第31話 言い争いは同じレベルの者同士でしか起こらない
どういうことだろうか。この吸血鬼の目的が私とは。
その言葉を聞いたエウロとブランがあからさまに不機嫌な顔をした。
最初にエウロが私に抱き着いてきてカルルに対して文句を言い始めた。
「ちょ、ちょっと!吸血鬼は人間とは交配できないはずでしょう!?ラーラさんは渡しませんよ決して!」
次にブランが私の横でふよふよと浮かんで文句を言い始めた。
「そうだそうダ。こいつを手に入れるのにどれだけ苦労したかと思ってル。
そんな貴重なサンプルをお前なんかにやれんナ」
エウロとブランはそれぞれ解釈が違うようだった。
カルルの目的は分からないが吸血鬼が人間に恋するなんて聞いたこともないし、ブランみたいな実験好きな錬金術師の類にも見えないし、どちらの予想も見当違いなことは間違いなさそうだ。
「はいはい二人とも落ち着いて。それで、私が目的っていうのは具体的にどういうこと?」
色々と面倒くさいので二人を制止しつつ質問を投げる。
カルルはふふんと笑いながら話し始めた。
というかなんでこいつは他人の屋敷の中でここまで自信満々になれるんだろうか。
「お前の血が普通の人間の血と違う気配がしたんでな。血をもらおうと思ってな」
血が欲しい、か。吸血鬼ならその要求は自然ではある。
でもなんだろうか、既視感があるような気がしてくる。
カルルの要求を聞いたエウロがさらに前に出て話し始めた。
「ちょっと待ってください。吸血鬼は人間側との協定により人間側が提供した血のみ飲むことが許されていますが、それを無視して個人に血を要求するのは協定違反です」
「そんなん知るか。あんな堅苦しい協定、クソ食らえだ。俺は飲みたい時に飲みたい人間の血を吸うんだよ」
「ていうかそもそも、吸血鬼は吸血鬼領から出てくる時は事前に申請を……」
「うっせぇ!さっきから協定だの申請だの、そういうかたっ苦しいのが俺は大嫌いなんだよ。俺は俺がやりたいことをやって、自分の好きに生きると決めて出てきたんだ。今更そんなもんに縛られてたまるかってんだ」
『自由に生きる』それが彼がこんな人間の国にまで出てきた理由か。
彼の態度があまりにも独善的すぎるので吸血鬼は皆そういうものなのかと思ったが今の言動から察するに彼のこの傲慢さは彼だけの特徴なようだ。
「お前の目的は分かっタ。だがひとまず……」
ブランは指を鳴らすと掃除する人が着るようなエプロンやバンダナを天井から落とした。
「部屋をボロボロにした責任は取ってもらおウ。直セ」
「はぁ!?俺がなんでそんなこと……」
「負けたからには言うことを守るんじゃなかったのカ?」
「前言撤回だ!いくら負けようが何しようが人のために働くなんて死んでもしてたまるか!」
往生際の悪いことに今になってカルルは仕事を拒否しだした。
自分のために生きたい。その考え自体は否定しようとは思わないが自分のしたことの責任くらいは取ってほしい。
「……典型的なダメ人間ね」
私は心底呆れながらそう呟いた。
「いーやーだぁー!」
「そんな子供みたいなこと言ってないで、自分がやったことにはきちんと責任を持ってください!」
そうこうしているうちにエウロがカルルを引っ張って何とか後片付けと修理をさせようとするがカルルは永遠とだだをこねていた。
するとブランがエウロに近づいてきて肩にてを置いた。
「ナニ自分はやらせる側ですみたいな顔してんだお前ハ」
「え?」
ブランのその言葉を聞いてエウロは地面に置かれている掃除のためのエプロンとバンダナ、掃除道具がそれぞれ二つずつあることに気づいた。
「ちょ、ちょっと待ってください。二つあるってことは、私もですか!?」
「そもそも壊したのお前だろがイ。はよやレ。殺すゾ」
「うぅ……はい……」
エウロは大人しく掃除のための服を着て掃除を始めた。
カルルはようやく観念したのかエウロにつづいて渋々と掃除を始めた。
自業自得とはいえ流石にかわいそうなので私も手伝うことにした。
「ったく……なんで俺が働かなきゃならねぇんだよ……」
カルルはぶつぶつと文句を言いながらもなんだかんだまじめに仕事をしていた。
急に窓割って入ってきて血をよこせと主張してきたときは驚いたが根はそんなに悪い奴じゃなさそうだと思った。
そんなことを考えているとカルルは懐から取り出したクッキーを貪っていた。
――待てよ、あのクッキーってもしかして……
「あー!それはさっき私が持ってたお菓子!」
「あ?今更気づいたのかよ」
あの瞬間移動のような素早い動き……
ということは、お菓子もあれで奪ったのか。なんという能力の無駄遣いだろうか。
ていうか、孤児院の時から私たちの後をつけていたということか。
呆れながらも私は掃除の続きを始めた。
****
「よし終わったな。お前、大人しく俺に血をよこせ」
空いた壁を修理し割れた窓を直してあらかた掃除が終わった後、カルルは無理やり着させられたエプロンとバンダナ、掃除道具を壁に投げ捨てると待ってましたとばかりにカルルは血を要求してきた。
どうして私の周りにはこうも血を要求してくる人が多いのだろうか。
「うーん、ブランが許すかなぁ……」
「少しで良いんだよ少しで。吸血鬼は相手が死ぬまで吸うなんてことはしねぇもんなんだよ」
「そんなこと言われてもな……」
悩んでいると掃除が終わったばかりでエプロンとバンダナをつけたままのエウロが話に割って入ってきた。
「待ってください。貴方にはまだ仕事があります」
「あ?なんだよお前」
「そのお菓子を盗んだ分は働いてもらいますよ」
エウロはそのままカルルを引っ張って外に出て行った。
エウロがカルルに何をさせるつもりなのかは分からないが心配だったので私もついていくことにした。
****
エウロの向かおうとした場所はどうやら教会だったようだ。
教会の孤児院にたどり着くと再びシスターさんが迎えてくれた。
エウロは孤児院までカルルを連れてくると驚きの一言を放つ。
「一週間、ここの孤児院で働いてください」
「はぁ!?言っただろ!俺は自分のやりたいようにやるんだ。他人のために何かするなんて……」
「お菓子、貴方盗みましたよね。私は魔術師協会とコネがあります。貴方が吸血鬼領から抜け出したことを告発してもいいんですよ」
「ぐっ……てめぇ、卑怯だぞ!脅しなんて!」
「お菓子盗んだ泥棒がそれを言いますか。私はどっちだっていいんですよ」
エウロとカルルは向かい合って火花を散らしながら言い争いを始めた。
この二人はどうやら性格的に相性がすこぶる悪いようだ。
「一週間はなげーよ。一日だ!」
「舐めてんですか。その程度で貴方の罪が消えるとでも?」
「たかがお菓子だろうがよ。てめぇこそ舐めたこと言ってんじゃねぇ」
「塵も積もれば山となるですよ。貴方が盗んだお菓子の量を考えれば一週間でも短いくらいです」
「うっせぇ。屋敷の掃除だけでも屈辱だってのにこんなガキだらけの場所で働くなんてしてたまるか」
「全く、貴方のような傲慢な吸血鬼がいては吸血鬼全体の品格に関わるというものです」
「んだと?」
なんとかエウロとカルルの言い争いの仲裁をしつつ交渉して、私がある程度お菓子代金の補填をするということでカルルの働く日数は二日間ということで譲歩させた。
カルルも納得はしていないようだったが二日さえ働いてくれればブランに血のことを交渉してみるからと言うと渋々納得したようだった。
こうしてカルルはエウロの依頼、というより脅しにより孤児院で二日間働くこととなったのだった。
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