第30話 侵入者
「戻ったカ」
ブランが机の上に寝そべりだらだらしながら私たちを待っていた。
いつもは何かしら食堂に実験道具を並べたりして楽しそうに実験しながら出迎えてくれるのだが、今日はやけに不機嫌そうだった。
エウロに実験の機会を奪われたのがよほど嫌だったのだろうか。
「ンデ、どうだっタ」
「どうでした?奉仕活動こそ人の幸せということが分かったでしょう?」
ブランは頬杖をつきながら心底興味なさそうに、エウロは目を輝かせながら今か今かと私の回答を待っていた。
「確かに凄くあったかい気持ちになったけど……」
「けど?」
「……なんか、集落の子供たちのことを思い出して少し憂鬱な気分になっちゃったなぁ」
それを聞いたエウロが衝撃のあまり凍り付いていた。
後ろで聞いていたブランは口をぱかぱかと鳴らしながら笑い転げていた。
「駄目じゃねぇカ」
「で、でも奉仕活動自体は悪くなかったでしょう!」
「ケッケッケ。いくら御託を並べたところで実験とは結果が全てなのダ。お前の提案は無駄だったということだナ」
「無駄なんかじゃありません!そもそも貴方の自分の考えを一方的に押し付けるようなやり方じゃとてもラーラさんを幸せになんかできませんよ!」
「ケッケッケ。お前がそれを言うカ。『奉仕活動こそ幸せ』という考えを一方的に押し付けていたような気もするがナ」
「ぐぬぬぬ……人の揚げ足を取るのはよくないです……!」
エウロが怒りのあまりブランにつかみかかりそうになっていたので私はエウロの肩をつかんで引き寄せて止めた。
「いやいや、エウロが悪いわけじゃないから。ごめんって。奉仕活動自体は凄く有意義で楽しかったわよ」
「そ、そうですよね……」
私の言葉を聞き落ち着いたエウロは近くの椅子に座って休め始めた。
ブランが話に飽きてどこかに消えないうちに重要な話を終わらせておこうと思い私は口を開いた。
「方針をそろそろ立てないと。次に行く場所は決まってるの?」
「当然だネ。椅子にでも座ってアタシの計画を聞くがいいサ」
ブランは偉そうな口調でそう言うと机の上に大きな地図を広げた。
手に木の枝を持ち、それで地図を指しながら説明を始めようとする。
「次に行くのハ………」
しかし話を始める前でブランが何かに気づいたような顔をして屋敷の庭のある方角を向く。それに加えて何か舌打ちのような音を立ててとても不機嫌そうだった。
彼がこうした表情をした時は彼にとって都合音悪い出来事が起きた証拠である。
私は慌ててブランに問いかけた。
「何かあったの?」
「侵入者ダ。シカモ、見張りの人形がやられてル。かなりの手練れだナ」
侵入者。それを聞いて私は目を見開く。
これまでこの屋敷に侵入者が入ったことなんてなかった。
というかそもそもこんな屋敷に入って何かを盗もうと思うもの好きがいないだろうという先入観もあったのだが。
そして何より人形がやられたということ。
これまでの戦いを見ている私にとってはブランの人形の強さは周知の事実。それが破れたということは信じ難いことだった。
「賊に遅れを取るような雑魚を配置した覚えは無いのだがネ。ケッケッケ」
「ど、どうするの?」
「慌てるナ。配置してるのは一体じゃなイ。あちこちに伏兵ガ……」
ブランが自慢げに言いかけた瞬間、ガシャンと大きな音を立てて、窓が割れて破片が食堂の上に散らばった。
よく見ると破片だらけの食堂の机の上に小さな影がいるのが見えた。
「ラーラさん、下がって!!」
割れた窓から日の光が差し込み、小さな影を照らす。影の正体を恐る恐る見ると、正体は人だった。
しかし、通常の人とは違う。背丈こそ小さいが、透き通ったような白い肌と、仄かに赤みがかった銀色の短めの髪をしており、何よりも違うのは、後方を貫くかのようにとんがった耳だった。
「いてて……まさかこんなに人形があちこちに配置されてるとはな。ん?お前らは……」
侵入者の姿が少しずつ見えてくる。
世の中の常識に疎い私でもそれが何者かは予想がついた。白い肌、長い耳、鋭い牙を持つ、御伽噺でしか見たことが無いような人間とは違う、魔族と呼ばれる種族の一つ。
「……吸血鬼!?」
それに気が付いたエウロは驚愕の表情を浮かべる。
しかしそれは一瞬のことでエウロはすぐに杖を構え魔素を圧縮した魔力弾を形成し吸血鬼に向かって放つ。
だが机の上に立っていたはずの吸血鬼の姿が一瞬のうちに消え、まるで瞬間移動でもしたかのようにエウロの後ろに回り込んでいた。
「早っ……!」
「遅い」
吸血鬼はエウロに攻撃を仕掛ける……かと思いきや、足払いをしてエウロをその場に転ばせた。
エウロはその場に倒れこんで額のあたりを軽くうっていた。
それをみながら吸血鬼はけらけらと笑っていた。
エウロはもう一度魔力弾を放つもあっさりと避けられる。
何度も放ち続けるも当たらない。
「こんの……!」
エウロはだんだんムキになってきて大きな炎の魔術を杖に込め始める。
「ちょちょっとエウロ!さすがにそれは……」
私の静止も耳に入らないようでエウロはそのまま炎の魔術を放とうとする。
しかし、放つ直前のところでブランが指をふりエウロと吸血鬼を二人とも糸でぐるぐる巻きにして拘束した。
「何っ!?」
「あぐっ!?」
ブランはふよふよと浮かび上がり、エウロの顔の目の前まで移動し、こつんとおでこを叩く。
「ちょっと待ってください……!その生意気な吸血鬼に一泡吹かせ……」
「オイオイオイ、オイオイ、オイ。お前、ここが誰の屋敷か忘れてないカ?この屋敷の状態を見てみロ」
「あ……」
天井、壁、窓など屋敷のあちこちに魔力弾でできた穴が開いており、まるで蜂の巣のような惨状になっていた。
それを見た瞬間我に返ったかエウロはバツが悪そうな顔してそっぽを向く。
「あ、あーっとこれはその……」
「マァそれは後にしよウ。オイ吸血鬼。お前は何ダ。何故この屋敷に入っタ」
吸血鬼は少し不満そうな顔をしながらも大人しくしていた。
「チッ。俺を捕まえるとはやるな。大人しく話すからこの変な糸解けよ」
「逃げるだろお前」
「吸血鬼は高貴な一族だ。負けたからには言うとおりにする」
ブランは疑いながらも糸を解いた。
吸血鬼はぱっぱと埃を払うと何故か食堂の長机の上に乗り腕を上に伸ばしてびしっとポーズを決めて自己紹介を始めた。
「フッフッフ、聞いて驚け。俺は吸血鬼だ。
俺は由緒正しき吸血鬼の一族に生まれた、カルルリス・ハーデス・ヴァルナリアだ!周りの者はみなカルル様と呼ぶ。特別にお前らも俺のことをそう呼ぶことを許してやろう」
――なんなんだろうこいつは。
吸血鬼って皆こんな風に痛々しい奴らばかりなのだろうか。
ブランは心底興味なさそうに、エウロは心底機嫌が悪そうに、私は心底呆れた表情をしてその姿を眺めていた。
思ったよりも反応が悪いと思ったのかカルルは首をかしげていた。
「なんだ、お前らみたいなちんけな奴らじゃ姿を見ることすら許されないというのに、もっと喜ぶとかしないのか」
「吸血鬼を見て恐れることこそあれど、喜ぶことなんてよほどの吸血鬼好きでもない限りしませんよ」
エウロはため息をつきながら呆れていた。
カルルと名乗る吸血鬼の方はというと、なぜ呆れられているのか納得できていない様子だった。
「なんでだ?おかしいな。吸血鬼は人間の国じゃ見られないとか言ってたから喜ばれるかと思ってたんだが」
話がおかしな方向に向かいそうだったので私はしびれを切らして本題に戻した。
「というかそんなことはどうでもよくて、貴方の目的は?」
「目的か……それはな……」
カルルはびしっと私の方を指さした。
「お前だ」
「え、私?」
「ハ?」
「え?」
それを聞いたブランとエウロは口をぽっかりと開けながら呆然と立ち尽くしていたのであった。
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