第一章 黄昏の剣聖
第1話 多分、初恋だった
人は人生で何かしらに熱中する事がある。それはスポーツだったり勉学だったり音楽だったり……まぁ、色々だ。そして、それらを人々は“趣味”と一括りにして表現する。
趣味は一過性の熱として燃え盛り、いつの日か冷えて熱中していた事さえ忘れていく。ソレが普通だった。
だが、俺は違った。
きっかけは高校一年の夏に友人から勧められたゲームだった。そもそも、趣味という趣味どころか様々な事に興味が無かった俺にとってゲームをするというのも暇つぶしの一環であり、クリアしたら内容をほぼ覚えていない物だった。
おすすめされたゲームは『エンシェントストーリー』昨今では珍しいくらいに安直な名前のRPGだ。全10ルートあるマルチエンディング方式で、ルート毎にヒロインが変わり、裏要素もあるやり込み重視系だった。
夏休みに特にやる事もないという理由で始めたそのゲームで俺は運命とも言える出会いをした。
ゲーム内容とかヒロインになる10人の美少女とかではない。ストーリーの中で数回しか出て来なくて尚且つ、どのルートでも死んでしまう少女にだ。
舞台となる世界のシルフィード公国第三王女であるシエル・フォン・シルフィード。白銀の長い髪に金色の目をしたその少女に対して俺は高校一年にして初めての初恋をした。
そこからは怒涛の夏休みだった。
メインストーリーだけでなく裏要素もやり込み、攻略サイトを見て、情報共有掲示板なども使って彼女が生き残るルートを探した。睡眠時間を削り、食事をする時間以外の全てを費やして探しても見つからないルートをバグやグリッチを使ってでも探し出そうとしたのだ。
人気ゲームという事もあり、情報は日々更新されていく。
だが、その中にも俺が求めるシエルを救うルートに関する情報はどこにもなかった。やるせない気持ちと救えないのではないかという焦燥感に駆られながらも俺はモニターを睨み続けた。
長文で開発会社へと
そんなこんなでシエルを救うルートを見つけられないままに夏休みが終わった。学校が始まり、イベントやら何やらで盛り上がる教室の中でも俺はシエルについて考え続けた。最早、学校の行事など眼中になかった。
ただ、全てを無視できるわけではない。
まだ高校生という事もあり、親の庇護が無ければ生きていく事は出来ない。そして、ウチの親は成績がそこそこならば何も言わない主義だった。だが、シエルを救うために時間を消費し続けた俺の成績は中の中から中の下へと下がった。
このままでは親から何か言われてシエルを救うために費やせる時間が減ってしまうかもしれない。そう思うのに時間は掛からなかった。
だから、俺は血の涙を流しながら一旦シエルを救う事に費やす時間を毎日三時間削った。
そして、速読と記憶力を鍛えた。
速読で教科書を高速で読み、鍛え上げた記憶力で全てを記憶してしまえばテストなどどうとでもなると判断した結果だった。
速読は割りと早く身に付いた。そして、俺は効率を求めて二冊の別教科の教科書を同時に速読で読み始めた。
気付いた時には、速読も記憶力も相当な物になっていてテストでは中の上に余裕で入れるようになっていた。もし、これらの技能を勉強に振っていれば学年一位を取る事も出来ただろうが興味がなかった。学年一位を取った所でシエルを救う事は出来ないからだ。
ちなみに、記憶の容量は全てシエルの事に使っていた。
それから数年。
クラスメイトとの交流も何もかもをガン無視していた結果、気付いた時には高校の卒業式に出席していた。
周りが別れを惜しんで泣いている中で、俺は三年間でシエルを救えなかった事に泣いた。
三年の間にDLCも発売されたが、そこにシエル救済ルートは存在していなかった。設定資料集なども買って読み込んだがシエルに関するページは僅か1ページしか無く、ここでも俺は開発会社にお気持ちを表明する事になった。
そして、受けた記憶がない大学へと進学した。
大学生活も高校と変わらずにひたすらシエル救済を胸に掲げて走り続けた。一人暮らしを始めたという事もあって、バイトも始めたがコレはシエルを養う日が来た時のためにという決意の元に始めた物だった。
流石にこの頃になると、俺と志を共にしていた同志達は別のゲームへと興味が移っていたため、掲示板にも情報が出回らなくなっていた。
大学二年の時に俺は気付いた。『無いなら作ればいいんじゃね?』と。
そこからはまた怒涛の日々だった。ゲーム制作をするために必要なあらゆる技術を学び、研磨し、シエルの救済ルートを探し、学び、研磨し、シエルの救済ルートを探し続けた。
そして、大学三年の秋に俺はエンシェントストーリー・シエル救済ルートを自力で作り上げた。
だが、いざプレイしようとした所で気付いた。
俺が求めていた物はコレだったのか? と。
自分で作った物でシエルが救われたとして、果たしてソレは本当に救ったと言えるのだろうか? コレはあくまで俺の妄想なのではないか? と。
俺はデータが入ったSSDをハンマーで叩き壊した。
そして、社会人になった。
ごくごく普通のサラリーマンとして程々に仕事をしながら、帰宅すればシエルを救うためにゲームをする日々。
この時には流石の俺でも『このゲームにシエルを救う術はない』という事に気付き始めていた。それでも、諦めるわけにはいかなかった。もしかしたら、公式が続編を作ってそこで救済されるかもしれないと思ったからだ。
社会人三年目。
朝のネットニュースを眺めていた俺の目に『エンシェントストーリー』の制作会社が倒産したという記事が飛び込んできた。
詳しく調べてみると、制作会社はその後に3本のRPGを発売したが売上が著しくなかったらしい。
「終わった……」
もはや、公式がシエルを救済してくれる事はない。どれだけ俺が願ったとしても、あの子の笑顔が見れる事はないんだと現実を叩きつけられた時、俺は三日間会社を休んだ。
全てを失って無気力に日々のルーチンをこなしている中で、俺は本屋で運命の出会いをした。
「そうか……!! この手があったのかッ!!」
その本――ゲームの世界に転生する系のラノベを両手に持って俺は歓喜に震え、店内で大声で叫んだ。
周りの視線が突き刺さったが、そんな事はどうでも良かった。目の前から無くなってしまった道が新たに生まれる予感を胸に、手当たり次第にその手のラノベを買いあさり、速読で読み込んだ。
「そうだよ。何で今まで気づかなかったんだ! 公式が救済してくれないなら、俺がゲームの世界に入って救い出せばいいんじゃないか!!」
正に青天の霹靂、目から鱗だった。
その日から、俺は身体を鍛え始めた。エンシェントストーリーの世界観はよくある剣と魔法の世界であり、戦う力が無ければ何かを成す以前に簡単に死んでしまうと思ったからだ。
現代に溢れているあらゆる格闘技を学び、あらゆる剣術を学び、あらゆる弓術を学んだ。
長期の休みを取って、外国に行って
強くなる。ただそれだけのためにあらゆる技術を全力で習得し続け、気付いた時には俺は三十路後半になっていた。
勤務時間以外の全てを訓練とシエル救済ルート探しに費やした結果、友人など居ないし、独身の三十路も終わりかけになっていたのだ。まぁ、俺はシエル以外と結婚する気など無いからそこはいい。
だが、いつの間にか妹が結婚していた。
ふとした時に「そういえば、家族と連絡を取って無いな……」と思って妹に連絡した所、今年で結婚して四年目だと言う。
結婚式に呼ばれてないと言うと「だって、お兄ちゃんその時に外国行ってたじゃん」と言われた。確かに、あらゆる戦闘技術を求めて外国を飛び回っていた時期があったために何も言えなかった。
それはさておき、鍛え続けた俺は自分で言うのもなんだが強くなった。PMCの教官相手にも1対1なら勝てるくらいには完成されつつある。
だが、エンシェントストーリーには教官なんて相手にならないくらいの強敵が多数存在する。
魔獣と呼ばれる狂暴な獣に魔人、魔王、勇者、賢者、剣聖――上げればキリがない。そんな奴らと対等にやり合うにはまだ力が足りていない。
そもそも、ゲームの世界に入る手段さえ見つかっていない。
外国のよくわからない占い師と会ってみたり、毎日神社にお参りに行っているが未だにそれらしい兆候は表れていないのだ。
どうしたものか――とりあえず、身体は鍛えるか。そんな気持ちで悩みながらも身体を鍛え続けた結果―――――――
「う、うぅ……」
「まだ独身だったのに……」
「真面目ないい人でした……」
――――俺は60歳で寿命が尽きて死んだ。
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