第3話 スープの味

 長いテーブルと大量の椅子が並んだ食堂に案内されて椅子に座らせられた。……いや、案内というよりも運ばれたというほうが正しいかもしれない。

 しばらく待っていると天井の穴の上から糸が切れた蜘蛛のようにブランが椅子に落下してきた。

 椅子の上に投げ捨てられた人形のような状態でいるブラン。ピクリともしないのでのぞき込むと、急に立ち上がって動き出しテーブルに手を置いて食事の姿勢を始めた。


「ホラホラ、ホラホラ、食事を用意しナ、運んできナ」


 ブランが手を叩くと、先ほどみた初老の執事……もとい執事の人形が料理を運んで来る。

 てっきりこの屋敷と同じようなぐちゃぐちゃの汚い料理が運ばれてくるものと思ったが、とても見栄えが良い綺麗な色をした野菜のスープと肉の料理が運ばれてきた。


「この料理作ったのって……もしかして、また人形が……?」

「ハ?何言ってんだお前。人形に料理作らせたところで木屑だらけになるだけだってノ」

「じゃあこれはどこから?」

「近くの料理屋ダ。料理だけ頼んで皿を運ばせてるんダ」

「……レストランの料理をわざわざここまで運んできたの?」

「知らないのカ?『お持ち帰り』っていう高等なテクニックだ。俺様みたいな料理屋の客としての上級者は皆そうするんダ。ケッケッケ、勉強になったな、小僧」

「……小僧って……私女なんだけど……」

「俺様から言わせたら男とか女とか何が違うのカよく分からんナ。足の本数が違うわけでも目の数が違うわけでもなしニ。性別を気にするのはお前らニンゲンくらいのもんダ。悔しけりゃ雌雄同体のカタツムリにでもなるんだナ。ケッケッケ」


 小僧って言い方になんか違和感があるけど元から非常識なこの人形の考えについて真剣に考えても疲れるだけなので私は気にしないことにして料理を口にした。


「どうダ?どうダ、うまいだロ、うまいだロ?ケッケッケ」


 ブランがしつこく聞いてきて少し苛立ったが、実際振る舞われた料理は最近ロクな食事もしていなかったのもあり、より一層美味しく感じた。しかし、私にとっては料理の味よりも気になることがあった。


「……ちょっと待って。これ、どこから取ってきたの?」

「さっき言っただロ。近くの料理屋……」

「いや、そうじゃなくて……なんで、どうしてあのスープと……同じ味なの……?」

「アノスープ?」

「お父さんがいつも作ってくれてた、あのスープに………」

「知ラネ。スープなんて皆同じ味じゃないのカ」

「もしかして、私の父親もどこかこっそり攫ってきてこの屋敷のどこかに閉じ込めてるんじゃないの!?教えなさいよ!お父さんは……お父さんはどこ!?」


 気が動転した私は思わず立ち上がってブランの胸倉のあたりを掴み問いただす。するとブランは木屑となって私の手の中から消えると、私の真後ろから現れた。


「マァ落ち着くがいい小僧。お前の父親なんざ知らんシ、スープの味のことも知らン。何を勘違いしたか知らないガ、ひとまずはそこに座レ」


 今までのおちゃらけた口調とはうってかわり、背筋を凍らせるような圧力を感じた私は、ブランの言う通りにゆっくりと椅子に座った。


「父親?父親にそんなに会いたいカ」

「……うん」

「家族、家族がそんなに大事カ」

「できるのなら、今すぐここを飛び出して探しに行きたいくらいには」

「ケッケッケ。そんなにカ」


 何か意味ありげに小さく笑うと、ブランは机の上をちょこちょこと歩いて行って元の自分の椅子に座りこんだまま動かなくなった。

 ブランにまた変なことを言われないうちに私は机にある料理を静かに平らげた。


「食い終わったカ?」


 私が料理を平らげると、ブランは手を叩き、執事に皿の片付けを命じる。

 そそくさと執事が皿を持って部屋の外へと消えていった。

 ブランは待ってましたとばかりに机をばんばんと叩き、話し始める。


「お前感情変わったカ?変わったナ。よシ、血を吸わせロ」

「いや、さっき吸ったばかりでそんなにたくさん血を吸われたら死んじゃうから……」

「ナーニ?死なないギリギリを吸い取ってるつもりだったんだがナ。まぁ頻繁に吸ってたらお前の負担も大きいナ。しばらくは一日一回で許してやル」

「……一日一回は吸うのね」

「当たり前ダ。なんのために大枚はたいてお前を買ったと思ってル。お前は実験台ダ。お前の血が集まれば実験が成功するかもしれないからナ」

「……さっきから気になってたけど、その実験って?」

「ケッケッケ、知りたいカ?知りたいだろうナ、だがまだ教えなイ。お前が俺様の実験に多大な活躍をしてくれれば教えてやるかもナ。知りたければもっと血を寄こすのダ」

「でも、ただ血を渡すだけでいいの?」

「まぁ待テ、待つのダ、急がなイ、お待ちなさイ、今お前の嫌がった血を分析中ダ。もう少しで結果出ル。今出タ」


 ブランはどこにしまってあったのか背中の方から血が入った薬瓶のようなものを取り出して眺める。

 しばらくの間興味深そうに眺めた後、嬉しそうに口を開く。


「アタシが予想した通リ、お前の血は俺様の研究を大いに進めるだろウ。しかしここまで魔素が変化する血も見たことがなイ。ぷらすの感情ほど品質が濃くなるようだナ」

「私の、プラスの感情?」

「そうだとも。特に幸せの時の血が欲しい。というわけで俺様は主人としてお前に命じる。『幸せ』になれ。ほら早ク、今すぐニ、さぁさぁさぁ。」


 ブランはまるで欲しいものを買ってもらって箱を開けてもらうのを楽しみにしている子供のようにこちらを伺っていた。しかし、当たり前だが人間の感情は言葉だけで言われてもそう簡単に変わらない。ましてやいきなり『幸せ』になれなんて言われたら尚更だ。


「人は幸せになれって言われても幸せになれないものなんだけど」

「何だと!?それは困るナ。お前に『シアワセ』になってもらわないと実験が上手くいかなイ。どうすればお前は幸せになル?」

「……いい加減にしなさいよ!!」


 私は立ち上がり、机を両手で強く叩き、ブランに向かって叫んだ。


「錬金術だかなんだか知らないけど、急に村が襲われて……家族と離れ離れになって……こんな変な屋敷に連れ込まれて……こんな変な人形に出会っていきなり『幸せ』になれって?ふざけないでよ!!」


 ブランのあまりに思いやりの無い物言いに私はつい声を荒げてしまった。

 ブランは不思議そうにこっちを見つめながら宙を漂っていた。下を向いて少し考えた様子を見せた後、口を開けたり閉めたりを繰り返してかちかちと音を響かせながら愉快そうに笑った後、話し始めた。


「そうカそうカ、お前は今不幸せなんだナ。不幸せなことがいっぱい起きたんだナ。じゃあ、これから幸せなことをいっぱい起こしてやル」

「……え?」

「家族と離れ離れになったのが悲しいんだナ?残った家族を俺様の手でここに集めてやル。お前が望むものはモノによるがなんでも与えてやル。

 いや待て、何でもは駄目ダ、人間は何でも手に入るようになると欲が出て多少の物を与えられても幸福を感じなくなル。やっぱり物欲はなしだナ」


 ブランが空中に浮きだして指をあちこち指して謎の表現をしながらそんなことを言い始めた。

 私にはブランの言っていることが唐突すぎてとても理解が追い付かなかった。


「……さっきから一体何を言ってるの?」

「分からない奴だナ。つまりだ、俺様が、アタシが、お前を幸せにしてやるってんダ。

 だからお前を幸せになる努力をしロ。俺様もそれに出来る限り協力してやル。名付けて『ラーラ幸せ計画』なかなかいいネーミングだナ。ケッケッケッケ」


 一つだけ分かることは、目の前の謎めいた人形が、錬金術の研究という自身の私利私欲のために、私を幸せにしようとしている、ということだった。


「さぁサァ、そうと決まればお前がここに住むためノ部屋がいるナ。毎日六時起床で朝飯食ったラ、十時から『幸せ会議』ダ。遅れるんじゃないゾ。ケッケッケ。」

「あ……うん」


――こうして、私と人形の錬金術師との『幸せ』についての探求が始まったのだった。

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