第32話 何のために生きるのか

 俺は仕方なくあの魔術師の小娘の言う通りにこの孤児院で仕事をしていた。

 くそっ。なんで俺がこんなことしなきゃいけねぇんだ。

 まさかあの小娘が魔術師だったとはな。

 流石に軽率すぎたか。

 いや、俺は好きに生きると決めたんだ。

 たとえリスクがあっても俺がそうしたいなら迷わずそうするのが正解だ。

 そう思えばこんな人間のガキ相手することくらい大したことじゃない。

 そんなことを考えていると俺より少しだけ背が高いガキが話しかけてきた。

 ガキは腰に手をあてて生意気そうな顔をしていた。


「なぁ、お前新入りだろ。ここじゃ俺が偉いんだ。大人しく言うこと聞けよ」

「あぁ?」


 なんだこいつ。この俺に向かって偉そうな口の利き方しやがって。

 まぁ確かに俺は吸血鬼としてはまだ若いから子供に見えるのは仕方ないかもしれないが。

 ……決して背が低いから小さく見えるとかじゃない。決してだ。


「うっせぇな。ガキは黙ってろ」

「なんだお前、生意気だな。俺は10歳だぞ」

「俺は219歳だ」

「ぶはっ、はははっ!ジジイじゃんか!」

「ジジイじゃねぇよ!」


 ガキとあろうものがこの俺を馬鹿にするとは。

 仕事なんて知るか。こいつを分からせてやる。

 俺はガキと取っ組み合いの喧嘩を始めた。


「はぁ……あの子。子供相手にムキになって……」


 後ろでシスターが呆れていたが俺は気にも留めなかった。


****


 そんな騒ぎを起こしつつ仕事をしていると、一人の人間の子供が目に入った。

 その子供は背丈は俺と同じくらいだった。人間の年齢でいうと12歳前後だろう。

 人間のガキになんて興味は無いが、そいつは子供のくせに周りの子供の世話ばかりしていたのが無性に気になった。


「おなかすいたぁ」

「私の食べていいよ」

「ありがとうおねえちゃん!」

「おねぇちゃん……これ手伝ってよぉ……」

「うん。いいよ」


 とても奇妙だった。

 周りの子供は自分がしたいように遊んで、飯を食って、寝てを繰り返してる。

 お菓子がもらえないとなったら駄々をこね、ほしいおもちゃがあれば奪い取る。

 そうだ、それが正しいはずだ。

 だがあいつは周りの子供のお世話をしたりしてばかりで自分は遊ばず、飯もほかの子供に分けて、休もうともしない。

 人間は自分勝手な生き物だと聞いていたはずなのに。おかしいじゃないか。

 俺はそれが気にくわなかった。だから聞かずにはいられなかった。


「おいお前」

「え、な、なに?」


 その子供は俺に話しかけられて驚いていた。


「あの……貴方は?」


「俺は仕方なくここで働かされている者だ。カルルっていう。まぁ細かいことは気にすんな」

「え、うん……」


 その子供はなにやら少し引いていたが俺は意に介さず質問を投げかようとしたが直前でシスターに肩を掴まれ止められた。


「貴方、また仕事が残ってますよ。エウロさんから貴方には仕事をさせるようにと言われてるので遊んでないで早く終わらせてください」

「何?俺は遊んでなんか……」

「子供たちと話したり喧嘩することのそこが仕事だというんです。はい、次は物置の掃除をお願いします」


 シスターは有無を言わさず俺のことを連れて行ってしまった。


****


 そのあとも倉庫の掃除をやらされたり子供たちの相手をさせられたり隙をみてサボったりしていた。

 しばらく働いていたらご飯の時間だとか言われて豆料理を渡された。

 正直人間の作る飯ってものは口に合わない。(お菓子は例外だが)

 豆料理……こんなもんのどこが旨いんだ。人間の感覚はよく分からねぇな。食い物なら肉で、飲み物なら血。この二つだろうが。


「……ん?」


 さっきの世話焼きの子供が誰も見ていないような建物の端のところでうずくまっていた。

 心なしか苦しそうな表情をしている気もする。

 するとこっちまで聞こえるような大きな腹の音が聞こえた。

 まさか、自分の分の食べ物を分けすぎて腹が減ってんのか。

 あまりにも馬鹿だなやつだ。

 俺は呆れながらもそいつに近づいて声をかけた。


「おい」

「な、何?」

「ほらよ」


 俺は手に持っていた豆料理の乗った皿を渡した。

 その子供は目線を皿と俺の顔の間を行き来させた後、遠慮するような顔をした両手をふった。


「い、いいです。分けてもらうなんてそんな……」

「何言ってんだ。俺は豆料理が嫌いなんだよ。俺は豆料理を食わずに済む。お前は飯が食える。お互い得するだろ」

「……ほんの少しでも感謝した私が馬鹿だった」


 悪態をつきながらも子供は俺の渡した皿を受け取って食べ始めた。


「お前、名前なんつーんだ」

「……テレシャ」

「お前、他人に飯分けてばっかで自分が一つも食ってなかったら意味ないだろ」

「ここは経営が厳しいのよ。ブラン様がある程度支援してくださっているとはいえ、借金もある。そのせいであんまり食べ物も買えないの。でも皆おなかがすいて可哀そうで……」

「自分のことは可哀そうじゃないのかよ」

「このくらい、少し我慢すればいいだけだから」


 理解不能だった。

 他人に貸しを作ることの気分の良さという意味では他人のために何かをすることは俺でも理解ができないことはない。

 だがこいつは本当の意味で他人のために生きてる。

 それによって自分の得があるどころか損をしている。

 なんでそんな面倒くさい生き方をしなきゃいけないんだ。


「お前な、そんな他人ばっかのために生きてて楽しいのかよ」


 俺がそう聞いてもそのテレシャとかいうガキは質問の意味が分からないといった顔をして首をかしげていた。


「誰かのために何かをしてあげるのは当たり前のことじゃないの?」


 当たり前?はっ。子供のころからそうやって教え込まれたのか。

 くだらない。実にくだらない。人間はそうやって少しずつ騙していって他人を奴隷のように扱っていくことをしてきてるのを俺はよく知ってるぜ。


「お前は一生誰かのためにずっと生き続けるのか?世の中はお前みたいな奴が損をするようにできてんだよ」


 俺が一蹴してやるとテレシャはむっとした顔をした。


「何よ貴方、一方的に話しかけてきてそんなこと言って。私のことを何にも知らないくせに」

「あぁ?」

「私は、小さいころにお父さんお父さんが死んじゃって、ここに助けられたの。

 シスターや孤児院の皆に助けてもらったから、恩を返すために働くの。それの何がいけないっていうのよ」

「意味分かんねぇ。そうやって一生搾取され続けんのか?」


 ああだこうだと言っているとそいつが思いっきり俺の頬を叩いてきた。


「うるさいなぁ!そもそも貴方には関係ないでしょ!もう話しかけないでよ!私は忙しいの!」


 テレシャはそう言い返すとそのまま建物の中に入っていった。


「て、てめぇ!人がせっかく……」

「ちょっと待った」


 言い返すために建物の中に向かおうと思った時、後ろから肩を捕まえた。

 後ろにはラーラってやつと魔術師の小娘が立っていた。


「今のはどう考えてもあんたが悪いでしょ」

「そうです」


 くそっ、邪魔くせぇ。なんでこいつらは俺の邪魔ばっかりするんだ。


「いやまぁ、あんたの言うことはほんのすこぉぉぉしくらいは理解できないこともないけど、それを突然女の子に押し付けるのはよくないわ」


 人間社会の常識なんて知らん。

 俺は気になって思ったことを言っただけだ。

 それの何が悪いってんだ。


「あとで謝りなさいよ」

「なんでだよ」

「謝りなさい」

「なんで……」

「あ・や・ま・れ」

「………」


 こいつの機嫌を損ねると血がもらえない可能性がある。

 俺も欲しいもののためなら多少の我慢はしてやる。

 別にビビったとかじゃない。決してだ。



 あのテレシャとかいうガキを探しに教会内をうろついていると、一人で寂しそうに外のベンチに座っていた。

 俺はゆっくりと近づいて声をかけた。


「おい」

「……何?まだ何かあるの?」

「ちげーよ、謝りに来たんだ。さっきは悪かったよ。最近この町に来たばかりでイライラしてたんだ」

「ふーん」


 俺はテレシャの横にどかりと座り込んだ。

 するとテレシャは俺の顔や恰好をじろじろと見始めた。


「そういえば、貴方ってここらじゃ見ない顔してるし肌の色も少し変わってるわね。遠いところから来たの?」

「あぁ、森に囲まれたとこにある城の中だ」

「お城?貴方の家って凄いお金持ちなのね」

「ある意味な。だがつまんねーところだ。伝統だとか歴史だとか偉そうなこと言って俺のことを縛り付けようとしやがる。挙句の果てには一族のために生きろだとよ。クソくらえだそんなもん」

「それが嫌で抜け出してきたの?」

「そうだよ」

「そのせいでそんなに我儘な人間になってるのね」

「我儘で何が悪いんだよ。その方が楽しいだろ」

「でもね、自分のために生きてるばかりじゃ限界が来るの。だから私は皆のために生きる。それがきっと自分のためにもなるの」

「……そういうもんかね」

「それじゃ、私はもう行くわね」


 そういってそいつは立ち上がって建物の中に戻っていった。

 俺はその場で座ったまま考え込んでいた。


「……子供のくせに」


 なんであんなに小さいくせにあんなにも大人ぶってやがるんだ。


 そのあと、子供の相手をしたり掃除をしたり……は途中で嫌になったので物を運んだり傷んだ壁を修理したりと力仕事をやり始めていた。

 力仕事をさっさとやった後は屋根裏に隠れて休んだりしていた。

 どうせ二日間だけだ。何百年も生きる俺たち吸血鬼にとっては二日なんて一瞬だ。

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