ッ!!」
50週した所で走るのを止めて、その場で腕立て伏せを始める。
「フッ……フッ……フッ……!」
この時、背中に大人が使う直剣を二本背負っておくのを忘れない。まだ9歳とはいえ、いつシエルを救う機会に遭遇してもいいように極限まで鍛えておく必要があるのだ。
「497……498……499……500ッ!!」
腕立て伏せを終えたら背負っていた直剣を下ろし、代わりに投げナイフが大量に入った麻袋を背負い、直剣を両手に持って万歳するように掲げながら持ち、我武者羅に再度走り始める。
どんなに苦しくても、どこまでも辛くても、どれだけ死にそうでも――走れなくなった戦士に勝利は訪れないし、誰も救う事は出来ない。流した汗と血の量だけ強くなれるのだ。
そう思い、俺は更にペースを上げた。
◇ ◇ ◇
叫び声とも雄叫びとも言えない声を上げながら我武者羅に走るコウの姿を服の上からでもわかる程に鍛え上げられた肉体を持つ30代の男と一人の老人が見つめていた。
「若様はまだお若いのにずっと鍛錬をしておりますな……いやはや、その迫力には修羅を感じますわ。コレもやはりゴード団長の息子だからでしょうか?」
ゴードはコウの父親であり、この傭兵団の団長でもある。鍛え上げられた肉体から放たれる斬撃は全てを切り裂き、その名を広く知られている剛剣の使い手でもある。
「俺の息子だからかはわからないが……何かに燃えているのは間違いないだろうな。アイツの目は覚悟を決めた男の目だ」
「知っておりますかな? 若様は団員達に戦闘技術を聞いて回り、その技術を教えてほしいと頼み込んでいるそうですぞ。無論、儂の所にも来ましたわ」
「耳にはしているが……良くも悪くもウチの連中は癖が強い。そう簡単に教えるとは思えないな」
ゴード傭兵団はその任務から全員が強者であり、戦士だった。そして、強者とは一癖も二癖もある連中ばかりなのが世の常識でもある。
それ故に、いくら団長の息子とは言え自分の技術をそう簡単に教えるとはゴードには思えなかった。無論、自分が言えば教えはするだろうがそういった指示は出していない。
「ほっほっほ。それが、皆、喜んで教えておりますぞ」
「なんだって……?」
「確かに若様はまだお若い。ですが、あの姿を見て戦士と認めない者など居りませんよ。むしろ、若様こそ次代の団長に相応しいという意見が多い程ですぞ」
老兵の言葉にゴードは目を見開く。
あの年で多くの猛者を認めさせ、次代の団長に推挙されるなど前代未聞だからだ。だが、息子の訓練する姿を見ればソレもおかしくはないかと思う自分も居た。
「そろそろ、実戦を経験させるのも悪くないかもしれないな……」
「それは、戦士の洗礼を受けさせるという事で相違ありませんか?」
「ああ。コウがそこまで期待されているならばそれ相応の覚悟を示す必要がある。それに……アイツもそれを求めているような気がするのだ。何のためにあそこまで鍛えているのかはわからないが、強くなりたいのであれば早めに経験しておいた方がいいだろう」
「わかりました。では、他の者には私から伝えておきましょう。団長は……奥様の説得をお願いします」
「あ、あぁ……そうだな……」
戦場では敵なしと言われる程に強いゴードでも、自分の妻には勝てないためどうにも歯切れが悪い返事になるのだった。
◇ ◇ ◇
夜――団員達から戦闘技術を学び終え、今日の訓練を終えた俺は自分の家族が使っている魔獣の毛皮を使って作られたテントへと足を進めていた。
総勢200人――それはあくまで戦闘員だけの数であり、傭兵団の中にはその妻や子などの非戦闘員も居る。そのため、ぱっと見ではやはり傭兵団というよりも放浪民族だ。
「ただいま」
「おかえりなさい。ご飯は出来ているから冷めないうちに食べましょう?」
訓練から帰った俺を母親が優しく迎え入れてくれた。
テントの中は結構広く、簡易的なキッチンとテーブルと椅子。それに地べたに毛皮を敷いた寝床がある。
(なんで親父は頬に手形が付いてるんだ……?)
椅子に両腕を組んで座っている親父の頬に手形が付いている事を気にしながらも椅子に座る。
親父は俺が知っている中でも最強と言える程に強い。そんな男に一撃入れられるのは俺が知る限り母親しか居なかった。つまり、何かしらあって喧嘩でもしたのだろう。
「コウ」
「はい?」
そんな事を考えていると、不意に親父が威厳ある声で俺を呼んだ。ただ、その頬には紅葉が付いているのだが。
「近々、お前には実戦を経験してもらう」
「――ッ!? それは……俺が戦士の洗礼を受けるという事でしょうか?」
「ああ。お前が何かのために力を求めているのは知っている。その事を詳しく聞くつもりはないが、その姿勢は団員達に評価されている。今以上の力を欲するのであれば――」
「意思を示さなければならない」
「そういう事だ」
傭兵団の皆は技術を教えてくれるが、その深奥はまだ教えてくれない。それは俺が戦士としての意思を示していないからだ。実戦を経験した事がない若造に深奥を教えてくれる程、彼らは優しくない。
シエルを救うために出来るだけ多くの手札と早く強くなりたい俺にとって深奥をどうやって学ぶかは大きな課題だった。戦士の洗礼と呼ばれる初実戦は早くても13歳に行われるため時間が掛かってしまうためだ。だから、この話は願ってもみない事だった。
ちなみに、俺に色々と教えてくれる傭兵団きっての老兵であるバルド爺曰く、今は聖王歴540年らしい。本編開始は主人公が15歳で王国にある学園に入学する所から始まって、ソレが聖王歴546年だから本編開始まで後6年ある事になる。
6年――ソレは長いようで短い。その短期間にどこまで鍛える事が出来るかが勝負でもある。
「お前が強くなる事を急いでいるのには気付いている。そのために団員の深奥を学びたいと思っている事もだ。だが、彼らは戦士と認めた者にしかそれらを教える事はない」
「わかっています」
ゴード傭兵団は戦士を尊ぶ――戦士には敬意を払い、敵には容赦はしない。目には目を。歯には歯を。殺意には殺意を。やられる前にやれがモットーな集団なのだ。
「いつ頃、やる予定でしょうか?」
「お前にも準備があるだろう……早くて八日後を予定している」
「わかりました」
その後は特に会話もなく、夕飯を食べた後に俺は夜の訓練へと出た。
朝は肉体の強化と技術面を鍛え、夜は魔力を鍛える。と言っても、魔力量的に大規模な魔術は使えないためにやる事と言ったら魔力操作と身体強化の訓練だ。
俺が使う事がある魔術は身体強化くらいだが、何年も訓練している内に気付いた事がある。ソレは身体強化の仕組みだ。
身体強化は全身の筋肉に魔力を通す事で身体能力を底上げする。だが、ソレは結構大雑把だ。筋肉の繊維一本一本に魔力を通しているわけではない。そのため、強化される度合いは結構バラつきが生まれる。だが、繊維一本一本に魔力を通す事が出来ればどうだろう? 予想では強化される度合いは均一になり、恩恵も向上するだろう。
そう思い立って数年間訓練しているが、コレが結構難しい。
まず、魔力を繊維と同じくらいに細くしなければならない。だが、細くすればするほどに効力は落ちてしまう。ならばどうするか。答えは簡単で魔力を圧縮した上で細くすればいい。まぁ、そのためには緻密な魔力操作が必要になるわけだが。
「……」
陣の中央に設置されている大きな焚火の前に胡坐を掻いて意識を集中させる。今では極度に集中すればこの身体強化・改を発動する事が出来るが、実戦でそんな余裕はないだろう。
いずれは無意識に使えるように――そう思っていたが、実戦デビューが思ったよりも早かった事もあり、急いで完成させる必要がある。
「先は長いな……だが、コレもシエルを救うためだ」
焚火の熱を全身で感じながらも、魔力操作と身体強化を繰り返す。こうして、夜は更けていくのだった。
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