第14話 悪夢の時間
森の奥深くの場所に連れていかれると、開けた場所がありそこには石が敷き詰められた古い遺跡のようなものがあった。
中心には円状に囲まれた石の床がありその上には真っ黒な色の怪しげな魔法陣のようなものが描かれていた。
更には祭壇の奥には黒色の棺桶のようなものが置かれていた。
これは……ここは……一体何なのだろうか?錬金術の実験場……?
ブランの屋敷でさえこんなものは見たことがなかった。
私がそんなことを考えていると祭壇の前にはぼろぼろの黒紫色のフードを被った怪しげな男が佇んでいたのが見えた。
「ローゼス様。突然儀式を始めろとは急ですな。一体何の心変わりで?」
「サバンの一族の二人目を確保した。これでお前の言っていた生贄の数は足りるだろう」
「ほう?」
口調から察するにこの小汚い男は錬金術師のようだった。
錬金術師は値踏みするような目で私をじろじろと見ると、満足したような表情でローゼスと話をする。
「フフフ、ローゼス様、とても良い生贄を持ってきてくださいましたね」
「当然だ。そんなことより早く始めないか」
「まぁそう焦ってはなりませんよ。こいつは生贄の中でも最上級の物だ。失敗があってはならない。それで、一人目は?」
「そっちだ。」
ローゼスが指を指した方向は祭壇の魔法陣の円の上だった。
そしてそこには私と同じ白金色の髪をした一人の少女が倒れていた。
「あ……れは……」
見間違えるはずがない。あれは……アンナだ。
集落で一緒に育った幼馴染の少女。一番の……親友。
「アンナ……!」
私はたまらず鈍い体を何とか動かし、騎士を振り払い、アンナの元に行こうと走り出した。
しかしアンナに手が届く直前でローゼスに腕を掴まれる。
「いい加減にしろ。お前ら一族はもう終わりなんだ」
ローゼスは痺れを切らしたのか、うっとおしくなったのか、私の腹に向けて殴打を食らわして来た。
私はあまりの痛みにその場に崩れ落ちた。……逃げたくても周りには騎士達がいる。体もろくに動かない。
「あぐ……うぇえ……」
怪しい錬金術師は私とアンナを謎の魔法陣の上に強引に運び、手に持った異臭の放つ液体に何かを注ぎ、それを魔法陣の中心に注ぎ始める。
その後、何かよく分からない血のようなものを違う場所に注いだり、魔獣の爪のようなものを乗せたりなどよく分からないことをした後、何かぶつぶつと呪文のようなものを呟き始めた。
この変なことが実験なのだろか。一体何をするつもりなのだろうか。
こんなよく分からないことのために……私と……アンナは……!
怒りで気が狂いそうだったが、体を動かしたくとも動かすことは叶わなかった。
しばらくすると、魔法陣が光りだした。
「………目覚めよ」
怪しい錬金術師が叫ぶと魔法陣が光に包まれ、一瞬昼と間違えそうなくらい周囲を明るく照らした。
そして目を開けると……
「………………」
「何も起こらないぞ。」
「そ、そんなはずは……」
錬金術師は慌てていた。ここまで大規模な儀式を行ったにも関わらず、何も起こらなかったからだ。ローゼスは錬金術師を睨みつける。
錬金術師は懐から本を取り出し、ペラペラとめくり始める。
すると、錬金術師の後ろから声が聞こえた。
「生贄の配置間違ってんじゃねーカ。あそこにある竜の爪は下にある三角の魔法陣じゃなくて右上の四角の魔法陣に置くのだネ」
「……?お、お前は一体!!」
「マァ例え生贄の配置が合っていようがお前のお絵描きでは死者の蘇生術など不可能だがナ」
「質問に答えろ!」
「ヤァヤァ、コンニチワ。名前は聞いたことくらいあるだろウ。世界で五本の指に入る伝説の錬金術師。……ブランケウン・ミードルだ!」
「き、貴様……!さっき死んだはず……!」
聖騎士ランスが剣を構え、怒りと驚きに満ちた表情でブランを睨みつける。
しかしブランはふふん、とさも当然といった表情で宙に浮きながら腕を組み、偉そうに語り始めた。
「何言ってんダ。お前らの基準でアタシを考えないデ貰いたいネ。アタシは死なないゾ。デモ確かにかなりやばかっタ。まさかお前ら程度の奴らに3分も再起不能にさせられるとハ。」
「3分だと…!?」
「お前ら探し出すのと『準備』に時間かかってナ」
「この……!」
聖騎士が切りかかるがそれをひらりと躱し、右手を四の数字にしてブランは話を続ける。
「お前らは四つの罪を犯しタ。
一つ。アタシの所有物に手を出そうとしたこと。
二つ。アタシの所有物を持って行こうとしたこと。
三つ。アタシの所有物に危害を加えたこと。
四つ。アタシの所有物を実験の材料にして殺害しようとしたこと。
三つまでならぎりぎり許してやってもよかったんだがナ。愚かなお前らの主を恨むことダ。誰一人として生きては返さン」
ブランはそれらを言い終わると、目元を吊り上げ口が裂けそうなくらいに笑いこれまでで一番の殺意の表情を見せ、更には周りに黒紫のオーラを纏う。まるでブランの怒りが具現化しているかのようで騎士達はあまりの迫力に圧倒されてしまう。
しかしその中で唯一聖騎士ランスは気圧されておらず、騎士達を鼓舞した。
「怯むな!こいつはさきほど私に敗れた。もう一度私の手で封印してやろう!」
聖騎士は先ほどと同じように剣に魔法陣を纏わせ、ブランを斬りかかる。
剣はブランに命中し、さっきと同じようにブランの体が結晶に包まれ封印されて消える。
「これで……!」
「さっきと同じ手が通じると思ってるのカ?やっぱりお前の頭はおめでたいナ」
「な、なんだと!?」
しかし消されたはずのブランが聖騎士の後ろから現れる。
聖騎士は同じようにブランを斬り、封印する。
しかし今度はブランが足元から現れる。
同じようにブランを斬る。
今度はブランが地中から這い出てくる。それだけでなく、木の洞から這い出てくる。
聖騎士は封印魔法を纏わせた剣でブランを次々と斬るが、斬っても斬ってもそこら中から蟻のようにブランの人形が湧き出してくる。
聖騎士の顔には焦りの色が浮かんでいる。
「何故だ、封印の剣ならお前を倒せるはず!」
「それはアタシが『一人』の場合ヨ。周りを見てみロ」
聖騎士が辺りを見渡すと、地面、草むら、木の洞、家具の隙間など、ありとあらゆる隙間からまるで住処の死期を悟った蟻のように、ワラワラとブランと同じ人形が這い出てきた。数は百、二百……どんどん増えていく。
「何だ……何なんだこれはぁぁぁぁあああ!!?」
「人形錬金 『
恐怖の叫びと言う名の旋律を響かせるのダ!ケーッケッケッケッケ!」
ブランの分身の人形は周りの騎士の体を虫のように登っていき、がぶがぶとかぶりつき、全身から血が噴き出る勢いで血まみれにしていく。
周りを見渡すと、時間が経つにつれ騎士たちが沈んでいくのが見える。
ブランは近くの木の上に腰かけながらその光景を楽しそうに眺めていた。
「ケッケッケ。人間が血の海に沈んでいくっていうのはなかなか面白いナ」
「何だ、一体何が起きてる!?何なんだお前は!?この力は一体何なんだ!!?」
「教えてあげよウ。アタシの一部を分けたモノ。それすなわちアタシになるのだヨ。この辺り一帯はアタシなのダ」
「な……どういうことだ!」
「陳腐な脳みそしてるお前にも分かるように言ってやるト、アタシはそこら中にアタシという草が生える種をまいタ。いくらお前が草の先端を斬ったところでそこら中からまた生えてくル、そして根っこを抜くことは不可能」
「何だと……」
「そんじゃお前の顔もソロソロ見飽きたし、サイラナ」
「ま、待て、ぎゃあぁぁああ!?」
聖騎士は血まみれになりながら人形の海に沈んでいった。
ブランが指をパチン、と鳴らすとローゼスの足元の人形たちが道を開けていき唯一人形たちがいない場所ができる。
ブランは木の上から飛び降りその場所に着地し、ローゼスを睨みつけた。
「サテ。最後の問題はお前カ」
「ぐっ……」
ブランは右手の指を後ろに構え、ゆっくりとローゼスの方へと近づいていく。
周りにいるブランの分身人形たちはその状況を眺めてけたけたと笑い続けている。
「笑うな……笑うなぁ!!」
それが気にいらなかったのか、ローゼスは無謀にもブランに向かって掴みかかる。しかしブランは宙に浮き、ひらりと躱してしまう。
ローゼスは勢いあまり、地面に倒れこんだ。
ブランは宙に浮いたまま空中であぐらをかき、腕を組んで右手を顎にあてて考える表情をする。
「そウ、それダ。何故お前はアタシにそこまで怒っているのかが全く分からなかっタ。ダガ」
ブランは右手を祭壇の方へと向け指を横に振る。
すると祭壇に置かれていた棺桶の蓋を糸で吊り上げて外れ、棺桶の中身が露わになった。
それを見たローゼスが怒りに満ちた顔で声を荒げた。
「やめろ!私の……娘に……触れるな…!」
「これがお前の目的カ?」
(娘……?)
棺桶の中には少女があった。私の半分ほどの大きさの少女の……遺体が。
ブランは宙に浮いたまま棺桶の近くに近づき棺桶の中を覗き込むと心底呆れたようなため息をした。
「こんなちんけな儀式で自分の娘が生き返ってくれるとでも思ってるのか?
娘を生き返らせたイ。お前の行動理由は分かっタ。だがアタシとサバンの一族に憤怒する意味が全く分からんナ」
「何が……何が世界一の錬金術師だ!かのエリクサーを持っているというから会いに行ったのに、何かと理由をつけて私が会いに行っても取り合ってくれず!執事に渡された薬は何一つとして効かなかった。
サバンの一族もそうだ……難病をも治す特殊な力を持つというから会いに行ったというのに話すらも聞かずに……!急いで戻った時にはもう娘は…………!」
ブランは心底興味なさそうな表情をしてため息をして、ローゼスの目の前で着地する。
両手を上に向けて呆れた表情をしながら諭すように話を続けた。
「俺様はそもそもエリクサー持ってるって言った覚えは一度たりともないんだがナ。
エリクサーだなんだか知らないがあんなもん伝承の中の空想の産物ダ。『どんな病も治す霊薬』なんざ存在しないのダ。
急に屋敷に押しかけて『空想上の薬を寄こせ』だっテ?図々しいにもほどがあル。
それに、お前本当にサバンの一族について調べたのカ?そんな能力少なくも俺様が調べた限り持ってなイ。噂に踊らされたお前が悪いのダ」
「どいつもこいつも……役に立たない無能ばかりだ……!お前や、お前達のせいで……」
ローゼスはこの状況でも憎しみを絶やすことは無くブランを指さし復讐心をあらわにした。いや、それは復讐心というよりも行き場のない怒りの矛先を無理やりブランに向けているという方が正しかった。
ブランは腕を組み首をかしげていた。ローゼスの感情に対して一つも共感できない、といった表情だった。
「それがここ最近薬屋やら錬金術師やらに嫌がらせしている理由カ?全く気持ちが分からんネ。ただの八つ当たりじゃないのカ」
「治療がしっかりしてれば……薬屋が優秀だったら……お前が、お前の薬がちゃんとしてれば!私の娘は助かったかもしれないというのに……!」
「お前の娘の病気は不治の病だシ、そもそもあそこまで病が進行してたら世界一の治癒術師でも治せなイ。現実を見ロ」
「そんなはずは……そんなはずは無い……!私の娘は……生きるべきだった……生きなければならなかった……!」
「糸錬金 『
ブランが指をさした瞬間、糸の弾がローゼスの心臓を貫いた。ローゼスの体はその場に倒れこんだ。
ブランは指をパチン、と鳴らしまわりのものを人形たちに片付けさせる。
ブランの表情は終始変わらず、ずっと呆れていた。
「現実を受け入れられずに怒る相手を求め、ありもしない復讐相手を生み出すとハ」
ブランは事が終わると、私の方へとことこと歩いて近づいてくる。私は未だ痛みが治まらないお腹を抑えながら、何とか声を出す。
「ぶ、ブラン……」
「平気カ?」
「げほっ……なんとか……」
「お前はこれを見てもまだ家族を求めるのカ?」
「え……?」
ブランはローゼスの遺体を一瞥した。
「家族を愛し、守ろうとし、救おうとし、執着した結果がこれダ。
お前の家族が何人いるかは知らないガ、全員を救えるとは限らなイ。なにせ娘1人を救おうとして助けられない者もいるくらいダ。その救えない人間の中にお前の親、友人、兄弟がいるかもしれなイ。お前はそれでも家族を探すのカ?」
私は家族を取り戻すことに執着している。
ローゼスは娘を助けることに執着し、助けられず、復讐心に支配された。
行き場のない……怒りを。
私も……ああなってしまう?
ブランはそう言いたいのだろうか。
「こんな話をここでしても仕方がないし、帰るカ」
「……あぐっ……げほっ……」
「アァ、動けないのカ。仕方ねぇナ。運ベ」
ブランは召喚した大量の人形達に私を運ばせた。
私はそのまま屋敷まで運ばれていった。
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