第20話 森に転移

 目を覚ますと私は土の上に倒れていた。

 さっきまで森の外にいたはず。しかしどう見てもここは森の中だ。

 少しずつ意識を覚醒させてさっき起こったことを思い出す。

 さっきの光。魔法陣。一体私たちの身に何が起こったんだろう?

 周りを見渡すと隣にエウロが倒れていた。


「う……」


 エウロは帽子を押さえながらゆっくりと立ち上がる。

 周りを見渡して私と同じように状況を把握したようだった。


「ここは、森の中?一体何が……」


 エウロは私のことに気が付いたようで、心配そうに声をかけてくる。


「ラーラさん、怪我はありませんか?」

「うん、大丈夫だけど……一体何が起こったの?」

「それは……」


 エウロはしばらく考えた後、口を開いた。


「あの感じ、一度感じたことがあります。あれは転移魔術の感覚かもしれません」

「転移?」

「空間を移動する非常に複雑な魔術です。うまく利用すれば隣の国までひとっとびできるような魔術です」

「そんな魔術があるなんて……」

「しかし、転移魔術はさっきも言った通り非常に複雑な術式です。となると、誰かが罠を仕掛けて私たちを森の中へと移動させた?しかしなんのためにそんなことを……」


 エウロがぶつぶつと今の状況を分析しながら考え事をしていると、ふと何かに気づいたような素振りをして右手に持っていた杖を構えて周囲を見渡し始めた。


「……囲まれています」

「え?」

「動かないでください。」


エウロは息を殺し様子を伺う。

すると前方の木と木の間から巨大な狼のような紫色の魔獣が現れた。


「あれは……」

「魔素に充てられ変異した狼の魔獣、ですね。しかも一匹じゃない」


 エウロの言葉通り、気が付くと周りは狼の魔獣に取り囲まれていた。

 狼の魔獣は今か今かと襲い掛かる機会を伺っているようだった。

 そして一匹目が飛び掛かった瞬間、周りの狼も一斉に飛び掛かる。

 その時点でエウロは既に懐から杖を取り出し魔術を発動させていた。

 エウロの放った炎の魔術は狼の魔獣に向けて分裂し、それぞれの体にめがけて飛んでいき、見事に全弾命中していた。


「これは拡散する炎の魔術です。狼ならこれで十分でしょう。」


 それによって怯んだ狼の魔獣はほとんど逃げ出したが、

 まだ三匹ほどは戦意を喪失せず、戦おうとしていた。


「……まだ向かってきますか」


 エウロが呟いた瞬間、三匹の狼の魔獣がエウロに向かって飛び掛かった。

 エウロは杖を構え、三匹の狼の魔獣が密集した瞬間を見計らい目の前で魔術を爆発させ狼の魔獣を黒焦げにした。


「これは爆発する魔術です。炎の魔術の派生ですね。怪我はありませんか?」

「あ、うん……大丈夫」


 エウロは魔獣を退けた後、私のことを気遣ってくれた。

 周囲をしばらく観察していたがどうやら魔獣はもういないようだった。

 

 エウロは心の中でこれから自分のすべきことを考えていた。


(私たちの身に何が起こったのかは分かりませんが、私は魔術師としてこの事件の原因を突き止め、彼女を安全に森の外まで届けなくては……)

(……私は魔術師。魔術師である私は人を守らなければならにない。そしてそのため

には……)


 エウロは私の方を向くと、真剣な表情をして話始めた。


「森にいる間、二つ約束してください」

「約束?」

「一つ目。探索中、決して私の傍を離れないこと。

 二つ目。私が怪我でもして動けなくなったら私を見捨てて森の外に逃げること」


 突然のことに私は驚いてしまう。

 ……見捨てる?

 万が一とはいえそんなことをしなければならないなんて。


「え!?でも、それは……」

「魔術師の使命は魔術を通して人々を助けることです。

 それに、もしかしたら私の結界の不具合か何かで貴方を巻き込んでしまった可能性もあります。私はその責任を負う義務があります。約束してもらえますか?」

「……分かった。でも、そんな状況にはならないように頑張る」

「いいでしょう。あとこれも渡しておきます」


 エウロから魔法陣と中心に半月が描かれた小さな紋章を手渡された。

 これも魔道具のようだが、一体どんなものなのかは分からなかった。


「これは?」

「お守りみたいなものです。万が一のために持っておいてください。行きますよ」


 エウロはその魔道具について詳しくは教えてくれなかった。

 しかし彼女がこの状況で渡すということは何か特別な意味があるのだろうと思い深くは聞かなかった。


 そして私とエウロは外に向かうべく森の道を歩き始めた。

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