第37話 生贄と儀式

 私は神父様につれられてとある部屋の中に案内された。

 儀式は今夜行うそうだ。

 神父様が言うにはこの部屋は神を待つ神聖なる部屋らしいがどう見ても牢屋にしか見えなかった。

 部屋の中を見渡すと私の他にも子供が三人いた。

 彼らも私と同じように神父さまに連れられてきたのだろうかと思ったが、そうでないことは彼らが縄で手足を縛られていることから理解できた。

 しかも彼らはここらでは見ない外見で、白い髪をしており、肌も心なしか私よりも白っぽかった。


「この子たちは……?」

「彼らは儀式を拒否した異端児だ。救いを与えねばならない。

 この子たちとは口を利いてはいけないよ」

「はい……」


 最後にそう忠告すると神父さまは部屋を出て行った。


 私と同じ年くらいの気の強そうな男の子と、その後ろに怯えた女の子と男の子がいた。

 神父さまは口を利いてはいけないとおっしゃっていたが、私はなぜこんな子あっちがここにつれてこらえれているのか気になって仕方なかった。

 私はゆっくりと声をかけた。


「あの……貴方たちはどうしてここへ……?」


 私が声をかけると気の強そうな男の子が私をにらめつけた。


「お前、あいつの仲間じゃないのか?」

「あいつって……神父さまのこと……?」

「神父様?あいつのことをそんな呼び方してんのかよ。俺たちを騙したあいつを!」


 だました?神父さまが?

 一体何があったんだろう。


「あの神父に騙されたんだ。俺たち三人で腹を空かせてた時にあの神父に会って、寝るところと食べるものをくれるっていうからここに来たんだ。

 最初は言うとおりにしてくれたけど魔術師が来て俺たちのことを見るやいなやすぐに使えだとかなんだとか言ってこの部屋に入れられたんだ」


 神父さまがそんなことをするなんて……とても信じられない。

 でもさっきの神父さま、まるで別人みたいだった。


「俺たちはここがなんなのか知らないんだ。この後どうなるのかも。生贄っていったい何のことなんだ?知ってるなら教えてくれ」


 私はさっき見た光景を彼らに説明した。

 謎の儀式があったことを。私たちはこれからその儀式の生贄にされることを。


「なんだよそれ……よく分かんない儀式のために俺たちは死なないといけないっていうのかよ!」


 望んでここに来た私はともかく、彼らは知らずにここに来たみたいだった。

 せめてこの子たちだけでも助けてもらえないだろうか。


「わ、私……なんとか貴方たちだけでも見逃してくれないか交渉してみる」

「待てよ。君は犠牲になるつもりなのか?」

「私は……自分からここに来たから……」

「自分から?生贄になりにか?」


 生贄。その言葉を聞いて私は少し我に返った。

 ――違う。私は皆のために。尊敬する神父さまのために働きたくて。

 少なくともよく分からない儀式の生贄になりにきたわけでもなければ、ましてや死にに来たわけでもない。


「一緒に逃げなきゃだめだろ、そもそもあいつらが交渉なんかにこたえてくれるわけないだろ!」

「でも、私が生贄になれば……みんなが幸せになれるって、神父さまが……」

「何言ってんだよ!よく分かんない儀式の生贄になってみんなが幸せになれるわけないだろ!」


 私は、どうしたいんだろう。


「ここを抜け出そう」


 その言葉を聞いた瞬間、頭の中であの人の声が鳴り響いた。


『お前な、そんな他人ばっかのために生きてて楽しいのかよ。たまには自分のために生きろよ』


「……に、逃げたい……皆とまた会いたい……死にたくない……」


 私の心の底から出た本音だった。


****


 神父さまはどうやら私は逃げ出すとは考えていなかったようで、私のことは縛ったりしなかった。

 三人の拘束を解き、私は隙を見て牢屋を抜け出した。

 ここを来た時にだいたい道は覚えたから外に出れば逃げられるはず。


 警備している人たちの隙を伺いながら、少しずつ道を進んでいく。

 そしてしばらく進んだ先にあった大きな扉に手をかける。


「あれ、この扉……開かない?」


 しかし来た時と違って扉はびくともしない。

 このままじゃ……


「何をしているんだ」


 後ろから誰かの声が壁や天井に反響して響いた。

 背筋が凍る思いだった。

 ゆっくりと後ろを振り返ると、神父さまが立っていた。


「駄目じゃないか。君は私が思っていたようないい子じゃなかったようだ。残念だよ」


 神父さまの後ろには何人もの信徒たちが立っていた。

 しかもよく見ると信徒たちは全員武器を構えていた。


「連れていけ」


 神父さまは信徒たちに命令し私たちを取り囲み、抑えながら運んでいく。

 男の子が叫びながら暴れるがそんなことで逃げられるはずもなく私たちは連れていかれてしまった。


****


 私たちは前に見た祭壇に連れていかれた。

 祭壇のすぐ近くに立っていた魔術師が神父さまが来たのを見て首をかしげていた。


「どうした。儀式まではまだ時間があったはずだが」

「この子たちが脱走しようとしていたのでな。少し早いが始めよう」

「了解した」


 神父さまは私たちを祭壇の魔法陣の上に縛ったまま立たせた。

 そして目線を私に合わせながら優しそうな声で語りかけてきた。


「私としても無理強いはしたくないんだよ。神の贄となる人間は自ら進んでなるべきだと思っている。君もそうだと思っていたんだがね」

「そいつの言うことを聞く!そいつは……」


 横で強気な男の子が声を荒げようとするが横にいた信徒に殴られてしまう。

 なんで。その子は何も悪いことなんてしていないのに。

 なんでそんなことを……


「や、やめてください……!」

「君次第だよ。今なら苦しまずに逝けるようにしよう。神の贄になると宣言したまえ。そうすれば彼らも苦しむことはない」


 神父さまの声が私の心の中に少しずつ入ってくる。

 まるで安らかな眠りの前のような感覚に陥ってくる。


「わ、私は………」


 私はどうしたいんだろう。

 私はなんでこんなところに来たんだろう。

 私は……なんで……

 みんなのために、恩返しのために……

 これが、恩返し?私が死ぬことで恩返しになる?

 違う、生きないと。生きなければ恩返しなんてできない。

 私は心の底から思ったことを声に出した。


「生きたい、まだ死んじゃいたくない……人のためじゃなくて、自分のためにも生きたい!」


 それを聞いた神父さまはため息をついて心底呆れたような表情をした。


「そうか、残念だ」


 神父さまは横にいた魔術師に声をかけた。


「始めてくれ」

「いいのか?このままだと苦痛に悶えながら死ぬぞ。生贄の質が下がる」

「構わない。ないよりは良いだろう」

「了解した」


 魔術師は杖を目の前に構えて小さな声で呪文をつぶやき始めた。

 時間が経つにつれ辺りが異様な空気に包まれていく気がする。

 おそらく、これが魔術の発動に必要な呪文なのだろう。

 

 ――私はこのまま死ぬんだろうか。

 まだ何も、みんなに恩返しできていないのに。

 まだ自分のためにも、生きれていないのに。


 私は思わず神に祈った。

 ついさっき裏切られた神に。


 しばらくして目をあけた。

 まだ私には死も苦痛も訪れていない。


 周りを見ると、あちこちで信徒たちが倒れこんでいた。

 神父さまはその様子を見てうろたえていた。


「何!?一体何が起きた!?」

「言えたじゃねぇかガキが」


 目の前にはよく知った後ろ姿が立っていた。

 あのおせっかいで、口が悪くて、嫌なやつだけど、優しい彼が。


「なんだお前は……」

「俺はカルルリス・ハーデス・ヴァルナリアだ。ひれ伏せ人間ども」

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