第11話 落ち込んでたら風呂に入れられた

 屋敷に戻った私は食堂に座ると、いつも通りブランが天井から落ちてきて椅子に座り込んだ。

 しかしいつものように余計な動きはせず、すぐに起き上がってこちらを見ると心底不機嫌そうな顔をして頬杖をついていた。


「余計なことはするなといったはずだったがナ」

「わ、私は何もしてない。町歩いてたらあいつらがいて……それで、そのうちのランスとかいう騎士に見つかって……その……」

「元はと言えばお前が前に余計なことをしなければ騎士団に目を付けられることもお前の正体が知られることは無かったのダ。言い訳するナ」

「……ごめん」


 私はあまりに突然のことにすっかり意気消沈していた。

 その様子も見たブランも意外といった表情をしていた。


「オヤオヤ?やけに素直だナ。分かったなら私は何も言わんのダ」

「あいつ、一体何なの……?」

「この町を収めている貴族ダ。町の物流だとカあらゆるものを手中に収めていル。実際アタシの薬もアイツの系列の部下が売ってるんだガ、アイツはやたらと俺様のことを目の敵にしていてナ」

「あいつに何かしたの?」

「サァナ。アタシは前からこの町にいて後からアイツがこの町を収めたのダ。掌握しようとした町に高名な錬金術師がいテしかも町人から大人気となれバ気に入らないのも当たり前だネ。特にああいう傲慢な貴族はナ。アタシには理解できんガ」

「………」

「ソンジャ対策でも立てるかネ。オイ、どうしたお前」

「いやその……」

「ケッケッケ。普段強がっていながら怖い目に合うとそんなに弱気になんのかお前ハ。思いのほか大したことない奴だナ」

「う、うるさいなぁ……」


 ブランは心底馬鹿にするようにけたけたと口をぱかぱか開け閉めしながら笑い飛ばした。

 その無常さに腹が立ちそうだったが、今は怒れるほどの元気はなかった。

 自分で言うのも何だが、私は心は強い方だ。しかしその時は恐怖のあまりその場を動けなかった。手を掴まれた瞬間、自分が人攫いに捕まり連れていかれる時を思い出してしまった。


「お前が弱気になってんじゃ幸せ会議もやれな……オッソウダ」


 ブランは何か思いついたようで指をぱちんと鳴らした。

 そして椅子を蹴飛ばして宙に浮かびあがると廊下につながる扉をびしっと指さした。


「先取ラーラ幸せ会議第十四章。『風呂でゆったり入浴』」

「……え、お風呂?てかそんなに計画立ててたのあんた……」

「人間恐怖を感じたラ入浴すれば気分よくなるのダ」

「……この屋敷に風呂とかあったの?」

「あるのだヨ。沸かすのと掃除は人形どもにやらせておくのダ。次からは入りたければ自分で沸すのダ」

「あ、うん。ありがと……」


 悔しいが、私はほんの少しブランのその一言に信頼感を覚えてしまった。彼は狙ってそれを言ったわけじゃ無いだろうが。我ながら少し簡単すぎる女だとは思ってしまったが、おとなしく風呂に入ることにした。


 私はゆっくりと湯船につかりながら今後のことを考えた。あのローゼスとかいう男が最後に言い放ったこと言葉。


『次の時にはお前の主人の気も変わってるだろう』


 おそらく、何かをするつもりであることは間違いない。ブランの口ぶりでは何とかなるのかもしれないが、私はこのまま何もしなくていいのだろうか?

 ……何かできることがあるのではないだろうか。ブランはまだ信用できないが、私を世話してくれていることは事実だし、本気かは分からないが私の一族の生き残りを探すと言ってくれている。私も少しはブランを信用しなければならないのかもしれない。

 私はそんなことを考えながらゆっくりとお風呂に浸かっていると、天井から何か音が聞こえた気がした。


「……鼠?」


 一瞬そう思ったが、天井の一部の板がずるずるとどかされているのを見て、何か凄まじい嫌な予感が私を襲った。そしてその予感は的中した。


「言い忘れてたことが一つあったのダ。お前の……」


 ブランが天井から下りてきた瞬間、私は力強く握りしめた右手の拳でブランの体を殴り、壁まで吹き飛ばした。

 しかしいつの間にかブランは後ろに回りこんでいた。


「残念。人形錬金『変わり身の術』お前が殴ったのはただの布の塊ダ」

「ちょちょちょっと!流石にここまで入ってくるのは駄目でしょ!」

「言い忘れたことがあってナ」

「それって私がお風呂から出た後じゃ駄目だったわけ!?」

「何ダ。さんざん早く聞かせろって言ってた癖にヨ」

「……え?ってことはまさか……」

「お前の家族の生き残りの場所についての情報ダ」

「どこなの!?」


 私は浴槽から体を乗り上げて聞く。

 その勢いで浴槽から飛び出した水滴が外にはねたがさりげなくブランはすいすいと縦横に動き回り全てかわしていた。

 ブランは意に介さず、といった表情でそのまま話を続けた。


「お前の一族。全員の情報を掴んだわけじゃないが少なくとも9か所。」

「そんなに分かったの?一体どうやって……」

「錬金術師秘密」


 ブランは両手の指を目の前で交差させてバツ印を作る。

 気長に待てなんていうことを言っていたからてっきりもっと時間がかかると思っていたが、こんなにも早く見つけるだなんて。

 私は居ても立っても居られなくなってしまう。


「すぐに探しに行かないと……何とか逃げられた人も大勢いたとはいえ、捕まった人もたくさんいた。今こうしている間にもどんな危険な目にあってるか……」

「慌てるナ。お前が思っているほど状況は悪くなイ。もちろん危険度が高いところから先に探しに行くつもりだガ、一日二日で死ぬような危険な状況ではなイ。」

「そんな悠長なこと言っている場合じゃ……」

「マァ聞くのダ。集落の襲撃には不審な点が多いのダ」

「不審な点?」

「お前は言ったナ。『何とか逃げられた人たちも大勢いた』ト。

 おかしいだろウ。普通やるなら全員とっ捕まえるか全員ぶっ殺すかダ。

 さっき集落を調べてきたが殺された形跡はどこにもなかっタ。

 ここまで雑にやりながら『殺さない』ということだけは徹底していル。

 そして攫う集団が複数いたという点。これもおかしイ。

 仮にサバンの人間に高い価値があると知り攫いにきたとしテ、複数の集団がたまたま同じ時間に襲撃を開始するカ?」

「……裏で手を引いてる人間がいるってこと?」

「その可能性もあるナ。ケッケッケ」


 確かに、そうだとすれば慎重になる必要がある。

 仮に裏で手を引いている人物がいたとして、何の目的でそんなことを……?


「それに先に排除しないといかん問題もあル」

「問題?」

「あのローゼスという奴。奴がいては捜索の邪魔になル」

「……どうする気なの?」

「今までただ陰での嫌がらせ程度だったガ、お前がきっかけで奴らは実力行使に出だしタ。

 交渉にしても争いにしても決着はつける必要があル」

「決着……」

「マァ詳しい話は明日するゾ」

「分かった。……って」


 ブランとの話に集中していた状態から、ふと我に返る。

 そういえば……ここお風呂場だった!


「ちょっと!早く出てってよ!もう!」

「話せと言ったり出ろと言ったり言うことがすぐ変わる奴だナ。ケッケッケ」

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