第24話 作戦開始

 全員が洞窟へ戻って来た後、魔獣をどうするかについての話し合いを始めた。

 ロナが地面の岩に簡単にこの辺りの地図を書いてくれたので、私はそれを眺めながら試行を巡らせていた。


「森から出るための道はこの方向しかないの?」

「この森は岩場に囲まれていて歩ける道も少ないんです。一応遠回りしたら他の道もあるんですが……距離が遠い上にそっちはもっと危険な魔獣に出くわす危険もあります」

「じゃあこの道を通るしかないってことか……」


 どうにかしてその道から遠い場所まで誘導できればその間に森の外に出られる。問題はその方法なんだけど……

 洞窟の隅で弓を手入れしていたロナが小さな手を挙げて会話に割って入った。


「私、方法知ってるよ。

 私は何日かこのあたりを見て回ってるから、どういうものがこの森にあるかだいたいは分かるよ」

「具体的にはどういうの?」

「ヒビが入ってて今にも崩れそうない岩の足場とか、衝撃を加えたら倒れそうな木とか。あとは……あ、魔獣の巣の真上に今にも落ちてきそうな岩があったよ!それを使えば……」

「ロナ、残念だけど、その岩。すでに落ちてる」

「あ、そうなの?じゃあ使えないね」


 ロナの話を聞いたエウロが顎に手を当てながら地図を眺め、目を細ませて考える表情をする。


「この森にあるものを利用してあの魔獣の気を引こうと言うのですか。それなら危険も少ないですし悪くない案です」

「それじゃあ計画を練りましょう」


 その後、三人で魔獣の注意を引くための計画について話し合った。


「よし、だいたい決まったわね。」

「役割分担はどうしますか?」

「私が見張りやるわ」


 この中で一番役に立たない私がその役をやるべきだろう。


「私は弓で仕掛けの起動を!魔術の節約になるだろうし」


 ロナが持っている弓を上に掲げながら立候補する。

 しかしまだ自分以外の人間が危険のある役をするのに納得しきれないのか、エウロはずっと悩んでいた。


「でも、絶対に前には出ないでくださいね!そ、それと……何か危険があればすぐに逃げてくださいね!」

「安全第一ね。分かったわ」


 早速私たちは洞窟の外へと向かい、話し合った計画を実行に移し始めた。


****


私たち三人は洞窟の外へと出た後、森全体が見渡せる高台まで移動した。

一番目が良いロナがあたりを見渡し、魔獣がいる場所を見つけて指をさした。


「いた」

「凄まじい形相で探し回ってますね……」


 エウロが杖の先端から小さな光の玉ようなものを飛ばす。

 光の玉は空中を漂いながら光虫のように少しずつ進んでいく。


「あんなので誘導できるの?」

「ああいう魔獣は怒り狂うと動くものにはなんでも見境なく襲う性質があるので」

「なるほどね」

「罠に近づきつつあります」


 エウロの言う通り、魔獣の大きな足音が少しずつ近づいてくるのが分かる。

 向こう側では落とし穴に少し近い場所でロナが弓を構えて待機している。

あの落とし穴は元々森にあった大きな穴を利用し、その上に木の板を被せてカモフラージュしてある。

更にエウロが隠蔽魔法をかけてあるため落とし穴であることに魔獣が気づきにくくなっている。


 「今です!」


 魔獣が落とし穴のすぐ近くまで来た時、エウロがロナに合図を出した。

 ロナはそれを聞いて落とし穴の近くに仕掛けてあった小さな爆弾に向けて火矢を放った。

 大きな音を立てて爆弾が爆破すると同時に地面が崩れ、魔獣が叫びながら穴に落ちていく。

 あの小さな爆弾はロナが元々最後の手段として持っていたもの。

 魔獣を落とし穴の近くまで誘導してロナが火矢を射ることでその爆弾に火が付き爆発し、元々崩れていた穴が更に広がり魔獣が穴に落ちるという仕組みだ。


「行けた?」

「どうやら上手く穴にはまったみたいですね」

「やったぁ!」

「喜びに浸っている暇はありません。早く道を抜けて森を出ましょう」

「そ、そうね……」


 戻って来たロナと共に私たちは急いで森の出口への道に向かった。


****


 私はエウロを背負いながら走り続ける。


「……別に背負ってもらわなくても」

「何言ってるの。ただでさえ怪我してるんだから。万が一怪我が悪化して魔術がこれ以上使えなくなったらどうするの?」

「それは、そうですが………

 その、子ども扱いされてるみたいで………」


 エウロはそっぽを向いて少しむすっとした顔をしてしまう。


「ぶっ、あははっ!」


 私は思わず声を出して笑ってしまった。

 それを見たエウロは何がおかしかったのかが理解できないようで困惑していた。


「な、何がおかしいんですか!」

「子ども扱いされるのが嫌とか、結構可愛いとこあるのね」

「か、可愛いとか、そういうんじゃなくて………」

「分かってる。でもどの道その体じゃ走れないでしょ。それに私これくらいしかやれることないから。働かせてよ」

「……分かりました」


 エウロは私の話を聞いて渋々納得したようだった。


 私たちは森の出口への方向に向けて走り続け、なんとか岩場に囲まれた狭い道を抜けることができた。

 不安はあったがなんとか魔獣を罠にはめることにも成功した。

 あの狭い道も抜けたしあとは森の出口に向かうだけ。もう大丈夫。

 ――そう思った瞬間、目の前で異変が起きた。


「……ん?」


 エウロは何か異変に気が付いたような表情をしたので私は思わず足を止めた。

 すると目の前の空中で突如、歪んだ白い魔法陣が現れた。

 それは、私たちがこの森に入る時に足元に現れた魔法陣と同じものだった。


「魔法陣?なんでこんな場所で……」


 その魔法陣は私たちが移動した時と比べて大きさは十倍近くある。

 そして周囲が歪んだかと思うとあたりが光に包まれた。

 ――そしてなんと、魔法陣があった場所から魔獣が現れた。

 ズズゥン、という地響きと共に魔獣は地面に着地すると怒りに満ちた表情で雄たけびを響かせた。


「て、転移魔術……!?まさかこの魔獣が転移の魔術を!?そんな、ありえない……!」

「ラーラお姉ちゃん!早く!」


 あまりの出来事に動けなくなっていた私はロナの声で我に返る。

 ロナの誘導に従って反対方向へと走り出した。


「あ、あんなの反則です!魔獣が転移の魔術を使えるだなんて一体誰が予想できると……!」


 私たちは走る速度を上げて走り続けるが、魔獣との距離の差は少しずつ狭まってしまう。

 魔獣が私たちのすぐ近くまで来ていた。

 魔獣が腕を横薙ぎに振るおうとしているのが見えたので、背負った彼女に衝撃が行かないように気を付けながらしゃがみ込むように伏せる。

 直後、頭上で風を切る音と共に何かが通過した感覚があった。

 なんとかぎりぎりで攻撃を避けられたことに安堵しつつ再び私は駆け出す。

 しかしこの幸運が何度も続くとは限らない。どうにかしないと……


「ラーラさん!ロナちゃん!目を塞いで!」


 エウロが杖を上に掲げた状態でそう叫んだ。

 杖の先端が少しだけ白く光ったのが見えた。

 それを見た私とロナはエウロが何をするつもりなのか理解し、顔を下に伏せて目を閉じる。


「光れ!」


 エウロが杖を掲げてそう叫ぶと杖の先端から眩い閃光が杖の先から放たれ、周囲を明るく照らした。

 魔獣がその光をまともに目に浴びてしまい、苦しそうに悶えながら動きを止めてその場に倒れ込む。


「あれでなんとかなるとは思えません。今のうちに早く!」


 私はエウロのその言葉を聞き必死に駆け出す。


「ラーラお姉ちゃん!あそこ!」


 ロナが岩影を指さす。

 なんとか魔獣から逃げその岩影に隠れた。

 息を整えながらその場にしゃがみ込む。


「だ、大丈夫ですか……?」

「う、うん……このくらい……余裕………」


 ……本当はかなり辛い。

 ここまでエウロを背負ったままずっと走って来た。

 体力もそろそろ限界が近づいてきている。

 このままじゃ駄目だ。この状況をどうにかしないと。

 あの魔獣は鼻が利くようだし、ここに隠れてもすぐ見つかるかもしれない。


「ともかく、このままじゃどこに逃げても同じになってしまいます。……あの魔獣を倒さなければ……」

「た、倒す!?あれを!?」

「そうしないともしかしたら森の外まで転移してきてしまうかもしれません」

「た、たしかにそうなると町の人たちも巻き込まれることになるわね」


 しかし倒すといっても一体どんな方法を使えばいいか見当もつかない。

 ブランが結界の中に入れないとすれば彼の手を借りることもできない。

 一体どうすれば……


「あの……魔術を……使えば………」


 エウロがぼそっと呟いたその言葉が私の耳に入った。

 ――何か決定打となる魔術があるのだろうか?


「魔術って?」

「いやその……」

「言ってみて」


 エウロは複雑な表情をしつつも魔術について話し始めた。


「私は、攻撃魔術はそこまで得意じゃありません。ですが、研究中のある魔術を使えばあの魔獣を倒せるかもしれません」

「それなら……」

「しかし、その魔術には問題があります。まず研究途中で実戦ではまだ試していないということ。消費する魔素が非常に多く、今だと多くても三回しか撃てないこと。なによりも、準備に時間がかかってしまいます。それをどうするべきか……」


 エウロはどうするべきか頭の中で葛藤しながらずっと考え込んでいる様子だった。

 しばらくの間悩んだ後、覚悟を決めた様子で私たちの方を向き話は自塩田。


「お二人に……お願いがあります……

 少し、少しの時間でいいんです。一分。いや、十秒で構いません。それだけの時間を用意してくれれば私が魔術を使ってあの魔獣を倒します。でも、それには貴方たちの協力が必要です。お願いします………」


 エウロは地面に頭をつきそうなくらい頭を下げて私たちに協力を申し出た。


「魔術師であるのに、自分一人で魔獣のことを片付けられないなんて情けなくて仕方ないです………」

「何言ってるの。情けなくなんてないよ」

「そうだよ、エウロさん。私たちに任せて」


 今まで自分を犠牲にすることで物事を解決しようとしていた彼女が私たちに頭を下げてまでお願いをしている。

 それを無下にすることなどできるわけがない。

 私たちはエウロの協力を引き受けた。

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