第21話 森の外へ向かう

 私とエウロは森を進んでいく。

 森の中は木々が生い茂り、道は狭くでこぼこして歩きづらく人が全く通らないことがよく分かる。

 何よりも特徴的なのが、空気中に紫色の霧のようなものがうっすらと漂っていた。


「この霧は……?」

「魔素です。魔素は高濃度になると肉眼でもうっすらと見えるようになります。こういう場所だと貴重な鉱石や香草が多く取れる代わりに魔物が出やすいんです。

 一攫千金を狙って素人が森に飛び込んでそのまま魔獣に餌に……なんてことはよくあることです。だからこそ結界がかけられたわけですが」


 貴重な素材か。ブランの屋敷の中にあった怪しげなものはこういうところから取ってきてるものもあるのだろうか。

 そんなことを考えながらエウロの案内で森の奥へと進んでいく。


****


それ以降も、同じように魔獣による襲撃はあったが、エウロは魔術を使い蹴散らしてしまう。

 彼女の魔法使いとしての強さを後ろで眺めていた私はその実力に衝撃を受けていた。


(この子、本当に強い。年は私よりも下みたいだけど……

 才能もそうだけど、凄まじい時間魔術の鍛錬し続けてるのが分かる)


 しばらく森の中を探索していると、エウロは人影を見つける。


「あれは……あ!待って!」


 人影はこちらのことに気が付いたようでエウロは声をかけようとするが、人影は反対の方向へと逃げ去ってしまう。

 私は人影には気づいておらずエウロの声を聞いて初めて異変に気付いた。


「え?どうしたの?」

「人影を見ました。まさかとは思いましたが、今の私たちと同じように転移魔術に巻き込まれた人がいたのかもしれません」

「え!?もしかしてそれって……早く追いかけないと!」

「はい。急ぎましょう」


 私たちは人影が逃げた方角に向けて走る。

 もう少しで追いつけそうなところでエウロが足を止め、右手を横に伸ばし私に静止を促す。


「な、何で止めるの。早くしないと見失っちゃ……」

「シッ!静かに。あれを見てください」

「……あれ?」


ラーラが視線を向けた先にはラーラの身長の軽く十倍はあり、蛙と牛を混ぜたような丸っこい巨大な魔獣が佇んでいた。

どうやら寝ているようで動かず大人しいが、その魔獣の恐ろしさは周りを見れば理解できた。

魔獣の住処の周りには先ほど見た狼の魔獣の残骸と思しき骨や、他にもおぞましい数の魔獣の骨で埋め尽くされていた。


「あ、あんなのがこの森にいるなんて……」


 私がその光景に戦慄している間に、エウロは頭の中のこの後の行動の方針を考えていた。


(なんて魔素の濃度……!私なら討伐は可能かもしれない。しかしそれは防護対象がいなければの話)


「放置が無難ですが、問題はここをどうやって切り抜けるかです」

「なんか、いい魔術とかないの?こう、こっそり抜けられる魔術みたいな」

「そんな都合のいいものは……無いことも無いです」


 エウロはぶつぶつと魔術を詠唱し、杖を私とエウロ自身の周りに振ると、

 私とエウロの足元が風のようなものに包まれた。


「足の衝撃を軽減する魔術です。これで足音を立てづらくなるはずです」

「そんな魔術まで……」

「といっても風魔術の応用なので、小技のようなものです。

行きますよ。決して音を立てないように」


 エウロと私は忍び足の動きで魔獣に気づかれないように目の前を通っていく。

 ――しかし、私たちは魔獣の頭上に怪しい影があったことに気が付かなかった。

 十歩近く歩いた時だろうか。後ろから大きな音が聞こえて振り返ると、魔獣の頭に大きな岩が落ちてきていた。


「……え?え?なに?」

「……魔獣の頭上にある岩が崩落したみたいですね。

 おかげで魔獣が起きてしまいました。凄まじくタイミングが悪いです。」

「って、何冷静に分析してんの!?」


 あまりにもタイミングが悪すぎる。


「……こんな偶然、ある?」


 岩によって起こされた魔獣は怒り狂い、近くにいた私たちを怒りの形相で睨みつけてきた。


「こうなったらどうしようもありません。戦います」

「え、あんなのと……!?」

「何も倒す必要はありません。こっちが逃げられるか、あっちが逃げるまでやればいいだけです」


 魔獣が咆哮を上げながら、エウロに向けて踏みつぶそうと巨大な手を振りかざす。


「防壁魔術。展開」


 エウロが杖を振り、魔術を唱えると周囲に半透明の土色の防壁が展開され、魔獣の攻撃を防いだ。


「くっ!防いでもこの威力……!おそらく持って数十秒でしょう。私が耐えている間にラーラさんは先に……」


 エウロがそう言いかけた時。ふと横を見ると、さきほどの人影が見えた。

どうやら大きな物音がして様子を見に来たようだった。


「ラーラ……お姉ちゃん?」


 私にはその声に聞き覚えがあった。

 集落でよく聞いていた声だ。

 私が森に遊びに行った時によく聞いていた、あの子の声だった。


「その声、まさか……ロナ?」

「お姉ちゃん!!」


 ロナは私の元へと駆け寄ってくる。

 しかし、魔獣が人影に気づきロナの方へと走り出していた。


「ロナ!こっちに来たら駄目!」

「え……」


 魔獣が巨大な右腕を地面に叩きつけようと振りかぶった。

 私は何も考えず、飛び出していた。

 なんとかぎりぎりのところでロナを抱きかかえ、魔獣の攻撃を回避していた。

 しかし安心したのも束の間、魔獣は横に薙ぎ払おうと左腕を持ち上げた。


「よ、避けないと……あ……」


 動こうとするも、服が木に引っかかっており、動くことができなかった。


「まずい……!」


 魔獣が左腕を薙ぎ払うまでの刹那、エウロが駆け寄ってくるのが見えた。

 次の瞬間、轟音と共に地面ごと吹き飛んだ。


 ……どのくらいの時間が経過しただろうか。恐らくは数秒程度だろうが、半日は経過しているかのような心地だった。

 私はなんとか意識を覚醒させて今の状況を確認する。


「ろ、ロナ……怪我は無い?」

「な、ないよ……でも、その……」


 ロナが指を指した方向を見ると、エウロが血を流して倒れていた。


「……だ、大丈夫!?」

「ら、ラーラさん。すみません……咄嗟の防壁魔術じゃ、完全に防げなくて………」


 あたりを見渡すと、かなり距離を開けた先に魔獣が見えた。

 どうやらあの薙ぎ払いでここまで飛ばされたらしい。

 エウロが防壁の魔術を貼っていてくれたおかげで、私とロナには大きな怪我は無かった。

 しかし、咄嗟に私たちの目の前に立ったエウロは重症だった。


(命に関わる怪我じゃなさそうで良かったけど……)


 安心しかけたのも束の間、魔獣がこちらに向かって動き出そうとしていた。


「く、来るよ!」


ロナが指を指す。どうするか考えているとエウロが消えかかりそうな声で私に言葉を投げかけた。

その内容は衝撃的なものだった。


「私を……見捨てて……二人は逃げてください……!」

「なっ……」

「貴方にさっき渡した紋章……それを持った人だけ結界を抜けれるようにしてあります……だから、貴方二人だけなら森から出られます……だから……!」


 ……見捨てる?この娘を?

 確かに言われた。怪我でもして動けなくなったら見捨てて森の外へと逃げろと。

でも……そんなことをしたら。


「は……やく……!」


――あの時と……何も変わらないじゃないか。

皆助けると、この前決めたばかりだというのに!


「……ロナ。走れる?」

「え?うん」


 私は怪我をしたエウロを背負った。

 エウロは私が何をしようとしているのか分からない様子で困惑していた。


「な……にを……?」

「逃げるよ!走れぇぇ!!」

「うん!」


 私は一目散に魔獣のいる場所とは別の方向へと走り出す。

 後ろからドスドスと魔獣の走る足音や木々がなぎ倒される音が聞こえるが、できるだけ気にしないようにして走る。

 後ろを見ようとしてもエウロを背負っていて振り向けないので走ること以外を頭の中から排除して走り続ける。


「この先に洞窟があるの!あそこなら入ってこれないはず……!!」

「分かった……!」


 ロナが先頭に立って洞窟までの道を案内してくれ、なんとか必死に洞窟へと向かうのだった。

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