第36話 作戦会議

「オーイ、はよ起きロ」


 椅子に糸でぐるぐる巻きにして括り付けたカルルのおでこをブランが指で叩いて起こす。


 私とエウロは屋敷に残って今後の計画を話し合っていたのだが、教団のところに調べに行ってくると言って帰ってきたブランが抱えていたのはカルルだった。


 ブランにたたき起こされたカルルは周囲の状況を確認して自分の状況に気が付いたようで声を荒げた。


「てめぇ、なんで止めたんだよ!」

「物事には順序というものがあル。作戦にしても実験にしてもそうダ。

 順番通りに薬品を入れなければ材料が無駄になるだけではなく実験の結果も台無しになル。それの同じダ。

 お前があのままあそこに乗り込んだらどうなル?」

「俺の実力を甘く見てんのか?俺はあんな奴らにやられねぇ」


 ブランの発言から察するにカルルは一人で教団のところに乗り込もうとしたようだった。

 彼がこの屋敷に侵入してきた時にこの目で見たから彼に実力があるのは知っているが、だからと言っていくらなんでも一人で敵地に乗り込むのは無茶がすぎる。


「一人で教団に乗り込んで全員倒そうとしたの?」

「当たり前だろ。あんなクソみたいな神父、ぶっ殺してやる」

「全く、穏やかじゃないですねぇ」


 その発言を聞いたエウロがため息をしながら諭すように声を上げた。

 そして教団に関する調査結果が書かれた紙を手元まで持ってきながら眺める。


「でもまさかあの神父さんと教団がつながっていたとは……」

「俺の言った通りだったろうが!あの神父は最初から怪しかったんだよ!」

「人を疑うことから始めるのはよくありませんよ」

「そんなだから人間は騙されるんだよ。けっ」

「貴方は逆に傲慢すぎます。もう少し人を信用することを覚えた方がいいと思いますけどね」

「あんだと?」

「なんですか。やるというのですか」


 二人はまたしても視線で火花を散らしながら口喧嘩を始めた。

 なんというか、この二人が喧嘩をするのはあいさつだと思った方がいいかもしれない。

 私はそんなことを考えて二人の喧嘩を半ば諦め始めていた。


「俺の手にかかればあんな奴ら瞬殺できんだよ」

「ケッケッケ。勝敗なんてこの際問題じゃないのダ。最大の問題はお前が吸血鬼だということダ」

「何?」

「吸血鬼と人間がなぜあそこまでガチガチな協定を結んでいるか知らないわけじゃないだロ」

「あぁん?そんなん言ってる場合じゃねぇだろうが!」


 私は吸血鬼のことには詳しくないのでブランの言っている「協定」というものが良く分からなかった。

 そのことを察したエウロが横から説明してくれた。


「数百年前、吸血鬼は今よりもっとこの世界に存在していました。

 吸血鬼には人間と取引をして血を分けてもらう穏健派と人を襲って血を飲む過激派に分かれていました。

 しかし、ある時事件が起こりました。

 吸血鬼の一人が民衆から慕われていた王女の血を残さず飲み干して殺したんです。

 当然その話はたちまち広がり、吸血鬼の殺戮が起こりました。

 穏健派や過激派なんて関係なく殺戮は起き、吸血鬼の数はどんどん減っていきました。

 もちろんそれだけじゃなく、吸血鬼側も復讐として人間の町や村を襲ったりして大惨事が起きました。

 穏健派が犯人の吸血鬼を捕まえて民衆の前で処刑しましたがそれでも吸血鬼の迫害は止まりませんでした。

 だから吸血鬼と人間は協定を作ったんです。

 吸血鬼は定められた領地を許可なく出ていかないこと、人間は定期的に血を提供すること。

 この協定はその事件からずっと守られています。

 たとえ相手が悪だとしても吸血鬼が人間を殺したとなれば協定を破ったことになり大問題になります。

 再び吸血鬼の迫害が始まるかもしれません」


 そんな事情があったのか。

 私が吸血鬼についての詳しい話をあまり聞いたことがなかったのもみんながあまり触れようとしない話題なのかもしれない。

 しかしそれを聞いてもカルルは納得していないようだった。


「乗り込むよりも先にあのガキが生贄にされたらどうすんだよ!」


 カルルは声を荒げてくくりつけられた椅子ごとぐらぐらと揺らしながら怒っていた。

 エウロが横で呆れたような顔をしてため息をしていた。


「なんですか、貴方らしくないですね。自分のためだけに生きて他人はどうでもいいのが貴方じゃなかったんですか?」

「当たり前だ。あのガキなんてどうでもいい」

「……矛盾してますよ。じゃあなぜそこまでして助けようとするんですか」

「うっせぇ。いいか、俺はあのガキを助けたいんじゃない。あのガキの信じてる『他人のために生きる』っていう考えをぶっ壊してぇんだよ。

何より気に入らねぇのは、『他人のために生きろ』って他人に強要しながら自分は私腹を肥やすような奴は心底気に入らねぇ。ぶっ壊してやる、あんな教団」

「完全に私欲じゃないですか」

「当然だろ」


 カルルはこの屋敷に入ってきたからというもののずっと変わっていない。

 一貫して『俺がやりたいようにやる』だ。

 彼の本質が悪人であれば悪いことにしか進まないが、ここ数日彼と関わってみて彼の本質がそうではないことは明らかだった。


「まぁでも、それがあんたらしいかもね」


 私の中で一つの考えが浮かんだため、ブランに一つの提案をした。


「ねぇブラン、今回の作戦にカルルを組み込んでもいいんじゃない?」

「なんだよその作戦って」


 作戦のことを聞いたカルルが椅子を揺らすのを止めて私に聞いてくる。


「どのみち私たちはあの教団に乗り込むつもりだったのよ」

「何?」

「あんたが孤児院であの神父から血の臭いがするって言ってたでしょ。気になって調べたら私たちが追ってたその教団と繋がってたみたいだったの」

「てかなんでお前らはあの教団を調べてたんだよ」

「私たちの目的はサバンの一族っていう……まぁ、私の家族なんだけど。それを助けに行くこと。あの教団はどうやらあちこちで生贄の子供を集めているらしいんだけど、どうやらその中にいるらしくて」

「あっそ。で?」

「目的は同じなんだから、あんたも手伝いなさい」

「あぁ?なんで俺がお前らと協力しないといけないんだよ。メリットは何だよメリットは」


 カルルが不満そうに声をあげる。

 しかしブランが待ってましたとばかりに前に出てくると説明を始めた。


「俺様はこう見えても色々できるゾ。戦闘、錬金術はもちろんのこと情報操作も容易にできル。つまりお前が多少暴れたところで隠せるわけダ。協力する理由は十分だロ?」

「……それは、そうだが」

「お前のような暴走魔族をそのままにしておくよりもある程度手元においといた方がリスクも少ないシ、なにより成功率も上がル」

「分かったよ。手伝えばいいんだろ手伝えば。だが、あくまで俺は俺の好きなようにするからな。ただの利害の一致であってお前らに従うわけじゃないことを忘れんなよ」

「ケッケッケ。ある程度譲歩してくれさえすればこちらも細かいことは言うつもりはないのダ」


 ブランは机の上に地図を広げてその上に立つと作戦について話始めた。

 つくづく思うがブランは自分の興味のないことにはとことん興味が無いが実験や作戦といった自分が好きなことになると途端に舞い上がって真剣になり始める。

 ある意味では普通の人間よりも人間らしいと言えるのかもしれない。


「サテ、作戦決行は今夜ダ」

「え、早くない?」

「いつ生贄を魔法陣に食わせようとするか分からン。最低でも夜までは準備が必要だが長くとるわけにもいかン。今夜が妥当ダ」

「なるほど、じゃあ私も準備するわ」


 私たちはカルルに事前に決めていた作戦の内容を共有しながら、必要なものなどを用意したりなど作戦に向けて準備を始めたのだった。

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