第4話 第1回ラーラ幸せ会議
私は森の中を走っていた。何かに追われていた。
しかし、顔に靄がかかった人型の何かに回り込まれた。
それらは私を取り押さえ、手足をきつく縛り、まるで物でも扱うかのように乱暴に袋に押し込み運んでいく。
周りで私の知っている友人や親戚、子供たちの悲鳴が聞こえる。しかし、だんだんとそれらの声が遠くなっていく。何故私たちがこんな目に合うのだろうか。…私たちが誰かに恨みを買うようなことをしたのだろうか?
そんなことを考え、辛くて、苦しくて、悔しくて、色んな感情が頭の中をぐるぐるとまわりだした。
『ら、ラーラ…!!』
私の名前を叫ぶ声が聞こえる。知っている声だ。
いや違う。知っているなんでもんじゃない。毎日のように聞いていた声。
毎日のように挨拶して、仲良く話して、一緒に歩いて、たまには喧嘩もしてたけど。
アンナ。あの子が。襲われている。連れ去られていく。
なんで なんで なんでなんで なんでこうなった
わたし の いちばんの しんゆう が
しかし私は眩しい光に包まれ目を覚ました。窓から朝日が差し込み、私の顔を金色に照らしていた。……見覚えはあるが見慣れてはいない部屋だ。
昨晩ブランがあれこれと騒ぎ立てた後、埃や蜘蛛の巣だらけのこの部屋を押し付けられ、何も考える暇もなく寝床についた。
どうやら私は夢を見ていたようだ。しかしそれは本当の意味での夢ではなく、過去だった。あの日、私たちの村が人攫いに襲われた時の夢だ。
ブランは私の一族を探してくれるといったが、本当にそんなことしてくれるのだろうか?
そんなことを思いながら起き上がると、扉を太い木の棒で殴りつけるかのような音が聞こえた。重い腰を上げ立ち上がり、扉をゆっくりと開くと昨日見たのとはまた別の少し小さめな木人形が扉の前に立っていた。木人形は私を一瞥すると振り返り、食堂の方へと向かっていく。恐らくついてこいということだろう。夢見の悪いせいもあり気分が悪い中、私は仕方なく木人形の後をついていった。
食堂につくと木人形か木屑となって消え、しばらくすると上から糸が千切れた蜘蛛のようにブランが向かいの椅子に落ちてきた。数秒の間死んだように動かないでいたあと、急に立ち上がり机にボン、と手を置く。どうやらこの捨てられた人形のような奇妙な動きが彼の椅子の座り方らしい。正直言って奇妙で仕方ないができるだけ気にしないことにした。
「オハヨウ。よく眠れたカ?ケッケッケ」
「……あんまり。夢見も悪いし」
「ケッケッケ。その様子じゃ悪夢でも見たカ」
ブランにさりげなく図星を突かれたが、できるだけ顔には出さないようにして椅子に座った。
ブランが指を鳴らすと昨日と同じように執事の人形が朝食を私の前へと運んで来る。
目の前に置かれた料理を見てみると、こんがりと焦げ目がついた綺麗な三角の形のサンドイッチ二つが皿の上に乗せられていた。
「サァ食エ。朝と言ったらサンドイッチだナ。鶏肉と香草と卵挟んだサンドイッチさえあれば人間朝いくらでも動けるのダ」
「……人形ってご飯食べれるの?」
「アタシか?食えないことは無いガあまり意味は無イ。味覚も無いしナ」
「食べたことありそうな物言いだったけど……」
「世の中の流行りは把握しているつもりダ。世の中の人間皆朝はサンドイッチだネ」
「……そうなの?」
私はとりあえず彼の奨めるサンドイッチを頬張った。パンに狐色の焦げ目がついていてザクっとした食感で、具材の味も塩味のソースが利いており、少なくとも朝の悪い気分を忘れさせてくれる程度には美味しかった。でもそんなこと言うとブランが調子に乗ってきそうで気に入らないので私は黙って朝食を平らげた。
時計の短い針が十を差した頃、ブランが待ってましたとばかりに机をばんばんと叩き話し始めた。
「待たせたナ、待たせてタ。それじゃ『第一回ラーラ幸せ会議』を始める」
「……幸せ会議とかいうけど、私は一体何をすればいいの?」
「ナァニ、簡単なことダ。俺様が持ってきた案を聞いて幸せになるかどうカをじゃっじしてくれればいいのサ」
「案?」
頭に疑問符を浮かべながら待っていると、ブランが指を鳴らした。すると何故か食堂の明かりが消え、日光が入っていた窓も全てカーテンでふさがれ真っ暗になった。
「……なんで部屋暗くしたの?何も見えないんだけど」
「明るくして欲しいカ?してやろウ」
ブランが指をぱちんと鳴らした瞬間、頭の上に突然現れた金貨と宝石の山がまるで土砂のように私の頭に降り注いだ。
「ぉぶっ!!」
「どうダ、これで明るくなったろウ。ケッケッケ」
あまりの量に息が出来なくなるほどに体全体が沈み、必死にもがいた。
なんとか金貨と宝石の山の上まで脱出し、必死に息をする。
「ぶはっ……はぁ……はぁ……お、溺れ死ぬかと思った……」
「ということは幸せになったということだナ。」
「この状況をどう見たらその発想に繋がるの……!」
「前にとある商人が『溺れ死ぬくらいの量の金貨と宝石に埋もれてみたい』と言っててナ。
やはり金は人間の幸せと直結すると思ってナ。どうダ?」
「どうって……」
私はなんとか足を外に出し金貨と宝石の山の上に座り込むと山の中から赤い宝石を一つ拾い上げ、まじまじと見つめる。
「……綺麗だとは思うけど……そんなに心は動かないかな」
「何っ!?何故ダ?」
「確かにお金が好きな人はいるかもしれないけど、私の住んでた集落はお金に関心が薄かったし。ほとんど身内だからただで渡すか物々交換かってくらいし。」
「なるほド。豚に金貨ってことカ」
「あの、豚って。仮にも女なんだけど」
「何を勘違いしていル。諺の一つダ。家畜に紙幣価値を理解させるのが不可能と同じように物の価値が分からない者に貴重な物を与えたところで無駄と言う意味ダ。どうやら金の価値も分からないだけではなく学もないようだナ。ケッケッケ」
「うっ……と、とにかく……私はお金とか宝石のことはよく分からないから、こういうのじゃ幸せにはなれない」
「フーム、幸せ会議第一回は失敗カ」
ブランが指をパチン、と鳴らすとどこから箒と塵取りを持った木の人形が四体ほど現れ散らばった金貨と宝石を片付けていく。
金貨と宝石の山がきれいに消え去った後、ブランはふよふよと宙に浮かんでハンモックに揺られるような寝そべった体制を取りながら口の中からくしゃくしゃの紙を取り出して眺める。
「さて、次はどうするカ。
高級な料理山ほど食うとカ、最高級の葡萄酒を浴びるほど飲むとカ色々候補はあるガ……」
「いや……どっちもちょっと私には……」
「なんだト?じゃあ何ならいいと言うのダ。言ってみロ。お前のしたいことハ?」
「え、したいこと……?」
私は腕を組んで顎に手を当てて上を向きながらゆっくりと考えてみる。
ここ最近村が襲われたり攫われたり変な人形に買われたりとろくなことが起きてない。
その状況の中でしたいことと言われてもパっと思いつきやしない。
……そういえばここに来る途中町の景色がうっすらと見えたような。子供のころから集落から離れたことはなかったので町というものに行ったことがない。
「……町に行ってみたい、かな」
「ハン?町?そんなとこ行って何か意味あるのカ?」
「私ずっと集落にいたから、一度で良いから待ちで買い物するのが夢だったの」
ブランは手に持っていた紙を両手でくしゃくしゃに丸めて口の中に放り込むと、地面に着地して不満そうな顔をしながらこちらに歩いてきた。
「アタシが調べた中に『町で買い物すること』が幸せにつながるという『でーた』は一つもなかったゾ」
「うーん……さっきから商人とかお酒とか言ってるあたり……多分大人の人ばかりに聞いてるんじゃないの?」
「………ハッ!!」
私の指摘を聞いた瞬間ブランは雷に打たれたような衝撃を受け、空中に浮かびあがり、そのままの状態で口を開いたまま十秒近く動かなかった。
そのあと急に動き出したかと思うと顎に手を当て考えるそぶりをした後、地面に着地して口の中からまたくしゃくしゃの紙と黒紫色の羽ペンを取り出し紙に何かすらすらと書いていく。
一通り書き終わった後、私の方を指さしてきた。
「その発想はなかったネ。次からはお前と同じ年齢の人間の『でーた』を集めよウ」
「……あ、うん。よろしく」
満足そうな顔をしてまた紙を両手でくしゃくしゃに丸めて口の中に放り込む。
……こんな単純なことにも気が付かないなんて。
こんな奴に任せて大丈夫なんだろうか?色々と心配で仕方ない。
っていうか、私が言った町に行きたいって話題どこかに消えてるし。
「で、あの、町に買い物に行くって言う話は……?」
「ア忘れてタ。マァいいだろウ。許可してやル。
だがもちろんただでは無イ。ある場所にいってこれを買ってこイ。小遣いも別にやル」
そう言ってブランがパチン、指を鳴らすと天井から小汚い袋が落ちてきた。
それをキャッチして中身を開いてみると中には目的の場所に印が書かれた小汚い小さな地図と、錬金術の材料と思しき謎の花の絵が描かれた紙、そして銅貨と銀貨が何枚か入っていた。
「使用人一人で賄う無理があったところダ。お前は町の人間に対しては新しい使用人ということで誤魔化しておケ」
「あ、うん」
「ウム。それとこれもナ」
ブランが手を叩くと天井から急にローブが降ってきて私の背中に乗っかった。
手に取って広げてみると、黒紫色の肌触りの良い上質な布でできたローブで、背中に大きくさっき廊下で見た謎の紋章が大きく白い色で描かれていた。
「……これは?」
「そのローブには特殊な魔術がかかってル。話しかけるとかの干渉を行わないかぎりお前を気にしようとしなくなル。気休め程度であまり性能は良くないがナ。だがメインはこっちダ」
ブランはローブの背中に描かれている大きな紋章を指さす。
どうやらこれがブランの紋章のようだ。
「そのローブには俺様の紋章が描かれてル。それを見て襲おうなんて奴はそうそういなイ。いたとしても……ケッケッケ、そいつは凄まじい悪夢を見る羽目になル。ケッケッケッケッケ」
心配事は尽きなかったが、気まぐれな彼がここまでしてくれたのだから素直に従うことにして、私は屋敷の扉を開けて、町に繰り出すことにした。
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