第27話 人形錬金術師と星の魔術師
村の診療所へとたどり着くころにはすっかり夕方になっていた。
エウロの怪我を見せ、エウロは診療所で数日間休むことになった。
体に大きな怪我はなかったが念のため私とロナも同じ日数診療所で休むすることになった。
村の小さな診療所だったのでベッドの数も少なかったのだがエウロの村への貢献もあり快く休ませてくれた。
数日後、目を覚ますとロナとエウロが診療所のベッドにいなかった。
話を聞くと村のアトリエに戻ったと聞いたので私は急いで向かった。
アトリエを訪れるとエウロは私が初めてこの事務所に訪れた時と同じように椅子に腰かけていた。
「ようこそ。あぁ、ラーラさんでしたか。」
「お見舞いに来た。あんまり休んでないみたいだけど大丈夫?」
「命に関わる怪我でも無かったですし、治療もしてもらいました。大丈夫でしょう。まぁ、流石にしばらくは体を休めますが」
自己犠牲の考え方を少しは改めてくれたかと思ったが自分の体の扱いはまだまだ雑なようだった。
正直もう少し自分の体を大事にしてほしい。
「そういえば、ロナのこと手伝ってくれたけど料金とかはいいの?」
「必要ないです。私はあくまで慈善でやっているので」
「でもそれじゃ生活できないんじゃ……」
「魔術師の協会からお金は貰っているので大丈夫ですよ」
「そうなんだ……ならいいけど。」
「それと……お礼を言わせてください。」
「え?」
エウロは椅子から立ち上がるとこちらに向き合い深々と頭を下げた。
「今回のことで、自分の愚かさが身に沁みました。
ラーラさんのおかげで大事なことに気が付きました。
二人がいなければ、私はあの魔獣に勝ててはいなかったでしょう。
ありがとうございました。」
「い、いやいや……私の方こそ邪魔になってた気もするし……」
「そんなことはありません。二人のおかげです」
エウロの「二人」の言葉を聞いてロナのことを思い出す。
ロナは一体どこに行ったんだろう?
「そういえばロナは?診療所にいなかったんだけど」
「ロナならそこに」
エウロが指をさした場所を向くと、ロナが大きな寝心地の良さそうな長椅子で熟睡していた。
「ロナ……何してんの……」
「構いませんよ。減る物じゃないですし」
どうやら魔術に元々興味があったロナは診療所で話を聞いてアトリエを見に来たいとせがんだらしい。
今日はずっとエウロから魔術の話や魔術の触媒について見たり聞いたりしているうちに疲れて眠ってしまったみたいだった。
ひとまずは二人とも元気そうなことを確認できたので私はそのままアトリエの外へ出た。
屋敷への帰り道。
洞窟で言い合って以降姿を見ていなかったブランが突然現れ、私の頭の上に乗っかって高級な椅子にでも座っているかのような偉そうな態度で足を組んで座り込んできた。
「ケッケッケ。大変な目にあったようだナ」
「ブラン!今まで何してたの!」
「まるでアタシが仕事をしてなかったかのような口ぶりだナ。
急いで結界に穴を開けてお前たちの脱出の手助けをしてやったというのニ」
「ということは、魔獣の背中に飛んできた糸の槍と、結界に少し穴があいてたのは……」
「両方ともアタシだネ。あの小娘に誤魔化しといてくれたカ?」
「できるわけないじゃんそんなの……私が下手に言い訳してもぼろがでるだけだって……」
ブランは笑いながら私の話を聞くばかりだった。
「あんた、自分の正体が露呈しないためとかいいながら結局自分の正体ばれるようなことばかりしてるけどいいの?」
「物事には優先度というものがあル。アタシの正体がばれたところで口を封じればいいだけダ。だがお前の命は代用が効きづらイ。それだけのことダ」
確かに、あそこでブランが一撃を喰らわせてくれなかったら魔獣は倒しきれてなかったかもしれない。
あれだけの結界に頑張って穴を開けてまで助けに来てくれたことを大人しく感謝しておくことにした。
……私たちのことを「代用」とかいう言い方をしてくるのが少し気に食わないけど。
「あんたって町の人たちに薬売ってたりするみたいだけど、人間のための何かしたいとかいう考えはあるの?」
「無いナ。町の人間に好かれていた方が研究もしやすイ。ただそれだけダ」
エウロみたいに自分を犠牲にしてまで人のために尽くすのはやりすぎだと思うが、ブランのように自分の欲求のことにしか興味が無いのもどうかと思う。
どっちも極端なのよね……
「ああいう心の底から世のため人のために頑張ってる人もいるのよ。
見習ってほしいわ。……ブラン?聞いてる?」
「…………」
さっきまで饒舌にしゃべっていたはずのブランが急に真顔になった状態でぴくりとも動かなくなった。
私はブランの頭のあたりを右手の指でつついたりしてみるが何の反応も示さない。
そんなの私の話に興味がないというのか。
「ちょっと、何急に無視してんの。人形のふりして黙ろうったってそうはいかな……」
「ラーラさん。さっきから誰と話しているのですか?」
「うわぁっ!?え、エウロ!?なんでここに!?」
後ろから誰かに話しかけられた。
その声の主はエウロだった。
私は驚いてしまい飛び上がった。
「少し外の空気を吸いに出たらラーラさんの大声が聞こえたもので。一体誰と話しているんですか?それ、人形……に見えますが」
エウロは私の頭に乗っているブランを指さして顔をしかめる
「こ、これはその、わ、私人形とお話しするのが好きで……」
「まさかとは思いましたが、その人形がブランなのですね。」
「……え?」
エウロのその言葉を聞き固まってしまう。
ブランは無表情の状態からやれやれと言った表情に変わり、私の頭からひょいと浮かんでいつもの調子に戻った。
「なんだお前。気づいてたのカ。ケッケッケ」
エウロは真剣な顔つきでブランに対峙する。
「あの時白い槍を魔獣に放ったのは貴方ですか?」
「そうダ」
「貴方は何者ですか?」
「名前はよく知っているだろウ。世界で五本の指に入る偉大な錬金術師。ブランケウン・ミードルだ」
「やはりそうだったんですね」
ブランは誤魔化すのが面倒くさくなったのかエウロの質問に正直に答えていく。
しかしエウロはどうしてあの時攻撃したのがその人形だと気づいたんだろうか。
私はエウロに質問を投げかける。
「でも、なんで槍を放ったのがブランだって分かったの?」
「魔術痕ですよ」
「魔術痕?」
「魔術を使うとその場に痕跡が残ります。足跡のようなものです。
その痕跡を分析すればある程度その魔術を使った術者が特定できるんですよ。と言っても、高い技術があれば隠蔽もできるですが。
あの場所での魔術痕とのつながりをその人形から感じたので」
そういうことだったのか。
今回、ブランは私たちの救出を優先したため「自分の力と正体に気づかれないようにする」ことを重きに置かなかったせいでエウロにブランの正体が気づかれてしまった。
エウロの立場からしたらブランは領主を手にかけた容疑者なわけだし、一体どうするつもりなんだろうか。
気になっているとブランが再び口を開いた。
「俺様のことを、上に報告するかネ?」
「それはどっちのことでしょうか。領主殺しの犯人が貴方である可能性が高いことか、ブランという錬金術師の正体が人形であることか」
「サテ、どっちもアタシには何の話か分からんネ」
「前者は状況証拠はあっても決定的な証拠はどこにもありません。
後者に関しても貴方が人形であることもいくら口で言ったところで信じてもらえるわけがありませんし。
上にはただ、領主殺しのあの魔獣である可能性が高いこと。その魔獣の特殊性について。その魔獣を倒したことだけ報告します」
「そりゃ助かル。訳の分からない疑惑をかけられたらたまったものじゃないからナ。ケッケッケ」
ブランは相変わらずの調子で煽りを含めた口調で話を続ける。
しかしそんな話し方ならほとんど罪を認めるようなものだ。
もう少し全く身に覚えがないくらいの演技をすればいいのに。
「あんたさっきからわざとらしすぎない?
その物言い、全部実は私が犯人ですって言ってるようなもんじゃない。」
「サテどうかナ。ケッケッケ」
「そのさてどうかな、ってやつむかつくからやめて欲しいんだけど……」
「サテどうかナ。ケッケッケ」
「煽ってんでしょあんた……」
「……ぷっ、ぷあははははは!!」
私とブランの口喧嘩を見ていたエウロが目の前で笑い出した。
彼女がこんな表情を私たちの前に見せたのは初めてだったので思わず驚いてしまう。
「貴方たち、本当に奴隷と主人なんですか?
はたから見たら子供同士のじゃれ合いにしか見えませんよ。」
「え?い、いや私子供とかじゃないし。」
「その物言い自体が自分を子供と認めてるようなものだナ。ケッケッケ。」
「人の揚げ足を取るのは良くないと思うけど……!」
私はブランの煽りに再び口喧嘩しそうになったがエウロが構わず話を続ける。
「私はブランという錬金術師を誤解していました。
町の人たちの機嫌ばかりとって、姿は見せず、怪しい研究ばかりやってる裏で犯罪を犯している悪い錬金術師だと思っていました。
この件が終わったらラーラさんを貴方の元から助け出そうと思っていましたが、ラーラさんとそれだけ対等に仲良く話しているところを見るとただの奴隷と主人、錬金術師と実験台のような非道な関係じゃないみたいですね。」
「そ、そうかな。……別に仲良くはないけど」
「引き続き、あなた方のサバンの一族探しには協力しますから、何かあったら遠慮なく言ってくださいね」
そう言うと、エウロは自分のアトリエへと戻っていった。
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