第25話 一か八かの作戦
私たちは魔獣が近づいてくるのを見て準備を始めた。
私は横にいるロナに声をかける。
「ロナはあの大きさの魔獣を引き付けたことはあるの?」
「………狼くらいの魔獣なら何度かあるけど……流石にあんなのは無いよ……」
そう呟くロナの手は小さく震えていた。
……そうだ。一人でもここまで生き残れたとはいえまだ村の子供。不安なわけがない。
私がここで堂々としないでどうする。
「ロナ、きっとあなたならできる。任せたよ」
「……うん!」
手に持っている小さな杖をロナに向け、小さな声で呪文を詠唱する。
するとロナの周囲にオレンジ色の半透明の防壁で包まれた。
「防壁魔術を張りました。それが破られたらその時点で引いてくださいね。絶対ですよ!」
「うん」
「分かった」
ロナは慣れた動きで近くの木の上へと登っていくと、枝に腰かけて幹にもたれかかりながら弓を引き、魔獣が動き出すのを待つ。
魔獣はある程度目が回復したのか、それとも鼻を頼りにしているのかは分からないが少しずつこちらへと向かってくる。
ロナは静かに魔獣が近づいてくるのを待ち、弓矢で刺激し注意を引く。
放たれた矢は厚くて硬い表皮に弾かれてしまったが、魔獣はロナの方へと向かって動き出した。
ロナは枝から飛び降り地面に足をつけると魔獣とは反対の方向に向けて走り出した。
しかもその速さは魔獣と同じか、少し早いくらいのスピードだった。
――そうか、私がエウロを背負って走っていたのに合わせていただけでロナの全速力はあの速度なのか。
私はロナの潜在能力に感心しつつもエウロを高台の場所へと運び、その場に座らせた。
「本当に……大丈夫でしょうか……」
「ロナのこと?あの速さを見たでしょ?それに、貴方が魔術をかけてくれたし、きっと大丈夫よ」
「そうだと……いいんですが………」
ロナは道や木と木の間を縫うように走り、魔獣に追い付かれることなく走り続け、あたりを一周して戻って来た。そしてエウロがいる高台の真下の場所まで魔獣を引き付けた。
エウロがその様子を見て杖を構え始めた。
(土、炎、風を重ね掛けすることで、巨大な魔術の槍を作り出し、敵に向けて発射する魔術。しかし、複雑さ故にまだ未完成。でも、やるしかない)
「一発目……!槍魔術!」
杖の先端が土色に光り、更にその周りを炎と風が包み込むようにして集まっていく。
そしてエウロが叫ぶとその光は土で出来た槍の塊へと変化し、前方に向けて勢いよく射出された。
轟音が鳴り響き槍が当たった地面が割れる。
エウロの放った槍の魔術は魔獣の体を大きく逸れ、地面に突き刺さっていた。
「くっ、やはり操作が……あと二発しか…………」
エウロが必死にもう一度魔術の準備を始めた。
ふとロナの方を見るとエウロの放った槍によって起こった地響きのせいで地面に倒れてしまい動けなくなっていた。
そして運の悪いことにロナの方に魔獣が少しずつ近づいてきていた。
「ま、まずいです!魔獣がロナさんのすぐ近くに……!」
「どうしたら………」
私はどうすれば考えながら高台の崖の端まで体を乗り出す。
「……あっ!?」
「ら、ラーラさん!?」
しかしさっきの衝撃で足場がもろくなっていたようで足場が崩れ、下に落下してしまった。
怪我をするかと思ったが地面にぶつかる直前でやわらかい何かに弾かれ地面に叩きつけられることなく着地できた。
なんとか立ち上がり目を開くと、目の前には巨大な魔獣がいた。
「……あ、さっきのやわらかいのって……これか」
私はのんきにそんなことを呟いているが、ただでさえ苛立っている魔獣が刺激を受け、今度はロナではなく私の方向に向けて動き出そうとしていた。
これは……まずい!!
私は考える間もなく必死に駆け出した。
後ろから魔獣が追いかけてくる。死が迫ってくる。
なんで……なんでこうなるの。
怖い。あの時と同じ怖さが蘇ってくる。いや、あの比じゃないかもしれない。
ふと頭の中でロナの顔が浮かんだ。そして、お父さん。アンナ。集落の皆。
そうだ、私より年が下のロナでさえも震えを堪えながら必死に囮役を引き受けてくれた。
……私がここで頑張らなくてどうするんだ!
「ぐぅぅう!私は絶対に家族を救ってやるんだからぁぁああ!」
心なしかさっきよりも魔獣の速度が落ちているような気もする。
もしかしたらあれだけ暴れまわったのだから疲れたのかもしれない。
これでもう一周できれば、もう一度エウロが魔術を使う時間が作れる。へし折れそうな足をなんとか動かしながら私は必死に走り続けた。
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