第二章 小さな大魔術師

第16話 魔術師協会

 ブラン達の住む町から離れた、北に位置する土地。

 そこは「始まりの墓標」と呼ばれる場所であり、世界で最も魔素が満ちた場所である。

 山岳地帯のため高低差が激しく、魔素濃度が高すぎるため草木が生えない。

 中心は巨大隕石が落ちたかのような大穴がある。濃すぎる魔素により中心は紫の霧に覆われ見えない。

 過酷な環境であるため研究者や魔術師以外近寄ることは滅多に無い。

 この場所の環境が変化すると周囲の魔獣が影響を受けるため国は常にこの場所を監視している。

 魔素の影響がない距離の場所に研究のための施設でもある魔術師協会の本部がある。


 魔術師協会は魔術師を中心に構成された組織である。

 魔術の研究、魔術師の仕事の斡旋、魔術師が問題を起こした時の対処、魔獣の出現時の退治、魔術師の育成など仕事の幅は多岐に渡る。


 そしてその魔術師協会本部の建物の最上階。

 とある執務室で一人の魔術師の男性が椅子に座り、書類を整理していた。

 その男性は金色の髪の短髪で白を基調としたローブ姿に貴族服のような服を着ている。すると、突然その部屋の窓が開き、一人の女性が部屋に入ってきた。

 その女性は赤色の髪で腰まで届きそうな長さの三つ編みをしており、黒色で少し短めのローブを羽織っている。


「ロルフ。ただいま」

「アンジェか。どうして君はいつも窓から入ってくるんだい」

「仕事は終わらせてきた」

「早いな。君がここを出て1時間も経ってないはずだけど」

「近くだったから」

「……指示した座標は山を五つは超えた先だった気がするんだが」

「私なら余裕。そんなことより、次の仕事は?」

「今日はもう無いよ。いくらここ最近魔獣の発生率が上がっているとはいえ、君にしてもらわないといけないような仕事がいくつもあったら困る」

「じゃあ休む」


 アンジェは執務室の真ん中にある来客用の椅子にどかっと座り込むと、机の上にある丸い木の器にあるクッキーの山に手を伸ばし、パクパクと食べ始めた。

 その様子を見たロルフはため息をして呆れた顔をする。


「……当然のように執務室の長椅子に座って人のクッキーを食べないでくれないかな」

「ロルフが私に仕事を出した。ならロルフの持ち物が私の物になって当然」

「……その理屈はおかしいと思うけど」


 アンジェはクッキーの粉まみれになった右手を口に咥えながら、ロルフが手に持っていた一枚の紙に目をやる。


「その紙は?」

「いつも通り、魔術師に関する問題の報告書だよ。しかも錬金術師のことまで……そういうのは錬金術の協会に送って欲しいんだがね」

「錬金術師……どんなの?」

「謎の魔物に町の偉い人が襲われたって話。魔物のせいって書いてあるのに近くの屋敷に住んでる錬金術師が魔物でも作って逃げ出したんじゃないかって書いてある」

「悪い錬金術師。屋敷、爆撃する?」


 アンジェはそんな物騒なことを言い始める。

 ロルフは呆れた表情で頭に手をあてながらため息をした。


「……さも当然のように言わないでくれ。そんなわけないし、そもそも仮にそうだったとしても証拠もない」

「でも裏でこっそりやってるかもしれない」

「言っておくが、彼は善良な錬金術師だよ。滅多に姿を見せないから不審がられてはいるが、人形や薬を生み出して町や国に多大な恩恵をもたらしてくれている。

 ここ最近魔物の活動が活発になっているし、その一部だろう」

「ふぅん。つまんない」


 アンジェは目線をクッキーの乗った器に戻すと再び右手を伸ばしクッキーを貪り続ける。


「実を言うと私も彼の薬は愛用してるし」


 ロルフの薬の話を聞いた瞬間、アンジェのクッキーを食べる手が止まった。


「ロルフ、何か病気?」

「いや大したものじゃないよ。気にするほどじゃない」


(魔術学園や魔術師協会に仕事を押し付けられて多忙な上、君らみたいな問題児を相手にしてたらそりゃ胃薬くらい欲しくなるさ……!)


 ロルフは目を伏せながら右手を静かに机に叩きつけ、心の中で不満を吐き出した。

 アンジェはそんなロルフの心情には全く気付いていないようで、手に持ったままだったクッキーを口に運び頬張るとすくっと立ち上がった。


「そう。心配ないなら良かった。私は帰る」


 そう言ってアンジェはクッキーの粉まみれになった指を咥えたまま、けだるそうに扉を開けて執務室を出て行った。


「はぁ疲れた……」


(……アンジェには話さなかったが……怪しい点があるのは事実。

 魔物に襲われたのは領主のローゼス。そしてその騎士達。

 ただの騎士ならともかく、実力の高い聖騎士もいた。

 そんな精鋭たちが魔物くらいにやられるだろうか?

 ローゼスは錬金術師嫌いで有名で、ここ最近ブランにも嫌がらせをしだしたと聞いた。

 ……状況証拠だけなら揃っている。

 まさか彼に限ってそんなことがあるとは思いたくないが、可能性がゼロではないのは事実。

 ……あまり仕事を重い仕事を任せたくないが……彼女に調べてもらうとするか……)


 ロルフが資料を見て考え事をしながら、クッキーの入れ物の方へ目を向けると、クッキーの粉しか残っていなかった。


「クッキー全部食べてやがる………」

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