第5話 町で出会った魔術師の少女
ブランが用意した馬車に揺られ、町にたどり着く。
初めて見た景色に思わず感嘆の声を上げてしまう。
人がいっぱいいて活気づいておりあちこちに市場があり、料理屋もたくさん並んでおり、魔道具の商店なんてものもあった。
近くにはレンガでできた民家が並んでるが、遠くの方を見ると大きな豪邸が見えた。更に遠くにはその豪邸よりも更に大きな石の城が見え、この町とこの国の広さを象徴しているかのようだった。
どれも私にはなじみがなく、集落にいたころでは見る機会がほとんどなかったものばかりだった。
私は何を買うべきか迷い、近くにあった肉の焼けるいい香りのする屋台に近づき、声をかける。
「いらっしゃい!なんか買ってくか?」
「あれ?あの子……」
「ん?どうかしたのか?」
少し年のいった夫婦がこちらを見てこそこそと話をしている。紋章の効果が大きすぎるせいで警戒されているのかと心配したが、それは杞憂だった。
「あぁ、あの紋章。どうりで見たことあると思ったら、あのブランって錬金術師様のとこの人か。新しく入った使用人か何かかい?」
「あ、はい……そうです……」
「そうなのか。珍しいな。あそこの使用人って言えば初老で眼鏡かけた白髪で奇妙なくらい静かなあの執事さんくらいしか見たこと無かったのにな」
何の肉かは分からないが、確かに香ばしい匂いが漂ってくる。
朝食を済ませたばかりでも、食欲がそそられるくらいに。
買い物もそうだが、この人の良さそうな二人ならこの町について教えてもらえそうだと思い、聞くことにした。
「私この町に来たばかりなので、この町について教えてほしいんですが……」
「いいぞ。ここら辺が見て分かる通り市場。毎日色んな店屋とか大道芸人が見世物をしてたり賑わってる。あっちには薬屋がある。おたくの錬金術師が作ってる薬もあそこで売ってたな。あっちは騎士たちの詰め所で、あそこでは日用品を買える。来たばかりならあそこは寄っておいた方がいいだろう」
「あの……あそこの遠くに見える大きな屋敷は……」
「あっちの方にあるのがこの町を治めているローゼスのお屋敷だ。……と言っても町人からの評判は良くないがな」
「何か悪いことでもしてるんですか?」
「なんと言うかな……実は錬金術師嫌いで有名でな。あちこちで色んな錬金術師に嫌がらせ紛いのことをしててな。
錬金術師限定で税金を跳ね上げたり、旅の錬金術師が町に入ってくることを無条件に断ったり。それどころか錬金術師の身内とか周りの人間にもひどい扱いをする始末だ。目を付けられないようにした方がいいぞ」
そう言って屋台の店主は私に大きな肉が二つほどズシリと入った袋を手渡した。
「おら、持ってきな」
「え、こんなに?悪いですって」
「気にすんなって。その背中の紋章、あそこの錬金術師のとこのだろ?この町の人間はあそこの錬金術師様に世話になってるからな。そんくらいなら安いもんだ。その代わり、また買いに来てくれよ」
「あ、それはもちろん」
初対面なのにそこまで優しくしてくれるとは思わず、笑顔で手を振る屋台の夫婦に私は深くお辞儀をしてその場を立ち去った。
ブランは屋敷の中だとあんなだが、町の人には(少なくとも表向きは)良い顔をしているようだ。
この感じだとブランという錬金術師の正体があんな人形だということも知られていないのだろう。ブランの正体があんな子供みたいな我儘な人形だと知ったら町の人たちはどんな反応をするんだろうか。
買った肉を頬張りつつ、私は市場の散策を再開した。
****
あちこちで生活に必要な日用品を買ったりだとか、食べ物をいくつか買ったりして町の散策を楽しんでいた。
一通り町を散策して楽しんだ後、ブランからのおつかいを済ませるために路地裏を歩いていると、向かい側から小さな女の子が走って来た。女の子は後ろを見ながら走っていて私が目の前にいることに気が付かずに走っていたため私のお腹辺りに頭をぶつけてしまった。
「あ、ごめんなさい」
「いや、全然大丈夫。怪我は無い?」
「うん」
向こう側からもう一人女の子がこちら走ってくる。
どうやらぶつかってきた子の友達らしく、状況を察したようでこちらに駆け寄ってくる。
「私の友達がごめんなさい」
「いやいや、全然大丈夫だから」
凄い丁寧な子だ。町の子供ってやっぱり育ちもいいのだろうか。
……こう言ってはなんだが私の子供のころとは大違いだ。
私も子供のころは集落でああやって友達と一緒にあっちこっち走り回って遊びまわってよく怒られたものだ。
……今、集落の皆はどこで何をしているんだろうか。
こうしている間にも私の家族や集落の皆は酷い目に合っているかもしれないというのに。
――なんで私一人だけ楽しんでいるんだろう。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
女の子の言葉を聞いて我に返る。
「あ、うん……大丈夫……」
「?」
「早く行こ。売り切れちゃう」
「うん」
女の子二人はそのまま走り去っていった。
集落の……皆。
私だけが助かって……一人だけ楽しく……
そのことが心の中に生まれた瞬間、罪悪感が私の心を蝕んでいき今までの楽しい気持ちが消え去ってしまった。
(……早く……戻ろう………)
私はブランの用事だけ済ませてさっさと屋敷に戻ることにした。
****
街でブランに頼まれた用事を済ませに、裏通りまで来ていた。
どうやら錬金術師専門の素材屋らしく、店に入ると、ブランの屋敷の中よりも悪趣味なものが大量に置かれている店で、異臭が漂ってくるのに耐えながらなんとか頼まれた素材を購入して店を後にした。
流石にそこまで裏手になってくると市場や人の気配は見当たらなかった。
そろそろ屋敷に戻ろうと思い振り向くと、目の前に大きな黒いハットをかぶった魔女のような恰好をした少女が気配もなく姿を現した。
「…………」
少女は無言でこちらを半目でジーっと見つめる。
私は恐る恐る声をかけた。
「……な、何か……御用ですか?」
「貴方、こんな場所で歩いてて平気なのですか?」
「……どういうこと?」
「その目。間違いない。貴方はサバンの一族」
私は驚いて思わず手に持っていた紙袋を地面に落としてしまった。ブランに貰ったローブのおかげで気づかれないだろうと思っていた。もう少しブランのことを疑ってかかるべきだったと後悔する。
「なぜここに?貴方たちが狙われているのを知らないのですか?」
少女は私の体を嘗め回すようにじろじろと見つめ、腕を組んで手を顎に当てて熟考した後、私の羽織っていたローブを見て何かを感じ取ったようだった。
「……ちょっと後ろ向いてもらえますか?」
「え?」
「いいから早く早く」
「ちょ、ちょっと待って……」
私が慌てていると少女はこちらに歩いてきて、肩を掴んで体を回し、私の背中の紋章を見て、また熟考し始めた。
「どこかで見たことあるような気がしますが……何でしたっけ」
「あの、一応ブランの紋章……」
「……ブラン、ブランケウン・ミードル。あぁ、あの錬金術師ですか。私としたことが忘れていました。なるほど。そういうことですか」
少女は何やら独り言をぶつぶつと言いながら納得した様子だった。
少女はまた腕を組んで首に手を当てて数秒間考えると、紙きれを手に持ち、ペンで何かを書き始めた。そして書き終えると、その紙を私に手渡した。
「これ。私のアトリエの場所です。」
「……アトリエ?」
「いや、書庫?住処……まぁ細かいことはいいです。こう見えても私は魔術師でして」
「ま、魔術師!?」
魔術。この世界では錬金術と並び大いなる力とされている業。私は魔術については詳しくないが人によっては巨大な火の玉を飛ばしたり巨大な竜巻を起こすこともできるだとか。
……それに加えて私が知っていることは、魔術師は常に魔術に使う触媒や素材を集めているが故に、情報通で世の中のことに詳しい物知りが多いということだ。
「あ、あの!」
「はい?」
「私の家族の……サバンの一族がどこに行ったかを知りませんか?」
「……そのことですか。申し訳ありませんが、教えられるような情報は持ち合わせていません」
「……そう……ですか……」
「お力になれず申し訳ありません。代わりと言ってはなんですが、貴方があの錬金術師に捕まり実験台に使われてることは予想がつきます。
町の皆はあの屋敷の錬金術師のことを妙に信頼してるみたいですが、私はあまり信用していない。
隠れて非人道的な行いをしているって噂もあります。万が一助けが欲しくなったら来てください。それじゃ。」
私が紙きれに書かれた雑な地図に目をやり、少女の方へと目線を移すと、少女は音もなくどこかへ消えていた。神出鬼没さに驚いたが、紙切れを懐にしまい、屋敷に戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます