第34話 奉仕のために生きる者の行く末は
教会を訪れ、シスターに話を聞くとちょうどこれから授業の時間だというのでついていくと、教会の中にある大きな部屋で子供たちが椅子に座って授業の時間を今か今かと待ちわびている予数だった。
――そして、その子供たちに交じってカルルが座っていた。
「あの、なんで貴方も……?」
「あの魔術師の小娘に人間の文化ちゃんと学べって言われたんだよ。さもないと魔術師協会にかけあってお前を捕まえさせるとか脅してきやがる」
(そう言われて実力行使に出ず素直に従うあたり思いのほか真面目なのよね……)
そんなことを考えるとシスターが教卓につき授業を始めた。
****
けっ。何が勉強だ。俺みたいな天才は一度聞いたことや見たことを一回で覚えられるんだ。
こんなもんただの時間の無駄だっての。
「まずこの国の歴史から……」
歴史か。こういう話は城にいた時に教師に人間の国の文化だって散々聞かされた。
なんだったら隣の国の歴史だって人間が知らないような魔素の成り立ちとか錬金術師や魔術師が生まれた経緯の話すら知ってるぞ。
俺が教卓を乗っ取って授業してやれるくらいだ。
「計算のお勉強です」
随分とレベルの低い計算だ。まぁガキしかいねぇなら当然か。
こんなもん教えてもらえなくても感覚でできろよ。全く。
そんなことを考えていると、部屋に新しく入ってきた奴がいた。
「どうも皆さん。私はルチアーノ神父です」
神父ね。高そうな丸眼鏡つけやがって。それに随分と上等そうな聖職者の服まで。
ああいう聖職者は寄付がどうとかとか偉そうなことを言いやがるがそういうものを買う金で貧乏人を救ってみろってんだ。
そんなことを考えていると神父があれこれと話し始めた。
なんだこれは。神の教えかなんかか。心底どうでもよかったので俺はずっと聞き流していた。
「私は、世のため、人のために奉仕できる人間こそ素晴らしいと考えています。
そういった人は身分、立場関係なく必要とされるのです。
きっと神も自分のことしか考えぬ者より人のために生きることができる優しき人間をお救いになられます」
「良いこといいますねーあの神父さん」
魔術師の小娘は横でうんうんとうなづきながらあの胡散臭い教えを聞いていた。
当然、俺はそんな考えには興味ないので心底めんどくさそうに聞いていた。
何が他人のためだ。ばかばかしい。
しかし、神父が俺の横を通り過ぎた時、神父にあるまじき臭いがしたのを俺は見逃さなかった。
――血の臭いがした。
しかしそれは戦士のような返り血や自身の血にまみれた誇り高い臭いじゃない。
自分ではなく相手の血しか浴びない。そんな下衆で屑の血の匂いだ。
だが正直あの神父が実は悪者だろうが俺には関係のないことだ。
授業が終わった後、その神父は子供たちが生活している様子を観察していた。
しばらく観察を続けた後、神父が例の子供、テレシャに近づいて声をかけた。
「貴方、少しいいですか?」
「はい、なんでしょうか神父さま」
「素晴らしい。さきほどから観察していましたが、自分よりも他人を優先し奉仕する。その心、きっと神も見ていらっしゃるに違いありません」
「は、はい!ありがとうございます!」
「ぜひうちの子になってくれないだろうか?君のような奉仕できる人間を私たちを歓迎しているんだ。もちろん無理にとは言わない。一晩考えてくれないだろうか」
「は、はい……」
神父はそれだけ言うと特に他になにかするわけでもなく、教会の外に出てシスターや子供たちに別れを告げると馬車に乗って教会を後にした。
それを見送っていた小娘どもが俺の横に何やら話していた。
「あの神父の人ってああやってあちこちの孤児院で自分のところで働いてくれそうな孤児を集めてるのかしら?」
「そうみたいですね」
「……胡散臭ぇ」
俺がそう呟くと小娘二人は俺の方を見て頭に疑問符を浮かべていた。
「どこがですか。優しそうな神父さんでしたよ。子供たちにありがたいお話を聞かせてくれた上に孤児を引き取ろうだなんて。神父様の鑑じゃないですか」
「あいつから血の臭いがした」
「え?……血の臭い?」
奴隷の小娘が横で俺の言葉に驚いていた。
その一方で魔術師の小娘は楽感的な表情をしていた。
「心配しすぎですよ。実は動物の狩りと解体が趣味とかそういうのじゃないですか?」
「獣の血の臭いと人間の血の臭いの違いくらい分かるわ」
俺がそんな話をしても魔術師の小娘は気にも留めていないようだった。
さて、どうしたものか。
****
その晩、教会の中をうろついていると話し声が聞こえた。
聞き耳を立てると話しているのはシスターとテレシャだった。
「私……誰かの役に立ちたくて……神父様のところで頑張ればそれが叶えられるのなら、そうしたい」
「貴方がやりたいことを私は応援するわ」
「私……神父さまのところで働きたいです」
「頑張るのよ」
「………フン」
****
その翌日。
「お姉ちゃん!今までありがとー!」
「お姉ちゃん……本当にいなくなっちゃうの……?」
テレシャは神父の提案を承諾したようだった。
孤児院の子供たちに別れを惜しまれながら神父に馬車に乗せて連れていかれた。
正直、例えあの神父が悪党だったとしても知ったことじゃない。
あんなガキがどうなろうと……どうなろうと……
「……チッ」
そんなことを頭の中で反芻していたのにも関わらず俺は馬車の後を追いかけていった。
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