第2話 屋敷の中

 私は執事の男に連れられ大きな屋敷の中へと案内される。中に入ると思いのほか内装自体は朽ち果てておらず綺麗に整えられていた。

 ところどころ埃がかぶっていたり壁にひびが入っていたりするものの、新調されたらしき床や扉がいくつかあった。


 屋敷の廊下を歩いていると、壺や壁や扉など屋敷のあちこちに黒紫色の大きな紋章が描かれているのが目についた。

 その紋章は人間の物とは思えないような細い指をした手形のようなものの上に横線、そして中心に小さな菱形が入った見た目をしていた。

 更には安物の筆に乾きかけの絵の具をつけて描いたかのような雑な描かれ方をしていた。

 その様子を見るに最初から描かれていたものではなく後から筆か何かで人力であちこちに描き殴ったという状況が見て取れる。


執事の男に屋敷の奥へと連れられるが屋敷の中は明かりが少ない場所もあり、歩くのさえ覚束なかった。


 そして一番奥の部屋の大扉がかちゃりと音と立ててゆっくりと開かれ中へと入る。

 部屋を見渡してみると、縫物に失敗した時に出た糸屑のようなものや木を削った後に残ったものを放置したような木屑、木でできた人形の破片、綿、黒紫色の謎の液体が入った試験管のようなものが大量に並んだ棚などあらゆるものが散乱していた。


 入ってきた扉が閉じられると同時にさきほどの執事の男が木屑と化してバラバラにその場に散らばった。

 戸惑っていると奥から甲高く子供のような声でありながら人間にはとても出せないような奇妙な声がした。その方向を向き、耳を澄ませるとようやく何を言っているかが分かった。


「アレ?聞こえてなイ?コッチダ、こっチ」


 声が聞こえた場所は本棚や積まれた本で散乱しており、私は足元の散乱しているものをかき分けながら静かにその場に近づく。


「ヤァヤァ、遠いところご苦労サン」


 声が聞こえた場所へとたどり着き辺りを見渡すが誰もいない。

 ふと下の方を見ると御伽話に聞く吸血鬼のような真っ白な色と赤い目をしたつぎはぎの操り人形のような奇妙な生き物がいた。

 その人形は子供のように小さく足を広げて地べたに座りながら自分の座高よりも大きな本を広げていた。


「オイオイ、何をキョロキョロしていル。アタシのことが見えないのカ?明るくしてやろウ」


 それと同時に部屋の明かりがつけられる。私は眩しさのあまり目が眩み目を伏せていたが徐々に明るさになれ、目をゆっくりと開けると人形の姿がはっきりと見えた。


「自己紹介ガ遅れたナ。アタシは世界でも五本の指に入る偉大な錬金術師、ブランケウン・ミードルだ。親しい奴はブランと呼ブ。ブランと呼んでいいゾ。

イヤ。やっぱだめダ。親しくならないと駄目ダ。いや待テ、やっぱり呼んでいイ。そもそもアタシに親しいヤツなんていなかったナ!ケッケッケ」


 人形がしゃべっているというだけで衝撃なのに、言ってることが支離滅裂で話があちこちに行っているので私は全くついていけず唖然としてしまう。


「……え……人形……?」

「人形が何だっテ?人形が歩いてしゃべるのを見るのは初めてカ?」


 私は黙って頷いた。この世界には錬金術というものがあり、その中でも人形錬金というものが存在するということは聞いたことがある。しかし意思があって歩いてしゃべる人形だなんて聞いたことが無い。


「いかにも俺様は人形であるガ、同時に人形錬金術師でもあル。

 人形錬金術とは何か分かるカ?」

「いや、全然……聞いたことがあるくらいで……」

「教えてやル。人形錬金術とハ、人形を生み出す錬金術ダ!」


 ばばーん、とどこからか楽器のような音が聞こえてきた。

 そんなかっこつけて言われても情報は全く増えていない。


「……いや、そんなのは名前で分かるんだけど」

「そりゃそうカ。もう少し詳しく説明してやるとだナ……」


 ブランはパチン、と指を鳴らすとブランの周りに落ちていた木屑が集まっていき、片方はさっき私をここに連れてきた人間の執事の形に、もう片方は私の身長よりも少し大きめの木でできた人形の形になった。


「錬金術の中でもこのように人形を生成することを研究しているのが、俺様のような人形錬金術師ダ。ゴーレムとも呼んだりするナ。

 与えた命令に従う人形を作り力仕事をさせたリ、探索者も兼ねてる奴だと戦闘のために人形を使う奴もいるナ。

 だがアタシはそこらへんの人形錬金術師とは実力の桁が違ウ。

 俺様ともなれば同時に数百の人形を生み出し操ることだってできるシ、なによりも人間と見分けがつかないような精巧な人形だって作れル。

 そんな偉大な錬金術師の元に来れたことを光栄に思うがいいゾ。ケッケッケ」


 急にそんなことを言われても頭の理解が全く追い付かない。

 人形を作れるのは分かったけどなんであんたはしゃべれるのかだとか、私を何の目的のために連れてきたのだとか、この後私をどうするつもりなのかとか、色んなことが頭の中で駆け巡った。しかし混乱して一つも口には出せなかった。 

 しばらく黙って様子をうかがっているとブランが煩わしそうな顔をして片足をこつこつと地面にぶつけて音を立て始める。


「オイオイオイ、オイオイ、オイ、人様が挨拶と自己紹介したら、自分も挨拶と自己紹介するだロ?普通。俺様ヒトじゃないから人様じゃないってカ?」

「ご、ごめんなさい…」


 突然怒り出したので、反射的に私は謝罪の言葉を口にしてしまった。

 するとブランは両手を上に向け首を横に振りやれやれ、といった表情をした。


「オイ、オイオイ、オイオイオイ、今のは打ち解けるためのジョークだロ。分からないやつだナ。先が思いやられるナ」


 彼は一方的に話を続けてとても彼の話にもペースにもついていけそうになかった。 私が黙っていると痺れを切らした彼は私の顔に指をさしてまた話し始めた。


「オイ?自己紹介はまだカ?それともお前は言葉が話せないのカ?」

「私は……ラーラだけど……」

「残念!知ってル!いやすまン、正確じゃなイ。名前は初めて知っタ。でもお前の素性は知ってル。『太陽の血を持つ』と言われるサバンの一族の娘だナ」


 私はよく知らないが途中でうっすら聞こえた話によると、ある錬金術師がその血の価値の高さを目につけたせいで私たち一族は人攫いに襲われたらしい。

 ある日、村が襲撃に合い一族はばらばらになった。逃げきれた人もいた。しかし私は捕まってしまい奴隷として邪悪な実験を繰り返すような錬金術師に売られたというわけだ。


「私の血が……欲しいの?」

「ソーダ。研究材料としてお前の血がいるんだヨ。」

「……す、好きにすればいいじゃない」

「いいだろウ。じゃあ早速」


 次の瞬間、ブランの口がまるで宝箱を全開した時くらいに大きく開いた。

 ブランは自分の口の中に指をさし、何かを促しているかのようだった。

 ……まさかとは思うが、この中に手を入れろということだろうか?


「ハヨウ。いつまで待たせるのダ」


 もたもたしているとブランがせかしてきたので恐る恐る私は左手をブランの口の中に入れる。手首のあたりまで突っ込んだところでブランの口が閉じ、思いっきり私の手にかぶりついてきた。


「ちょちょっと!痛い!痛いって!」


 あまりのことで驚いたので思わずブランを腕から放そう左腕を引っ張るが、離れる気配が全くない。


「ファイヘェフフウハホ。ハハヘフンハハイノハ(採血中だゾ、暴れんじゃないのダ)」


 何を言っているのかは分からないがとりあえず落ち着いて待っていろということを言っているのは分かったので、大人しく椅子に座ってブランが離れるのを待つことにした。

 十数秒経過したあたりでブランが口を開けて左手を開放してくれたので、ゆっくりと左手を引き抜いた。

 引き抜いた左腕を見てみるが、どこにも傷跡が見当たらなかった。確かに手首のあたりに刺さったような感触と痛みがしたはず。


「……あれ、傷跡がない?」

「当然ダ。この俺様の領域になると『あふたーけあ』まで万全なのダ。採血した痕を残すなど二流のすることなのダ。ケッケッケ」

「どうしてかぶりつく必要が……」

「錬金術師秘密……と言いたいところだが、被験者には説明責任があるというものダ。

 ちょっとだけ教えてやるト、採血だとか傷口を消す道具は体の中に埋め込んであるのでかぶりつくのが一番効率がいいのダ。ケッケッケ」


 今後もこんな感じであの口に左手をつっこんで採血され続けるのかと思うと憂鬱で仕方なかった。

 私は血を抜かれた手首のあたりを抑えつつ、ブランに問いかけた。


「私の血を使った研究って一体……?」

「なんだト?お前、自分の血のことをこれっぽっちも理解していないようだナ。

 このブラン様が教えてやル。サバンの一族の血の特徴。まだ解明されていないことが多いが、最大の特徴は感情によって血中の魔素濃度が変化するということダ。そんな血を持った奴は見たことがなイ。非常に興味深イ。是非とも研究したいゾ」

「………私の血は……そんな特徴が……」

「ケッケッケ、丁度さっきお前から取った血の解析が出来タ。これは嫌がってる血だナ。よシ、もっと色んな感情を見せロ。」


 ブランがそう言って何かしようと私に近づいた瞬間、私の腹の虫が大きな音を立てて屋敷に響いた。

 ……そういえば、しばらくろくな食事を貰ってなかった上に今日にいたっては昼食どころか朝食も食べていなかった。

 私の腹の音を聞いたブランが大きな口を開けたり閉めたりを繰り返してかちかちと音を響かせながら愉快そうに笑う。


「何ダ、腹減ってんのカ?ケッケッケ、いいだろウ。上手い飯食わせてやル。人間は上手い飯食うと感情変わル。ついてこイ」


 そういうとブランは宙に浮いたまま水平に動き部屋を空けて出て行った。

 ついてこいと言うが、これだけ足元が糸屑や紙屑や木屑や「屑」とつくあらゆるものが散乱しているような状態でとても足の踏み場が無い。必死にかき分けながら進もうとするが数十秒経ってようやく数十センチ進んだかどうか、といったくらいだった。


「おい、何をぼーっとしてル。飯食わせてやるってんダ。早くこいヨ。」


 もたもたしているとブランが扉の外から首を覗かして語りかけてきた。

 しばらくして痺れを切らしたブランがパチン、と指を鳴らすと辺りの木屑が見る見るうちに盛り上がり集まっていき私の身長の二倍はあるくらいの大きさの二つの木人形になった。

 二つの木人形がそれぞれ私の右腕と左腕を持つと、まるで雪に長靴を突っ込みながら歩くように足元の屑をずかずかとかき分けながら歩き始めた。私が慌てた声を出している間も二つの人形はお構いなしに運んで行った。

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