第23話 エウロの過去

 私は洞窟外に出ると、木や岩で隠れるような影へと行く。

 周囲を見渡しながら少し大きめの声で叫ぶ。


「……ブラン?いないの?」


 てっきりブランがいるかと思って叫んだが、ブランからの返事はない。

 もしかして、あの結界はブランでも破れないのだろうか。

 そうなるとまずいことになる。今回この森から脱出するのにブランの手を借りることができないことになる。

 となるとここはどうにかして私たちだけで森を出る方法を考えないと……


「ラーラさん」


 エウロが洞窟の中から出てきて私に声をかけた。


「駄目よ、寝てなきゃ。回復魔術があるとはいえ完全に治るわけじゃないんでしょ?」

「私なら大丈夫です。それよりも、聞きたいことがあります」

「……何?」


 エウロの表情は真剣そのものだった。

 私は思わず身構えた。


「……何故私を助けたんですか?」

「え?」

「約束しましたよね。私が怪我でもして助からないと判断すれば、私を見捨てて森の外に逃げると」


 確かに私はその約束をした。しかし、あの時の私にはその行動がとれるはずもなかった。


「確かに約束したけど、誰かを見捨てて逃げるなんて私にはできないし……」

「でも……!あそこで私を見捨てて逃げれば、あのロナという子と逃げ延びれていたじゃないですか!!」


 エウロはその叫びで傷が痛んだのか左手でお腹のあたりを抑えながら必死にこらえている。

 ——なんでそんなに苦しんでまで他人を優先しようとするんだろうか。

 私は聞かずにはいられなかった。


「……どうしてそこまで自分を犠牲にしようとするの?」

「魔術師の使命は……人々の命を救うことです。そのためなら自分を犠牲にしてでも……」


私はそれを聞き、エウロの肩に手を置いて押してその場に座り込ませた。

 そして目の前で中腰の姿勢になり、諭すように聞いた。


「……一体何があったの?話してみて」


 余計なお世話かもしれない。

 しかし、いくら魔術師とはいえ私よりも年が下の少女がここまで自分の命を投げ出そうとするなんてよほどのことが過去にあったのだと思った。


「……別に……これは……魔術師として当然の考えで………」


 エウロは最初目をそらして話そうとしなかった。

 しかし私が詰め寄って目を細ませて睨みつけていると、その圧力に引いてしまったのか少し考えた後、自分の過去に何があったのかを少しずつ話し始めた。


****


 あれは確か、二年ほど前だっただろうか。

 私が星の魔術師になったばかりの頃。

 とある村でしか取れないという薬草を取るためにとある村を訪れた。

 そしてそこで一人の男の子と仲良くなった。

 彼は私が魔術師であることを知るととても興味を持ってくれた。私の話をとても興味深そうに聞いていた。

 私は薬草を取るくらいの用事しかなく、気持ちとしてはほとんど村に遊びに来たに等しかった。だから当然戦いの準備なんてしていなかったし、あんなことになるなんて夢にも思わなかった。


 村に泊まっている時、夜中に人々の叫び声がした。

 私は飛び起きて急いで外へ出ると、狼の魔獣が村を取り囲んでいた。

 咄嗟に魔術を使って魔獣を追い払い、村全体に魔よけの結界を張った。

 しかし、子供の父親から思いがけない言葉を聞かされる。


「うちの子が……魔術に使う草を自分も取りに行くんだって、こっそり外へ出てったまま……」


 私はその話を聞いた瞬間背筋が凍った。

 自分が魔術の話なんかしたせいで子供が一人死ぬかもしれない。

 私は急いで森の中を探した。

 しばらく探すと子供の叫び声が聞こえた。

 声の先に向かうと子供が狼の魔獣に囲まれていた。

 私は必死に炎の魔術を放ち、魔獣を蹴散らしていく。

 しかしあまりにも数が多く、暗闇なこともあり、なかなか倒しきれずにいた。

 なんとか最後の一匹を倒した……かと思った瞬間、生き残りの数匹が子供に襲い掛かった。

 咄嗟に魔術を放とうとしたが、すでに魔素は尽きていた。

 その子供はそのまま魔獣に襲われた。増援の傭兵たちがすぐに駆け付けたが、その子供は二度と目を覚まさなかった。


子供の亡骸の前に、その子供の両親が立っていた。

そしてその母親は私の方へと近寄ると、肩を掴んで泣き叫んだ。


「どうして……どうして助けてくれなかったの……!?自分を犠牲にしてでも守るのが魔術師の役目じゃないの!?」

「やめろ!彼女のせいじゃない!」

「放してよ!あの子が……あの子が助けてくれさえすれば……うちの子は……」


 わたしの……せい?わたしが……あの時、体を盾にしてでも…守ってれば……


 私は後悔の念に駆られ、その場で膝を折った。


「止せ。そんなことをしていたとしても君が犠牲になってただけだ」


 村に駆けつけてくれた魔術師のロルフさんが私の肩に手を置いて慰めの言葉を掛けてくれた。

 しかしその言葉は私の心には届いていなかった。

 謝罪の言葉を口に出すことすらできない私の代わりにロルフさんが子供の両親に弁明をしていた。


「……お子さんを失った心中はお察し致します。しかし、どうか彼女を責めないでいただきたい。彼女は仕事でここに来ていたわけではありません。当然準備もしていない。この一件は魔獣の情報を掴めなかった我々の責任です」

「そんなこと言われても納得できるわけないでしょう!?うちの子を返してよ!うちの子を……!」


 母親はずっと子供の亡骸の前で泣き続けた。

 私はそれからずっと、そのことが心の中で大きな傷となった。


****


「……そんなことがあったなんて」


 エウロが過去に自分に何があったのかを話してくれた。

 彼女はその場でうずくまって拳を震わせながら歯を食いしばり、自分の無力さを嘆いてるかのようだった。


「私もその魔術師の人と同じ考えかな。貴方のせいじゃない」

「でも……私があそこで身を挺してその子を守っていれば……その子は生きてたかもしれないじゃないですか!」

「でもそんなことをしていたら代わりに貴方が死んでた」

「そうだとしても……!」

「その子は人を守る魔術師に憧れてたんでしょう?そうやって自分の命を投げ出そうとしている今の貴方を見たら、良いとは思わないんじゃないかな」

「……でも……」


 私はしゃがみながら右手で地面の土を救い上げ、エウロにその手を見せる。


「人に助けられる数には限界がある。たとえばこの地面の土。どんなに手が大きい人でもすくえる土の数は少ししかない。どうしたらたくさんの土を運べると思う?」

「……道具を使えばいいんじゃ」

「それも正解。でももっといい方法がある。もっとたくさん人を呼ぶ」

「………!」

「そういうわけだから、なんでも自分一人で解決しようとしないで。私はそんなに役にたてないけど……少なくとも、あのロナって子は集落でも一番の狩人だったのよ。皆で協力したらきっとここを出られるはず」

「………」

「私も散り散りになった家族を一人で探そうとしてた時もあった。でもそれじゃ駄目だって分かった。

他人を疑ってばかりじゃなくて信用して頼ることが大事だって」

「人に……頼る……」

「……いやほら、私とかは剣が使えたり魔術が使えるわけじゃないから……他人を頼らざるを得ないだけなんだけどね。

 でも、それは普通の人でも魔術師でも変わらないと私は思うかな。」

「………………」


 エウロはしばらくの間その場で考え続けているようだった。

 これ以上私が言えることは無いと思ったので私は先に洞窟の中へと戻っていった。

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