第10話 錬金術師嫌いの男

 翌日、私は町をまた散策していた。昨晩のことは一度寝て起きても心から消えなかった。

 それどころか昨日のことを思い出してよりもやもやとした気持ちが増していた。

 気分を紛らわそうと思って町を歩いていた。というか、それくらいしか気分転換の方法が浮かばなかったのだが。

 町を散策していると人混みの中から騎士たちが歩いているのが見えた。今度は気づかれないようにこっそりと抜けようとした。その時だった。騎士の一人の声が聞こえてきた。


「ところで、森で新たに確保したというサバンの一族の一人についてだが……」


(今の話……!)


 サバンの一族の一人。確かに騎士の一人はそう言った。

 私は思わず足を止めて振り返った。すぐに聞きに行かなければ。今話していたサバンの一族の一人の居場所について教えてくれと。頭がそう思ったよりも先に体が動く。

 騎士に向かって話しかけようとした直前で、私の耳元に幻聴のような囁き声が聞こえた。


『余計なことはするな。どの道お前には役に立つための能力などないのだから。せめてアタシの仕事の邪魔にならないように大人しくしていることだ』


 優先すべきは家族を見つけ出すこと。

 しかしブランに任せないといけない。

 でもあんな奴に任せるの?

 目の前にチャンスがあるのに?

 でも騎士団に話しかけるのはリスクが高すぎる。

 私は唇を噛み締め、声をかけようと伸ばしていた右腕をゆっくりと手元まで戻した。


(気に入らない……気に入らないけど……ここで私が何か余計なことをしたら悪い方向にしか進まないのは事実)


 私は踵を返して大人しく屋敷へと戻ろうとした。しかし騎士たちの前に馬車が現れ、何やら細身の口髭を生やした高貴そうな男性が下りてくるのが見えたので思わず足を止めた。


「ローゼス様、ここへいらっしゃるとは」


(ローゼス……あれが……)


 騎士たちはその男性に向けて一斉に礼をする。

 騎士たちに囲まれているその男こそがこの町を治めている錬金術師嫌いのローゼスのようだった。


「一体こんな場所までどのようなご用件で?」

「少し用事があってな」


(こんなところいたところで仕方がないし……)

「待て」

「え……」


 私は無視して屋敷の方へと戻ろうとして人混みの中を抜けようとする。しかし歩いている途中で誰かに肩を掴まれた。その人物の顔を見上げると運の悪いことに前に私に警告をしてきたランスと呼ばれていた聖騎士だった。


「お前、こんなところで何をしている。隠蔽魔術をかけた服をつけたところで私の目は誤魔化せんぞ。今度はここに密偵にでも来たか?」


「え、いや……」

「どうした」


 ランスの声を聴きつけたのかローゼスもこちらまで歩いてきた。

 周りの人たちはローゼスと聖騎士の顔を見て慌てて逃げていく。

 人混みだった場所に私と騎士達とローゼスが残される。


「ローゼス様。こちらの娘が例の娘です」

「ほう?」


 ローゼスは私の方を一瞥すると、まるで値踏みでもするかのような目つきでこちらをじろじろと眺めた。

 しかしその目は私のことを物として見ているかのような冷たい目だった。


「どうやら本当にサバンの一族のようだな。連れていけ」


 ローゼスがそう命ずると騎士の一人が私に近づき、罪を犯した子供を懲罰部屋に連れていくかのように手を引っ張って歩き始めた。


「ちょっ……痛っ……」

「その馬車に入れろ」

「はっ」


 このままだと連れていかれる。私を何に使うつもりかは知らないがブランよりも良い扱いをしてくれないのは確かだった。

 馬車に入れられる直前、私を連れて行こうとする騎士の腕を掴む人間がいた。


「お待ちください」

「……なんだお前は」

「待て。お前……ブランの執事か?」


 現れたのブランの執事……もとい操り人形だった。

 いつの間にかここまで来ていたのか、ブランの執事はローゼスを睨みつけ口を開く。


「一体何をされているのですか?」

「そんなことか。私はこの町を治める人間。この町の危険分子となる存在を排除しようとしているだけだ」

「危険分子とは一体なんのことをおっしゃっているのです?」

「あくまでしらを切るか。この娘はサバンの一族だろう?

お前たちも噂は聞いているだろう。サバンの一族が狙われたと。その理由は今も分からない。ここにその人間がいたらこの町でも事件が起こるかもしれない」

「だからと言って主人の所有物を何の了承もなしに持っていく理由にはなりませんな。もう少し具体的な根拠と証拠を持ってきた上で我々の了承を得てから行動に移してもらいたいものです」

「そんなことをしている間に事件が起こったらどうする?町人達が死んでもいいと?その責任が取れるのか?」

「貴方こそこんな誘拐じみたことをして後でその娘に何の罪もないと分かったら責任が取れるのですか?」

「罪……罪か。そんな卑しい一族がこの町にいるというだけで捕まえるのには十分な理由だろう?」


 ……卑しい?こいつ……!

 はらわたが煮えくり返る気持ちになり思わず反論しようとしたが、ブランの執事に右手で遮られ静止される。


「申し訳ありませんが、これは私の一存では決めかねます。主人は自分の意思以外で誰かに所有物を譲渡することはありません。責任、危険性、それは全て主人にとっては興味の無いことです」

「ほう?ならばこれならどうだ。我々はこの町の物流を握っている。御宅の商品もな。御宅の商品が運ばれている際に何かあったとしたら……お前の主人にとっても不都合なことではないのか?」

「……我々を脅しているつもりですか?」

「さてどうだろうな。そもそもお前らのような錬金術師をいつまでに街においてやるだけありがたいと思って欲しいものだな。できることならさっさとこの町から出て行って欲しいものだが」


 緊迫した空気がその場に切り詰める。

 数秒経った後、ローゼスは騎士に私を開放するように指示をした。


「……ふん。貴様のその恐れのない目に免じて今日のところは引き上げてやろう。次の時にはお前の主人の気も変わってるだろう」


 そう言うとローゼスと聖騎士は馬車に乗り、騎士たちを引き連れて去っていった。私はあまりに突然なことに唖然とし動けないでいた。

 すると執事の人形が私を一瞥し、目で『帰るからついてこい』という意思を伝えてきたので私は大人しく屋敷に戻ることにした。

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